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転換と覚醒
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二つの影は、振り返った時にはもう既に腕を上げていた。
「あっ」
それに気づいた時には、驚きから声しか出なかった。
影は既に攻撃態勢に入っており、前に見たものと違って、片方は腕をドリルのように尖らせていて、もう片方は腕を太く鈍器のようにしている。
まず、腕の太い方が攻撃を仕掛けてくる。
首だけを振り返らせている田中は、前のように避けることは不可能に覚えた。
すると、不可解なことが起こった。右腕が勝手に動いてその攻撃を防いだのだ。
激しい金属音が鳴り響く。
「……え?」
田中本人も何が起こったか把握出来ていない。九重も少し目を丸くしているようだ。
続いて、右脚が回し蹴りをするように勝手に動き、遠心力で体が回転した。影と向き合う形になる。
さらに、右腕の側面からカッターのような刃が出てきた。
すると、右脚が勝手に踏み切り、ドリルの影に飛びかかり、右腕が影に斬りかかった。刃によって影は切り裂かれ、スーッと消えた。
「これは一体……」
田中は現状を理解出来ていないようだ。
しかし、まだ一体影は残っている。鈍器のような太い腕は振り上げられていた。
それを認識した途端、右脚が影のがら空きの腹部を蹴り飛ばし、尻もちを着いた影を踏みつけた。
「はぁはぁ……これは……」
右腕がゆっくり上がり、人差し指で影を指す。そして、指の先が開き始めた。中から銃口が現れ、『チュン』と音がすると、影は静かに消えた。
「凄いね。優」
「奏叶……。これは?」
右腕をじっと見る。刃のようなものはもうない。もう自分で動かせる。
「これで分かった?優も機械幽霊なんだ」
「そんな……僕が?」
「十七時五十分頃に農協前の交差点で事故が起こったんだ。両親の運転する車に轢かれた男子高校生が、対向車のトラックの下敷きになって右腕右脚を失ったって、もう噂になってる」
その時間帯、場所に田中は心当たりがあった。
「さらに不思議なことに、高校生の死亡が確認されてすぐ、その遺体が消えたことも同時に噂されてる」
「つまり……僕はもう、死んでるってこと?」
「うん。きっとこの二人は、息子を殺害してしまった罪悪感に耐えきれなくて心中したんだろうね」
横たわる両親の死骸を見る。しかし、悲しみよりも衝撃、驚きが上回って涙も出ない。
「この家を出よう。連れて行きたいところがある」
九重は田中にそう言い、二人で家を出た。
庭の駐車スペースで話す。
「僕は、これからどうしたらいい?」
「機械幽霊はね、みんな目指している目標みたいなものがある。それは、成仏」
成仏。いきなり飛び出た幽霊らしい単語に思わず大きめの相槌を打つ。
「生前に残した大きな後悔を解消することで、機械幽霊は無に帰れるんだ」
「じゃあ、機械幽霊の人はみんな成仏をめざしてるってこと?」
「そうだよ。体が機械で、夜になったら見えなくなるなんて気色が悪いらしいよ」
「らしいって、また他人事だね」
「私は……頭が機械だから、生きてた時の記憶が無いんだ。脳がそっくりそのまま機械になっちゃったからね。記憶どころか人格も、この顔さえも前世と違うんだよ」
「そうなんだ」
「だから、私の場合、人生で残した後悔がなんなのか見当もつかない。おかげで苦労してるよ」
九重は壁に寄りかかると、改まって言った。
「私から提案がある。優、私と一緒に来てくれないか?」
「来てって、どこに?」
「まあ私の住処だよ。私の他に機械幽霊が二人住んでる。そこで、私の成仏への道を共に探して欲しいんだ。勿論タダでとは言わない」
「何かしてくれるの?」
「優の成仏の足がかりになるように影の討伐を手伝ってあげる」
「影って……さっきの奴のこと?なんであいつを倒す必要が?」
「成仏はただ後悔を晴らせればいいって訳じゃない。夜の間に出る、さっきみたいな影を倒して、いわば点数を稼ぐ必要があるんだ」
「なんかゲームみたいだね」
「感覚的にはそんな感じ。命懸けだけど」
「命懸け……。僕らは幽霊なんだよね?懸ける命なんてあるの?」
「うん。彼らに殺されると、私達も影になるんだ。機械幽霊と影は紙一重、というより本質的には同義だからね」
「と言うと?」
「影も言ってしまえば幽霊なんだよ。一人死ねば一つ影が生まれる。彼らは人の悪が凝縮されて生まれたんだ」
「なるほど」
「優はどうする?私に協力してくれるなら、優にも協力するよ。一人で影の相手をするのは大変だよ」
「……」
田中は家を見上げる。ここで生まれ育って十七年。自分は死に、両親も死んだ。噂になっているということは、世間的にも死んだということだ。もはやこの家は、自分の家ではない。
