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本編2話(非日常編)

高瀬くんの非日常②

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「…………」
「…………」
「……尾形、」
「はぁ。はいはい、なんだよ、結……鍵忘れて出た?せっかく今いいとこだったのに」

怠そうに玄関へと向かう尾形は当然の如く全裸のままで、冷や冷やした僕も思わず身体を起こす。

「おい、ちょっと、尾形、パンツぐらい……」
「いいって。俺と結の仲なんだから、今更……」

言いながら、ガチャ、と中からドアを開けた尾形は、一瞬固まったあと、静かにそのままドアを閉めた。尾形にしては珍しく困惑した様子で額を押さえている。

「ん……?は……?え……?なんで……?」
「尾形?何やってんだ?」

学生寮らしい手狭なワンルームとは言え、僕のいるベッドから玄関の向こう側までは見えないため、何が起こったのか分からず、ドアの前で呆然と立ち尽くす尾形のところまで歩いていった。尾形は半笑いだ。

「なんか丹羽がいて、俺、目ぇ合っちゃった……」
「はぁ!?なんで丹羽が……!?」
「知るわけない。結に用でもあったのか……?」

声を潜めながら二人で顔を見合わせていると、再び、ピンポーンと無慈悲なチャイムの音が鳴る。詰みだ。一度尾形の顔を見られている手前、もうここは出るしかない。目と目で覚悟を決め合って、尾形がそーっとドアを開ける。死んだ魚の目をした僕らに引き換え、訪問者は、ニコニコと明るい笑顔を浮かべている。

「こんばんは。尾形、さっきなんで一回閉めた?」
「いやぁ、すいません、手が滑りました。そんなことより、なんで丹羽さんが結の部屋なんかに……?」
「それはこっちのセリフなんだけど?なんで全裸の尾形と顔まっかの高瀬くんが柏木の部屋にいるの?」

尾形と、その奥にいる僕にも視線を遣って、営業スマイルで問い詰めてくる丹羽に、こんなところじゃ何なんでとりあえず上がってください、と尾形も微笑む。こいつらの作り物の笑顔ほど怖いものもない僕は、身を縮めて尾形の後ろで息を殺すことしかできない。

それにしてもなんで丹羽がここに、と考えたとき、ふと二か月ほど前のとある事件が僕の脳裏を過った。

「あーーーー!位置情報アプリ……!!」

バカか、僕は。今の今まですっかり忘れていた。

ちょうど二か月ほど前、先生に頼まれごとをした僕が一人で準備室にいたところ、他のクラスの不良グループに目をつけられて襲われかけた事件があった。たまたま、僕を手伝おうと西田が後を追ってきてくれたお陰で無事未遂に終わったのだが、被害者であるはずの僕が何故か丹羽に大目玉を喰らったのだ。隙がありすぎるだの自覚が無さすぎるだの散々叱られた上で、油断も何もあったもんじゃないということで位置情報アプリをスマホに入れられたのだった。入れられこそしたものの、あれから二か月、僕の行動や位置情報について丹羽からとやかく言われることもなかったものだから、すっかり頭から抜け落ちてしまっていた。ちなみに事件以来、学園内で件の不良グループを見かけた生徒は誰一人としていないだとかなんとか──。

「位置情報アプリって、俺が元カノに入れられかけて大喧嘩したアレ……?マジ?瑞葵、あんなもん入れられてGPSで管理されてんの……?うわ、無理だわ」

眉を顰める尾形に対して、丹羽は得意げに話す。

「何か問題でも?自分が好きなときに好きなように使えればそれでいい尾形とは違って、俺は二年三組の長として高瀬くんの身の安全にはそれ相応の責任があるんだよ。今たまたまアプリ見てたら高瀬くんが柏木の部屋に居て、妙だなって。柏木は何処ぞの誰かさんとは違って、勝手なことをする奴じゃないからね。俺への報告もなしに珍しいこともあったもんだと思ってLIMEで聞いてみたら、高瀬くんから勉強を教わるだのなんだの、あいつらしくもない言い訳ばっかり返ってきてさ。匂うなと思って来てみたらこれだよ。お前らはまた俺に隠れてコソコソと……何やってんの?」

ここまで表向きはニコニコと笑顔を貼り付けていた丹羽の顔から、スンと一瞬にして笑みが消える。言い逃れは出来ない状況下だが、何とか丹羽の機嫌を収められないかと頭を働かせていた僕の悪足搔きも虚しく、こちらも作り笑いを辞めた尾形が真顔で言い放った。

「見て分かりません?セックスですけど。普通にいいところだったんで、邪魔されてあーあって感じです」
「尾形っっ!!」
「尾形。教室以外の場所でのおまんこ係の使用は原則禁止。例外は、日直が高瀬くんの部屋に行くか、俺に事前に話を通しておくか……って、いつも口を酸っぱくして言ってるよね?このご立派な耳は飾りか?」

