機械幽霊

わかばひいらぎ

文字の大きさ
上 下
4 / 7

転換と覚醒

しおりを挟む
 二つの影は、振り返った時にはもう既に腕を上げていた。
「あっ」
 それに気づいた時には、驚きから声しか出なかった。
 影は既に攻撃態勢に入っており、前に見たものと違って、片方は腕をドリルのように尖らせていて、もう片方は腕を太く鈍器のようにしている。
 まず、腕の太い方が攻撃を仕掛けてくる。
 首だけを振り返らせている田中は、前のように避けることは不可能に覚えた。
 すると、不可解なことが起こった。右腕が勝手に動いてその攻撃を防いだのだ。
 激しい金属音が鳴り響く。
「……え?」
 田中本人も何が起こったか把握出来ていない。九重も少し目を丸くしているようだ。
 続いて、右脚が回し蹴りをするように勝手に動き、遠心力で体が回転した。影と向き合う形になる。
 さらに、右腕の側面からカッターのような刃が出てきた。
 すると、右脚が勝手に踏み切り、ドリルの影に飛びかかり、右腕が影に斬りかかった。刃によって影は切り裂かれ、スーッと消えた。
「これは一体……」
 田中は現状を理解出来ていないようだ。
 しかし、まだ一体影は残っている。鈍器のような太い腕は振り上げられていた。
 それを認識した途端、右脚が影のがら空きの腹部を蹴り飛ばし、尻もちを着いた影を踏みつけた。
「はぁはぁ……これは……」
 右腕がゆっくり上がり、人差し指で影を指す。そして、指の先が。中から銃口が現れ、『チュン』と音がすると、影は静かに消えた。
「凄いね。優」
「奏叶……。これは?」
 右腕をじっと見る。刃のようなものはもうない。もう自分で動かせる。
「これで分かった?優も機械幽霊なんだ」
「そんな……僕が?」
「十七時五十分頃に農協前の交差点で事故が起こったんだ。両親の運転する車に轢かれた男子高校生が、対向車のトラックの下敷きになって右腕右脚を失ったって、もう噂になってる」
 その時間帯、場所に田中は心当たりがあった。
「さらに不思議なことに、高校生の死亡が確認されてすぐ、その遺体が消えたことも同時に噂されてる」
「つまり……僕はもう、死んでるってこと?」
「うん。きっとこの二人は、息子を殺害してしまった罪悪感に耐えきれなくて心中したんだろうね」
 横たわる両親の死骸を見る。しかし、悲しみよりも衝撃、驚きが上回って涙も出ない。
「この家を出よう。連れて行きたいところがある」
 九重は田中にそう言い、二人で家を出た。
 庭の駐車スペースで話す。
「僕は、これからどうしたらいい?」
「機械幽霊はね、みんな目指している目標みたいなものがある。それは、成仏」
 成仏。いきなり飛び出た幽霊らしい単語に思わず大きめの相槌を打つ。
「生前に残した大きな後悔を解消することで、機械幽霊は無に帰れるんだ」
「じゃあ、機械幽霊の人はみんな成仏をめざしてるってこと?」
「そうだよ。体が機械で、夜になったら見えなくなるなんて気色が悪いらしいよ」
「らしいって、また他人事だね」
「私は……頭が機械だから、生きてた時の記憶が無いんだ。脳がそっくりそのまま機械になっちゃったからね。記憶どころか人格も、この顔さえも前世と違うんだよ」
「そうなんだ」
「だから、私の場合、人生で残した後悔がなんなのか見当もつかない。おかげで苦労してるよ」
 九重は壁に寄りかかると、改まって言った。
「私から提案がある。優、私と一緒に来てくれないか?」
「来てって、どこに?」
「まあ私の住処だよ。私の他に機械幽霊が二人住んでる。そこで、私の成仏への道を共に探して欲しいんだ。勿論タダでとは言わない」
「何かしてくれるの?」
「優の成仏の足がかりになるように影の討伐を手伝ってあげる」
「影って……さっきの奴のこと?なんであいつを倒す必要が?」
「成仏はただ後悔を晴らせればいいって訳じゃない。夜の間に出る、さっきみたいな影を倒して、いわば点数を稼ぐ必要があるんだ」
「なんかゲームみたいだね」
「感覚的にはそんな感じ。命懸けだけど」
「命懸け……。僕らは幽霊なんだよね?懸ける命なんてあるの?」
「うん。彼らに殺されると、私達も影になるんだ。機械幽霊と影は紙一重、というより本質的には同義だからね」
「と言うと?」
「影も言ってしまえば幽霊なんだよ。一人死ねば一つ影が生まれる。彼らは人のが凝縮されて生まれたんだ」
「なるほど」
「優はどうする?私に協力してくれるなら、優にも協力するよ。一人で影の相手をするのは大変だよ」
「……」
 田中は家を見上げる。ここで生まれ育って十七年。自分は死に、両親も死んだ。噂になっているということは、世間的にも死んだということだ。もはやこの家は、自分の家ではない。
「奏叶。協力する。だから、協力してくれ」
「了解。じゃあ行こうか」
 二人は再び闇に消えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

威風堂々

紅城真琴
キャラ文芸
『王家に生まれ国の将来を担う王子と旅先で出会った少女の初恋のお話』を目指します。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

処理中です...