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本編3話(デート編)
高瀬くんの休日①
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よく晴れた日のこと。まさにお出掛け日和な土曜日、電車で小一時間かけて郊外に出た僕は、最近シロイルカがやって来たとニュースになったばかりの水族館に向かう道を歩いていた。挙動不審な男と共に──。
「はあ……はあ……っ♡」
「おい、西田、まだその動悸落ち着かないのかよ……もう集合してから一時間以上経ってんだけど……」
「っ、推しのいない高瀬様には、推しとデートに行くってことがどれほどオタクにとって一大事か分かってないんですっ!正直こうやって流暢な日本語で会話してることを褒めてほしいぐらいですよ、俺はっ!」
「知らねーよ」
「はあ……こんなに可愛い私服着てても相変わらず塩対応な高瀬様、眩しすぎます……丹羽くんに借りたサングラスがなかったら、今頃失明してました……」
「物騒なこと言うな」
「はあ……今日が俺の命日なのかもしれません……幸せすぎてなんだか怖くなってきました……」
「奇遇だな。僕も今日ずっとお前のことが怖いよ」
すぐ隣で終始呼吸を荒げている残念なイケメンを冷ややかな目で見上げる。西田のことをイケメンだなんて称するのは癪だが、今日の西田にはその言葉が一番しっくりくるぐらい外見だけは本当にイケている。何故かって、服も靴も鞄も指輪もネックレスも時計もサングラスも香水も、お洒落な丹羽の私物を借りてきているからだ。ファッションには明るくない僕でも一目見れば分かる、ハイブランドの一級品。今すぐ呼吸を止めて、意味不明な言語を口にすることさえ辞めれば、ただのキレイめな長身お兄さんなのに、動いて喋ると西田はどんな恰好をしていても西田なのである。
よりにもよって僕がなぜ西田と土曜日にデートなんかするハメになったのかというと、きっかけは二か月前に遡る。ちょうど二か月前、不良グループにレイプされる寸前だった僕を危機一髪のタイミングで助けてくれた西田は、よくやったと丹羽から大層褒められて、褒美に『高瀬くんがなんでも一回言うことを聞いてくれる権利』を付与されたのだ。本当になんでもですか?と目を輝かせる西田を見た当時の僕は、正直冷や汗ものだった。純度百パーの変態の西田のこと、どんなエグいお願いをされても不思議ではないと僕は身構えたものだったが、ごにょごにょとどもりながら西田が言ったのは、週末高瀬様の行きたいところへ一緒に出掛けたい、という何とも可愛らしいものだった。
「はあ……着いた、ここですね!俺、チケット買ってくるので高瀬様は座って待っててください!」
「うん。ありがと……」
パタパタと小走りでチケットの列に並ぶ西田の後ろ姿を眺める。デートに行くと決まったあの日から何故二か月も経ったのかと言うと、バイトを頑張ってデート代を稼ぐから少し待って欲しいと西田に頼まれたからだった。それぐらい俺が出してやるよ、と丹羽は言っていたが、西田はそれを丁重に断って、本当に丸二か月、毎日のように放課後バイトをしてデート代を貯めてくれたのだとか。中流階級以上の裕福な家の子供が多いうちの学園の生徒にしては珍しく、西田の家は複雑な母子家庭で、あまり裕福ではなさそうだった。だからこそ、飯田の後任のおまんこ係として一度は選ばれた過去もあったわけで、あの頃は知らなかった西田のことを色々と知っていくうちに、僕の心は西田を馬鹿にして見下していたことへの罪悪感と、西田にこれまでの非礼を謝りたい気持ちでいっぱいだった。本当は今日だって、会うなり、頑張ってデート資金を工面してくれたことへの御礼と今までの謝罪をするつもりだったのに、西田が限界オタクムーブをかましてきたせいで言うタイミングをすっかり見失ってしまっていたのだ。ちなみに、デート資金こそ貯まったものの、新しい服を買う余裕まではなかったようで、昨日、明日はこれで行こうと思います!と自信満々にコーデを披露したところ、絶句した丹羽によって着せ替え人形にさせられたようだった。なんだかんだ西田に甘い丹羽から今日は眉や髪のセットまでしてもらっていて、いつか丹羽くんが議員選挙に出た暁には恩返しの清き一票を入れますね!と真顔で意気込んでいた。
