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本編5話(修学旅行編 二日目)
高瀬くんの修学旅行⑤
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あの後、僕を丹羽の部屋まで送り届けた柏木は、丹羽が唯一食べられそうだと話したドリンクタイプのゼリーと、額を冷やす用の冷却シートやスポーツドリンクなど諸々をコンビニで買ってきて差し入れると、本当にさっさと蜻蛉返りしていった。柏木が居なくなって二人になった途端、一気に部屋がシンと静まり返る。
「……なんで一緒に帰んないの、うつるよ」
ごろんと僕に背を向けるように寝返りを打って、丹羽は弱々しい声でそう言った。熱は三十八度六分らしい。弱ってるところ、見られたくないのかな。けど背中には、一人にしないでほしいと書かれてあるようにも見える。昼間、一人は慣れていると寂しげに強がっていたことも、僕の中では少し引っ掛かっていた。
「予防接種受けてるから、うつらない。邪魔だったら、丹羽がゼリー食べて薬飲んだの見て帰るから」
「……べつに邪魔とは言ってない」
「そっか。薬、早めに飲んだほうがいいと思うから、ちょっとでもゼリー食べよう。起き上がれるか?」
「うん……」
熱い身体をのろのろと起こした丹羽にゼリーを渡す。キャップも開けてやって、あとは飲むだけなのに、丹羽はじっと僕を見つめるだけでなかなか口にしようとしない。沈黙を破ったのは思いがけない言葉だった。
「ざまあみろって、内心たのしんでるの?」
「はぁ……?」
「それとも、金が目当て?いくら欲しい?ああ、それか、俺のこと看病しましたって担任やクラスのやつらにアピールして、また学級委員長に返り咲きたいっていう魂胆か。ずうっとおまんこ係はやだもんね」
「おまえ、なに……」
胸がざわついてくるが、丹羽は続ける。
「正直に言っていいんだよ。別に悪いことじゃない。メリットのないことを人はやらないもん。けど、よくやるよなとは思うよ、正直。自分の人生も学校生活もメチャクチャにした加害者相手にさ、よく普通にしていられるね。お前、今まで俺に何されてきたか分かってんの?前々から思ってたけど、高瀬くんのメンタルはいい意味でぶっ壊れてるよ。スゴい、天晴れだわ」
「…………」
「なんだよ、図星で声も出ませんって?」
「いや、言ってやりたいことは山ほどあるけど……とりあえず、僕の人生や学校生活はお前なんかがメチャクチャにしようとして出来るものじゃないから、今までのこと気にしてるなら安心していいぞ。お前が思ってるほど、僕は自分を被害者だとも思ってない」
「へ……」
「最近気付いたことだけど、丹羽って、やってもいいことと悪いことの区別がちゃんとついてるやつなんだな。それすら分かってない、もっとヤバいやつなのかと最初は思ってた。区別がつくから今まで僕にしてきたことを悪いことだって自負してるみたいだけど、悪いやつに悪いことされたぐらいで、悪いけど、僕はどーってことないから。お前が僕に何をしてこようが僕は今まで通りに学校に通って勉強して卒業して、いい大学に入って実家を継ぐことに変わりはないから」
「…………」
「財務大臣の孫がなんだよ。車にも酔うしインフルエンザにもかかるし普通に熱出して弱って帰らされる、どこにでもいるただの高校二年生だよ、丹羽なんか」
それから、と付け加えて、僕は丹羽の左頬を控えめにパチン、と叩いた。病人だからあくまで控えめに。丹羽は、叩かれた頬をおさえて、信じられないものでも見るみたいなカオで僕のことを見上げてきた。親にもぶたれたことなかったんだろうな、高熱で瞳も潤んでいて、そんなところに泣きっ面に蜂で可哀想にはなってくるけれど、でもこれだけは言わないといけない。
「金目当てだとかアピールだとか、人の厚意を悪く言うな、普通にムカつくから。言わせてもらうけど、お前が西田のためにやってるあれもこれも、お前には何のメリットもないからな。あるとすれば、西田と一緒に修学旅行に行けて、回れて、楽しいってぐらいだよ。お前は悪いことばっかりするやつだけど、心が無いわけじゃないし、たまに善いこともするの見てれば分かるから、だから、僕はお前とも一緒に修学旅行回りたいなって思ってたの。お前が熱を出したら心配で、一人ぼっちにしておくのは嫌だなって思ったの。そんな僕の気持ちを勝手に悪く言うな、ばぁーか」
「…………」
「ほら、捻くれたことばっか言ってないで、さっさとゼリー飲んで、薬飲んで、寝ろ。分かったか?」
「…………」
「丹羽、返事」
「…………うん」
やっと返ってきた返事がひどく震えていたので、ゼリーを飲み始めた丹羽の顔をこっそりと盗み見ると、睫毛が濡れていて、頬がきらきらと光って見える。
な、泣かせてしまった、あの丹羽を。僕、これ、東京に帰ったらついに殺されるんじゃないか?無論丹羽がそんなことするやつじゃないことはもう分かっているが、病人相手に言い過ぎた感は否めない。だけど、謝るのも違うしな、と僕が考えあぐねていると、静かにゼリーを吸いながら丹羽はぽつりぽつりと零した。
「……高瀬くん、あのね、俺、西田も一緒に修学旅行に行けたらいいなって思って結構頑張ったんだよ」
