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本編1話(日常編)
高瀬くんの日常⑦
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各クラスごとの終礼が終わり、間もなく、丹羽は男バスの部室までやって来た。既にちらほら放課後練のために集まっていた連中が丹羽様の急なお出ましにどよめく中、柏木から丁寧に身柄を引き渡される。
部室を出るや否や、今日は教室じゃなくて俺の部屋にしよっか、と丹羽が言って、ぎゅっと手を握られた。無言で頷き、手を引かれるまま、丹羽に着いていく。つとめて平静を装うが、丹羽の部屋に行くのは初めてのことで、身の縮む思いがした。僕と丹羽は週に一、二回、丹羽の気まぐれで身体を重ねてきたが、これまでは漏れなく二年三組の教室を使っていたからだ。繋がれた丹羽の手のひらが人形のように冷たくさらさらとしているせいもあって、いっそう緊張感が増してくる。昼休みのようにリードで繋がれることこそあれど、直に手を繋ぐことなんてほとんどなかったため、僕ばかり緊張で手のひらが汗ばんでくるのが恥ずかしい。丹羽と手を繋いだのは、転校初日、校長室から教室まで手を引かれたあの日以来だ、とふと思った。
「…………」
「…………」
「……丹羽って、」
「……なに」
「その、ぱ、パン、好きだよな……」
気まずいから何か言うにしても、もっと何かあっただろう、と我ながら思うが、些とも頭が働かない。僕のひねり出したぎこちない世間話に、丹羽は歩調も口調も何ひとつ変えず、前を向いたまま答えてくる。
「うん、好き。朝もパン派。俺の部屋にいいトースターあるから、高瀬くんも明日の朝、使っていいよ」
「えっ……」
「なに、朝ごはん派なの?」
「……そんなことも、ないけど、」
「はぁ?べつに、朝パンかごはんかぐらい、俺に気ぃ遣わなくていいよ。そんなのどっちだっていいから」
面倒くさそうに丹羽は言いのけたが、僕が引っ掛かったのはそんなところではない。明日の朝……ってことは、僕、今晩は丹羽の部屋に泊まるってこと……?
そこからは頭が真っ白になって、どんな道をどう通ってそこにたどり着いたのか、まるで覚えていない。気が付いたら、丹羽の部屋の中に案内されていた。入室したそばから足にコツンと何かがぶつかるが、それは尾形の部屋に散乱していたようなガラクタではなくて、フローリングを自走するお掃除ロボットだった。
「…………」
丹羽が照明のスイッチを入れると、スピーカーから洒落た音楽が流れ始める。切れっぱなしで点かない風呂場の電球と、この無駄な機能のついた照明をどうにか足して二で割れないものかと思う。丹羽の部屋は物自体が少なく、黒を基調としたインテリアはまとまりがあって、何処もかしこもスッキリと片付いていた。ウッディ系のルームフレグランスのいい香りがする。
「高瀬くん、シャワー、先いいよ。タオルとバスローブ置いとくから。スキンケアとかも好きに使って」
「…………」
「……なに?」
「いや、なんか……」
部屋も綺麗で、丹羽も意地悪言ってこなくて、至れり尽くせりな感じがして、居心地が悪い。そう素直に言うわけにもいかず、後に続ける言葉をどうするべきかとまごつく僕を、丹羽は華麗にも一蹴した。
「あのさぁ、自分じゃ気付かないかもしれないけど、今のお前、雑魚共のくっさいザーメンの臭いがぷんぷんしてるから。つべこべ言わずにさっさと入れよ」
「っ、~~~~~~~」
シッシッと動物を追い払うようにリビングを締め出された僕は、大人しく丹羽の部屋のシャワールームを借りることにした。サロン専売品と思しきシャンプーやトリートメントをここぞとばかりに使い、何やら高そうな石鹸で身体を洗って、すっかりいい匂いになって出てくる。丹羽はいつも上品な香りがするので香水でも付けているのかと思っていたが、この石鹸の香りだったのかもしれない。自分の肩口を嗅ぐとふわりと高貴な香りがすることに気分を高揚させながら、ふかふかのバスタオルで身体を拭いた。ホテルでしか見たことのないような白いバスローブ(当然裾を引き摺るほど長い)に身を包んで、部屋に戻ると、そこは、石鹸とは全く種別の違う香ばしい匂いに包まれていた。
「わあ……」
「さすがにたまにはザーメンのかかってない温かいごはん食べたいでしょ、ちんぽ大好きな高瀬くんも」
「これ、僕が食べてもいいのか……?」
「冷めないうちにどうぞ。全部冷凍ものだけど」
テーブルには、恐らく全国各地のお取り寄せグルメであろうご馳走と、高そうなグラスに入ったペリエに、ナイフやフォークやらがずらりと並んでいる。流石の丹羽も恩情与えてやる気になったんじゃない、という柏木の言葉が思い出されて、あの丹羽にも人の心があったのか、と宙に浮いたような気持ちになった。
「俺、ゆっくり湯舟浸かりたいから高瀬くんもごゆっくり。言っとくけど、こんなの今日限りだからね?」
「わかってるよ……いただきます……」