「…………」
チケットが買えたらしい西田が嬉しそうにこちらに小走りで掛けてくるのをぼんやりと眺める。あいつ、ああしてると普通に可愛い女の子とも釣り合いそうなルックスなのに、なんで僕なんか推してるんだろう。そう考えていた折、まさに並んでいるとお似合いと言えるであろう可愛い女の子二人連れが西田に声を掛け、西田はピタリと足を止めた。僕の目もそこへ釘付けになる。どこからどう見ても逆ナンなのだが、気が付いていないのかお人好しすぎて話を切り上げられないのか、西田はニコニコしたまま頷いたり首を傾げたり話に聞き入っていて、すっかり捕まっている様子だ。初めのうちはハラハラしていたが、だんだんイライラに変わってくる。お前は僕と水族館に来たんだろ、さっさと女の子の誘いなんて断れよ。とうとう痺れをきらした僕は、少し離れた場所から声を上げた。
「西田っ!」
振り返った三人のうち、一人の子が西田に微笑む。
「あっ、もしかしてお友達と来てたんですか?よかったら、お友達も一緒に……」
「いや、その、お友達、以上に大事な人ですっ!」
「えっ……」
「お姉さんたち、お友達が急に一人来れなくなって困ってるのに、一緒に回れなくてごめんなさい。でも、俺、今日はあの人とデートなので。ごめんなさいっ」
深々と頭を下げた西田と僕とを交互に見て、二人で顔を見合わせた女の子たちは、口元を両手で覆いながらペコペコと頭を下げ、足早に走り去っていった。
「やば、あのイケメン大富豪、あの男の子とカップルだったんだっ……大学生と高校生かな?」
「イケメンのBLリアルで初めて見た……尊いっ……」
きゃあきゃあとはしゃぐ二人の後ろ姿を目で追いながら、はてなマークを浮かべた西田が暢気に言う。
「お友達が一人来れなくなって困ってるみたいだったんですけど、なんか元気そうですね、よかった……」
そんなもん逆ナンの口実に決まってるだろ、という言葉は、西田の清らかな夢を壊さないためにもぐっと飲み込んだ。一連の西田の小っ恥ずかしい発言のせいで少し顔が火照っているのを見られないように、半歩前を歩きながら、西田のアウターの裾を引っ張る。
「西田が遅いから待ちくたびれた。はやく行こ……」
「……はいっ♡」
「はあ……はあ……っ♡」
「おい、西田、まだその動悸落ち着かないのかよ……もう集合してから一時間以上経ってんだけど……」
「っ、推しのいない高瀬様には、推しとデートに行くってことがどれほどオタクにとって一大事か分かってないんですっ!正直こうやって流暢な日本語で会話してることを褒めてほしいぐらいですよ、俺はっ!」
「知らねーよ」
「はあ……こんなに可愛い私服着てても相変わらず塩対応な高瀬様、眩しすぎます……丹羽くんに借りたサングラスがなかったら、今頃失明してました……」
「物騒なこと言うな」
「はあ……今日が俺の命日なのかもしれません……幸せすぎてなんだか怖くなってきました……」
「奇遇だな。僕も今日ずっとお前のことが怖いよ」
すぐ隣で終始呼吸を荒げている残念なイケメンを冷ややかな目で見上げる。西田のことをイケメンだなんて称するのは癪だが、今日の西田にはその言葉が一番しっくりくるぐらい外見だけは本当にイケている。何故かって、服も靴も鞄も指輪もネックレスも時計もサングラスも香水も、お洒落な丹羽の私物を借りてきているからだ。ファッションには明るくない僕でも一目見れば分かる、ハイブランドの一級品。今すぐ呼吸を止めて、意味不明な言語を口にすることさえ辞めれば、ただのキレイめな長身お兄さんなのに、動いて喋ると西田はどんな恰好をしていても西田なのである。
よりにもよって僕がなぜ西田と土曜日にデートなんかするハメになったのかというと、きっかけは二か月前に遡る。ちょうど二か月前、不良グループにレイプされる寸前だった僕を危機一髪のタイミングで助けてくれた西田は、よくやったと丹羽から大層褒められて、褒美に『高瀬くんがなんでも一回言うことを聞いてくれる権利』を付与されたのだ。本当になんでもですか?と目を輝かせる西田を見た当時の僕は、正直冷や汗ものだった。純度百パーの変態の西田のこと、どんなエグいお願いをされても不思議ではないと僕は身構えたものだったが、ごにょごにょとどもりながら西田が言ったのは、週末高瀬様の行きたいところへ一緒に出掛けたい、という何とも可愛らしいものだった。