ぎゅうっと丹羽が尾形の耳をピアスごと千切りそうな勢いで捻り上げるが、当の尾形はびくともしない。

「そのルールなら耳にタコが出来そうなほど聞きましたよ。聞いたところで、特に従う気がないだけで」
「呆れた。お前には遵法精神ってもんがないわけ?」
「は……悪法もまた法なりってことですか?絶対君主様らしい傲慢な法解釈ですね。丹羽さんの都合だけで独善的なルール敷いて一方的に従えって言われても、ねぇ。自分は週二で瑞葵とよろしくやってるくせに」
「ふん、俺は学級委員長様だからいいんだよ」
「ふーん……随分とステキなご身分で。委員長なんて七面倒なもん死んでも御免だって思ってたけど、二学期は俺も立候補してみようかなー……学級委員長」
「お前みたいな無法者に務まるわけないだろ」
「そうですか?お山の大将な丹羽さんでもやれてるんだから、俺も余裕でやれると思ってますけど……」
「お前さ、誰に向かって口きいてるか分かってんの?ボンクラの居直り強盗のくせに、頭が高ぇんだよ」
「ああ、丹羽さんって180ないですもんね、伸び盛りですみません♡それに日本史専攻だからご存じないかもしれないですけど、絶対王政は必ず倒されて終わるんですよ。俺がお前にピリオド打ってやろうか?」
「……ったく、弱いワンちゃんほどよく吠えるんだから。やれるもんならやってみろよ、負け犬。まあ、その前に俺がお前のこと終わらせてやるんだけどね♡」

僕をレイプしようとした不良共すら尻尾撒いて逃げ出しそうな二人のやり取りにただ圧倒される。なんでこいつらはこうも仲が悪いんだよ。どちらも無駄に弁が立つだけにまるで終わりが見えない。僕を虐めるのが好きな者同士、それこそ丹羽が転校したての頃は息が合っているかのようにも見えたのに、いつの間にやらこの様だ。タッグを組まれたら組まれたで厄介だが、こうまで対立されるのもそれはまた恐ろしい。丹羽も尾形も、バックについている勢力が一介の男子高校生の範疇を超えているからだ。国家権力と暴力団の抗争だなんて新聞の一面も飾りかねないような大惨事、取り返しのつかないことになる前に収めるしかない。

「お前ら、一旦落ち着けって……」

意を決して尾形の後ろから顔を出した僕だったが、丹羽に物凄い剣幕で睨まれて、つい尻込みしてしまう。

「は?どの面下げて仲裁してんだよ。高瀬くんも共犯だってこと、ちゃんと分かってんの?元はと言えば、高瀬、お前が毎度このクソ犬を甘やかして調子こかせてきた結果、こうなってんだろーが。自覚あんの?」
「な、なんで僕がっ……」
「おい、やめろよ。俺のことは何とでも言えばいいけど、瑞葵を悪く言うのは違うだろ」
「尾形……」

つかつかと詰め寄ってきた丹羽から僕を庇うように間に入ってくれた尾形の腕を、無意識のうちに掴んで、もうやめろと訴えるように見上げる。振り返った尾形はさっきまでの意地悪な態度が嘘だったみたいに柔らかく笑うと、ゆっくり食べるようなキスをしてきた。

「んっ……♡んう♡む……♡ん♡」

啄んでは離れてを繰り返しながら、徐々に深くなる。さっきまでの、強引に暴いて雌の発情を引き摺り出すようなそれではなくて、舌と唇の柔らかく濡れた感触を確かめ合うような甘いキスに脳みそが痺れていく。

こんなっ♡こんなことしてる場合じゃないのにっ♡

一度火をつけられていた身体は、あっという間に熱をぶり返して、気付くと僕は自分から唾液塗れな舌を目いっぱい突き出して、夢中で求めて吸い合っていた。

れろれろれろれろ♡じゅぱっ♡ぢゅぱぢゅぱっ♡ぢゅぱぢゅぱぢゅぱぢゅぱ♡ぢゅるぢゅるぢゅる♡ぢゅ♡ぢゅ~~っ♡ぢゅ~~~~~~っっ♡♡♡

「はうっ♡ん♡んんんぅう♡♡んっ♡んむうっ♡」

サラサラと髪を漉くように撫でられたあと、大きな手で両耳を覆うように塞がれたものだから、ちゅぷちゅぷ♡じゅぱじゅぱ♡と舌を吸い合う厭らしい水音だけが頭の中いっぱいに響いて、おかしくなりそうだ。