「……うん、知ってるよ」
「西田だけじゃない、高瀬くんとも、柏木とも、一緒に回りたかった……三日目は尾形のやつをどうぶっ潰してやろうかって、そればっかり考えててさ」
「……うん」
「……楽しみにしてたんだよ、初めての修学旅行」
「……なんで一緒に帰んないの、うつるよ」
ごろんと僕に背を向けるように寝返りを打って、丹羽は弱々しい声でそう言った。熱は三十八度六分らしい。弱ってるところ、見られたくないのかな。けど背中には、一人にしないでほしいと書かれてあるようにも見える。昼間、一人は慣れていると寂しげに強がっていたことも、僕の中では少し引っ掛かっていた。
「予防接種受けてるから、うつらない。邪魔だったら、丹羽がゼリー食べて薬飲んだの見て帰るから」
「……べつに邪魔とは言ってない」
「そっか。薬、早めに飲んだほうがいいと思うから、ちょっとでもゼリー食べよう。起き上がれるか?」
「うん……」
熱い身体をのろのろと起こした丹羽にゼリーを渡す。キャップも開けてやって、あとは飲むだけなのに、丹羽はじっと僕を見つめるだけでなかなか口にしようとしない。沈黙を破ったのは思いがけない言葉だった。
「ざまあみろって、内心たのしんでるの?」
「はぁ……?」
「それとも、金が目当て?いくら欲しい?ああ、それか、俺のこと看病しましたって担任やクラスのやつらにアピールして、また学級委員長に返り咲きたいっていう魂胆か。ずうっとおまんこ係はやだもんね」
「おまえ、なに……」
胸がざわついてくるが、丹羽は続ける。
「正直に言っていいんだよ。別に悪いことじゃない。メリットのないことを人はやらないもん。けど、よくやるよなとは思うよ、正直。自分の人生も学校生活もメチャクチャにした加害者相手にさ、よく普通にしていられるね。お前、今まで俺に何されてきたか分かってんの?前々から思ってたけど、高瀬くんのメンタルはいい意味でぶっ壊れてるよ。スゴい、天晴れだわ」
「…………」
「なんだよ、図星で声も出ませんって?」
「いや、言ってやりたいことは山ほどあるけど……とりあえず、僕の人生や学校生活はお前なんかがメチャクチャにしようとして出来るものじゃないから、今までのこと気にしてるなら安心していいぞ。お前が思ってるほど、僕は自分を被害者だとも思ってない」
「へ……」
「最近気付いたことだけど、丹羽って、やってもいいことと悪いことの区別がちゃんとついてるやつなんだな。それすら分かってない、もっとヤバいやつなのかと最初は思ってた。区別がつくから今まで僕にしてきたことを悪いことだって自負してるみたいだけど、悪いやつに悪いことされたぐらいで、悪いけど、僕はどーってことないから。お前が僕に何をしてこようが僕は今まで通りに学校に通って勉強して卒業して、いい大学に入って実家を継ぐことに変わりはないから」
「…………」
「財務大臣の孫がなんだよ。車にも酔うしインフルエンザにもかかるし普通に熱出して弱って帰らされる、どこにでもいるただの高校二年生だよ、丹羽なんか」
それから、と付け加えて、僕は丹羽の左頬を控えめにパチン、と叩いた。病人だからあくまで控えめに。丹羽は、叩かれた頬をおさえて、信じられないものでも見るみたいなカオで僕のことを見上げてきた。親にもぶたれたことなかったんだろうな、高熱で瞳も潤んでいて、そんなところに泣きっ面に蜂で可哀想にはなってくるけれど、でもこれだけは言わないといけない。
「金目当てだとかアピールだとか、人の厚意を悪く言うな、普通にムカつくから。言わせてもらうけど、お前が西田のためにやってるあれもこれも、お前には何のメリットもないからな。あるとすれば、西田と一緒に修学旅行に行けて、回れて、楽しいってぐらいだよ。お前は悪いことばっかりするやつだけど、心が無いわけじゃないし、たまに善いこともするの見てれば分かるから、だから、僕はお前とも一緒に修学旅行回りたいなって思ってたの。お前が熱を出したら心配で、一人ぼっちにしておくのは嫌だなって思ったの。そんな僕の気持ちを勝手に悪く言うな、ばぁーか」
「…………」
「ほら、捻くれたことばっか言ってないで、さっさとゼリー飲んで、薬飲んで、寝ろ。分かったか?」
「…………」
「丹羽、返事」
「…………うん」
やっと返ってきた返事がひどく震えていたので、ゼリーを飲み始めた丹羽の顔をこっそりと盗み見ると、睫毛が濡れていて、頬がきらきらと光って見える。
な、泣かせてしまった、あの丹羽を。僕、これ、東京に帰ったらついに殺されるんじゃないか?無論丹羽がそんなことするやつじゃないことはもう分かっているが、病人相手に言い過ぎた感は否めない。だけど、謝るのも違うしな、と僕が考えあぐねていると、静かにゼリーを吸いながら丹羽はぽつりぽつりと零した。
「……高瀬くん、あのね、俺、西田も一緒に修学旅行に行けたらいいなって思って結構頑張ったんだよ」
「……うん、知ってるよ」
「西田だけじゃない、高瀬くんとも、柏木とも、一緒に回りたかった……三日目は尾形のやつをどうぶっ潰してやろうかって、そればっかり考えててさ」
「……うん」
「……楽しみにしてたんだよ、初めての修学旅行」
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