「はあ……着いた、ここですね!俺、チケット買ってくるので高瀬様は座って待っててください!」
「うん。ありがと……」
パタパタと小走りでチケットの列に並ぶ西田の後ろ姿を眺める。デートに行くと決まったあの日から何故二か月も経ったのかと言うと、バイトを頑張ってデート代を稼ぐから少し待って欲しいと西田に頼まれたからだった。それぐらい俺が出してやるよ、と丹羽は言っていたが、西田はそれを丁重に断って、本当に丸二か月、毎日のように放課後バイトをしてデート代を貯めてくれたのだとか。中流階級以上の裕福な家の子供が多いうちの学園の生徒にしては珍しく、西田の家は複雑な母子家庭で、あまり裕福ではなさそうだった。だからこそ、飯田の後任のおまんこ係として一度は選ばれた過去もあったわけで、あの頃は知らなかった西田のことを色々と知っていくうちに、僕の心は西田を馬鹿にして見下していたことへの罪悪感と、西田にこれまでの非礼を謝りたい気持ちでいっぱいだった。本当は今日だって、会うなり、頑張ってデート資金を工面してくれたことへの御礼と今までの謝罪をするつもりだったのに、西田が限界オタクムーブをかましてきたせいで言うタイミングをすっかり見失ってしまっていたのだ。ちなみに、デート資金こそ貯まったものの、新しい服を買う余裕まではなかったようで、昨日、明日はこれで行こうと思います!と自信満々にコーデを披露したところ、絶句した丹羽によって着せ替え人形にさせられたようだった。なんだかんだ西田に甘い丹羽から今日は眉や髪のセットまでしてもらっていて、いつか丹羽くんが議員選挙に出た暁には恩返しの清き一票を入れますね!と真顔で意気込んでいた。
「…………」
チケットが買えたらしい西田が嬉しそうにこちらに小走りで掛けてくるのをぼんやりと眺める。あいつ、ああしてると普通に可愛い女の子とも釣り合いそうなルックスなのに、なんで僕なんか推してるんだろう。そう考えていた折、まさに並んでいるとお似合いと言えるであろう可愛い女の子二人連れが西田に声を掛け、西田はピタリと足を止めた。僕の目もそこへ釘付けになる。どこからどう見ても逆ナンなのだが、気が付いていないのかお人好しすぎて話を切り上げられないのか、西田はニコニコしたまま頷いたり首を傾げたり話に聞き入っていて、すっかり捕まっている様子だ。初めのうちはハラハラしていたが、だんだんイライラに変わってくる。お前は僕と水族館に来たんだろ、さっさと女の子の誘いなんて断れよ。とうとう痺れをきらした僕は、少し離れた場所から声を上げた。
「西田っ!」
振り返った三人のうち、一人の子が西田に微笑む。
「あっ、もしかしてお友達と来てたんですか?よかったら、お友達も一緒に……」
「いや、その、お友達、以上に大事な人ですっ!」
「えっ……」
「お姉さんたち、お友達が急に一人来れなくなって困ってるのに、一緒に回れなくてごめんなさい。でも、俺、今日はあの人とデートなので。ごめんなさいっ」
深々と頭を下げた西田と僕とを交互に見て、二人で顔を見合わせた女の子たちは、口元を両手で覆いながらペコペコと頭を下げ、足早に走り去っていった。
「やば、あのイケメン大富豪、あの男の子とカップルだったんだっ……大学生と高校生かな?」
「イケメンのBLリアルで初めて見た……尊いっ……」
きゃあきゃあとはしゃぐ二人の後ろ姿を目で追いながら、はてなマークを浮かべた西田が暢気に言う。
「お友達が一人来れなくなって困ってるみたいだったんですけど、なんか元気そうですね、よかった……」
そんなもん逆ナンの口実に決まってるだろ、という言葉は、西田の清らかな夢を壊さないためにもぐっと飲み込んだ。一連の西田の小っ恥ずかしい発言のせいで少し顔が火照っているのを見られないように、半歩前を歩きながら、西田のアウターの裾を引っ張る。
「西田が遅いから待ちくたびれた。はやく行こ……」
「……はいっ♡」
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