「奏叶。協力する。だから、協力してくれ」
「了解。じゃあ行こうか」
二人は再び闇に消えた。
「あっ」
それに気づいた時には、驚きから声しか出なかった。
影は既に攻撃態勢に入っており、前に見たものと違って、片方は腕をドリルのように尖らせていて、もう片方は腕を太く鈍器のようにしている。
まず、腕の太い方が攻撃を仕掛けてくる。
首だけを振り返らせている田中は、前のように避けることは不可能に覚えた。
すると、不可解なことが起こった。右腕が勝手に動いてその攻撃を防いだのだ。
激しい金属音が鳴り響く。
「……え?」
田中本人も何が起こったか把握出来ていない。九重も少し目を丸くしているようだ。
続いて、右脚が回し蹴りをするように勝手に動き、遠心力で体が回転した。影と向き合う形になる。
さらに、右腕の側面からカッターのような刃が出てきた。
すると、右脚が勝手に踏み切り、ドリルの影に飛びかかり、右腕が影に斬りかかった。刃によって影は切り裂かれ、スーッと消えた。
「これは一体……」
田中は現状を理解出来ていないようだ。
しかし、まだ一体影は残っている。鈍器のような太い腕は振り上げられていた。
それを認識した途端、右脚が影のがら空きの腹部を蹴り飛ばし、尻もちを着いた影を踏みつけた。
「はぁはぁ……これは……」
右腕がゆっくり上がり、人差し指で影を指す。そして、指の先が開き始めた。中から銃口が現れ、『チュン』と音がすると、影は静かに消えた。
「凄いね。優」
「奏叶……。これは?」
右腕をじっと見る。刃のようなものはもうない。もう自分で動かせる。
「これで分かった?優も機械幽霊なんだ」
「そんな……僕が?」
「十七時五十分頃に農協前の交差点で事故が起こったんだ。両親の運転する車に轢かれた男子高校生が、対向車のトラックの下敷きになって右腕右脚を失ったって、もう噂になってる」
その時間帯、場所に田中は心当たりがあった。
「さらに不思議なことに、高校生の死亡が確認されてすぐ、その遺体が消えたことも同時に噂されてる」
「つまり……僕はもう、死んでるってこと?」
「うん。きっとこの二人は、息子を殺害してしまった罪悪感に耐えきれなくて心中したんだろうね」
横たわる両親の死骸を見る。しかし、悲しみよりも衝撃、驚きが上回って涙も出ない。
「この家を出よう。連れて行きたいところがある」
九重は田中にそう言い、二人で家を出た。
庭の駐車スペースで話す。
「僕は、これからどうしたらいい?」
「機械幽霊はね、みんな目指している目標みたいなものがある。それは、成仏」
成仏。いきなり飛び出た幽霊らしい単語に思わず大きめの相槌を打つ。
「生前に残した大きな後悔を解消することで、機械幽霊は無に帰れるんだ」
「じゃあ、機械幽霊の人はみんな成仏をめざしてるってこと?」
「そうだよ。体が機械で、夜になったら見えなくなるなんて気色が悪いらしいよ」
「らしいって、また他人事だね」
「私は……頭が機械だから、生きてた時の記憶が無いんだ。脳がそっくりそのまま機械になっちゃったからね。記憶どころか人格も、この顔さえも前世と違うんだよ」
「そうなんだ」
「だから、私の場合、人生で残した後悔がなんなのか見当もつかない。おかげで苦労してるよ」
九重は壁に寄りかかると、改まって言った。
「私から提案がある。優、私と一緒に来てくれないか?」
「来てって、どこに?」
「まあ私の住処だよ。私の他に機械幽霊が二人住んでる。そこで、私の成仏への道を共に探して欲しいんだ。勿論タダでとは言わない」
「何かしてくれるの?」
「優の成仏の足がかりになるように影の討伐を手伝ってあげる」
「影って……さっきの奴のこと?なんであいつを倒す必要が?」
「成仏はただ後悔を晴らせればいいって訳じゃない。夜の間に出る、さっきみたいな影を倒して、いわば点数を稼ぐ必要があるんだ」
「なんかゲームみたいだね」
「感覚的にはそんな感じ。命懸けだけど」
「命懸け……。僕らは幽霊なんだよね?懸ける命なんてあるの?」
「うん。彼らに殺されると、私達も影になるんだ。機械幽霊と影は紙一重、というより本質的には同義だからね」
「と言うと?」
「影も言ってしまえば幽霊なんだよ。一人死ねば一つ影が生まれる。彼らは人の悪が凝縮されて生まれたんだ」
「なるほど」
「優はどうする?私に協力してくれるなら、優にも協力するよ。一人で影の相手をするのは大変だよ」
「……」
田中は家を見上げる。ここで生まれ育って十七年。自分は死に、両親も死んだ。噂になっているということは、世間的にも死んだということだ。もはやこの家は、自分の家ではない。
「奏叶。協力する。だから、協力してくれ」
「了解。じゃあ行こうか」
二人は再び闇に消えた。
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