けんかっ♡ぼくが止めなきゃなのにっ♡ずっとじゅぱじゅぱ♡ずっと、音、しゅごっ♡もう分かんないっ♡またヘンにされる……♡お腹の奥、あついぃ……♡♡

立っているのが辛くて、目の前の尾形にしがみついたまま必死に快感に耐えていると、ふと片方の手を剥がされて、腹につくほど勃起した尾形の生ちんぽまで誘導された。上から二回りほど大きな掌を重ねて蓋をするように閉じ込められる。ビクンビクンと脈打つ感覚と、腹を破られてしまいそうな硬さと、ぼってりとしたカリの大きさと、皮膚がふやけてしまいそうな熱さが、掌越しにダイレクトに伝わってきて喉が鳴った。

「瑞葵……これ、欲しい?」
「あ……♡は、あぅ……♡これぇ……♡♡」

嘘でもいらないとは言えなかった僕は、肯定の代わりにすりすり♡と亀頭を優しく撫で転がして、潤む視界のまま、じぃっと訴えるような視線を尾形へ遣った。

「は~~……たまんねぇ……」

感嘆の息を吐いた尾形が、上から覆い被さるようにぎゅうっと僕を抱きしめてくる。抱えたまま丹羽へ向き直って、ほくほくと勝ち誇ったように声を弾ませた。

「分かりました?瑞葵は瑞葵の意思で、好き好んで俺とヤってるんですよ。分かったらさっさと……」
「へえ、なるほどね。高瀬くんがすぐグズグズのトロットロになってちんぽが欲しくて欲しくて堪らなくなるのは相手が自分だからって尾形は思ってるんだ?」
「あ……?」
「ふふ、へえ、そう。まあ、おめでたくていいんじゃない?そう思うのはお前の勝手だし。けど、その程度で見せつけた気になってんだと思うと可笑しくって。そもそもさ、高瀬くんがそんななのは、俺がそうなるようにしてやったからだよ?俺が高瀬くんを仕込んだお陰でお前みたいな下々のモブもおこぼれにありつけてんの。自惚れんのも大概にしろよ、クソ若頭くん」
「っ、……」

今日初めて黙った尾形に気をよくした丹羽は、ぴかぴかと照り映える特等の笑顔で、それに、と続けた。

「後々泣きを見ないように言っといてやると、俺とヤってるときの高瀬はそんなもんじゃねぇから♡」
「はい?何のマウントですか?大体まだキスしかしてませんけど。俺とヤってるときの瑞葵もこんなもんなわけないでしょ。ハメ撮りしたやつ観ます?」
「おいっ、そんなもんいつの間に撮ったんだっ!」
「もういいよ、高瀬くんに訊くから。どっちなの?」
「な、なにが……」

丹羽に詰め寄られ、怯んだ僕は助けを求めるように尾形を見上げたが、こっちはこっちで腕の力を強めながら、些とも目の笑っていない笑顔で凄んでくる。

「瑞葵。後が怖いとか一旦忘れて、正直に言えばいいから。俺と丹羽、どっちのちんぽが気持ちいい?」
「そ、そんなの……」

どっちもだ。ちんぽに貴賤はない。どっちかなんて選べない、普通にどっちも気持ちいいに決まっている。決まってはいるが、そんなどっちつかずの答えで目の前の二人の気が収まりそうにないことは明白だ。だからと言って、片方を選ぶのも絶対に違う気がする。何とか、二人とも持ち上げて、でもちゃんと差別化もして、二人ともが気をよくするような返答はないかと頭をフル回転した僕は、思いついた答えを口にした。

「せ、正常位は丹羽で、バックは尾形が、いい……」
「…………」
「…………」

どちらにも角を立てない返答をしたつもりが、どうやら逆効果だったらしいと悟ったのは全てを言葉にした後のことだった。数秒前までいがみ合っていたハブとマングースは無言で顔を見合わせ、息ぴったりの様子で頷き合うと、犯すだの理解らせるだの物騒な言葉を交わし合いながら僕を持ち上げてベッドまで運んだ。

「なっ、なにすんだっ……!」
「ごめんな、瑞葵、気付いてやれなくて。でもそういやお前って面食いだから、たまには俺の顔、存分に独り占めしながらキスハメされたい日もあるよな」
「そんなこと一言も言ってないっ!さっき丹羽に自惚れんなって言われたこと、もう忘れたのかよっ!」
「はぁ、いつも最後こわいからキスしてとか手握ってとか散々強請ってくるからてっきりそういう方向に育ったんだとばかり思ってたのに、動物みたいな交尾がしたかったならさっさとそう言ってくんない?」
「だから違うって!それにいつもお前がバカみたいに焦らすから最後こわくて仕方なくなるんだよっ!」

ふかふかのシーツに沈められながらぎゃんぎゃんと喚くが、釈迦に説法であることは経験上、僕が一番よく知っている。そうして頭上で二つの声が綺麗にハモったとき、僕はどうにでもなれ、とついに観念した。

「「俺のほうが絶対にこいつより上手く正常位(バック)でハメてお前のこと気持ちよくしてやれる♡」」
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