バスルームへ消えていく丹羽を見送ってから、両手を合わせて、料理に手をつける。どれもこれも絶品で、頬っぺたが落っこちてしまわないか心配になるようなものだかりだ。近頃はザーメンのかかった食事か、良くて自室で簡単な自炊をする程度だった僕にとっては尚の事、全てがご馳走だった。ナイフとフォークが止まらず、ぱくぱくと、夢中になって食べ進めていく。前菜を食べ終えて、メインも食べ終えたくらいで、一気に血糖値が上がったせいか、強烈な眠気に襲われた。でも、まだ……デザートも……食べたい……。そうして桃のタルトにサクッとフォークを突き刺したところで、僕はそのまま崩れ落ちて、意識を失った。
部室を出るや否や、今日は教室じゃなくて俺の部屋にしよっか、と丹羽が言って、ぎゅっと手を握られた。無言で頷き、手を引かれるまま、丹羽に着いていく。つとめて平静を装うが、丹羽の部屋に行くのは初めてのことで、身の縮む思いがした。僕と丹羽は週に一、二回、丹羽の気まぐれで身体を重ねてきたが、これまでは漏れなく二年三組の教室を使っていたからだ。繋がれた丹羽の手のひらが人形のように冷たくさらさらとしているせいもあって、いっそう緊張感が増してくる。昼休みのようにリードで繋がれることこそあれど、直に手を繋ぐことなんてほとんどなかったため、僕ばかり緊張で手のひらが汗ばんでくるのが恥ずかしい。丹羽と手を繋いだのは、転校初日、校長室から教室まで手を引かれたあの日以来だ、とふと思った。
「…………」
「…………」
「……丹羽って、」
「……なに」
「その、ぱ、パン、好きだよな……」
気まずいから何か言うにしても、もっと何かあっただろう、と我ながら思うが、些とも頭が働かない。僕のひねり出したぎこちない世間話に、丹羽は歩調も口調も何ひとつ変えず、前を向いたまま答えてくる。
「うん、好き。朝もパン派。俺の部屋にいいトースターあるから、高瀬くんも明日の朝、使っていいよ」
「えっ……」
「なに、朝ごはん派なの?」
「……そんなことも、ないけど、」
「はぁ?べつに、朝パンかごはんかぐらい、俺に気ぃ遣わなくていいよ。そんなのどっちだっていいから」
面倒くさそうに丹羽は言いのけたが、僕が引っ掛かったのはそんなところではない。明日の朝……ってことは、僕、今晩は丹羽の部屋に泊まるってこと……?
そこからは頭が真っ白になって、どんな道をどう通ってそこにたどり着いたのか、まるで覚えていない。気が付いたら、丹羽の部屋の中に案内されていた。入室したそばから足にコツンと何かがぶつかるが、それは尾形の部屋に散乱していたようなガラクタではなくて、フローリングを自走するお掃除ロボットだった。
「…………」
丹羽が照明のスイッチを入れると、スピーカーから洒落た音楽が流れ始める。切れっぱなしで点かない風呂場の電球と、この無駄な機能のついた照明をどうにか足して二で割れないものかと思う。丹羽の部屋は物自体が少なく、黒を基調としたインテリアはまとまりがあって、何処もかしこもスッキリと片付いていた。ウッディ系のルームフレグランスのいい香りがする。
「高瀬くん、シャワー、先いいよ。タオルとバスローブ置いとくから。スキンケアとかも好きに使って」
「…………」
「……なに?」
「いや、なんか……」
部屋も綺麗で、丹羽も意地悪言ってこなくて、至れり尽くせりな感じがして、居心地が悪い。そう素直に言うわけにもいかず、後に続ける言葉をどうするべきかとまごつく僕を、丹羽は華麗にも一蹴した。
「あのさぁ、自分じゃ気付かないかもしれないけど、今のお前、雑魚共のくっさいザーメンの臭いがぷんぷんしてるから。つべこべ言わずにさっさと入れよ」
「っ、~~~~~~~」
シッシッと動物を追い払うようにリビングを締め出された僕は、大人しく丹羽の部屋のシャワールームを借りることにした。サロン専売品と思しきシャンプーやトリートメントをここぞとばかりに使い、何やら高そうな石鹸で身体を洗って、すっかりいい匂いになって出てくる。丹羽はいつも上品な香りがするので香水でも付けているのかと思っていたが、この石鹸の香りだったのかもしれない。自分の肩口を嗅ぐとふわりと高貴な香りがすることに気分を高揚させながら、ふかふかのバスタオルで身体を拭いた。ホテルでしか見たことのないような白いバスローブ(当然裾を引き摺るほど長い)に身を包んで、部屋に戻ると、そこは、石鹸とは全く種別の違う香ばしい匂いに包まれていた。
「わあ……」
「さすがにたまにはザーメンのかかってない温かいごはん食べたいでしょ、ちんぽ大好きな高瀬くんも」
「これ、僕が食べてもいいのか……?」
「冷めないうちにどうぞ。全部冷凍ものだけど」
テーブルには、恐らく全国各地のお取り寄せグルメであろうご馳走と、高そうなグラスに入ったペリエに、ナイフやフォークやらがずらりと並んでいる。流石の丹羽も恩情与えてやる気になったんじゃない、という柏木の言葉が思い出されて、あの丹羽にも人の心があったのか、と宙に浮いたような気持ちになった。
「俺、ゆっくり湯舟浸かりたいから高瀬くんもごゆっくり。言っとくけど、こんなの今日限りだからね?」
「わかってるよ……いただきます……」
バスルームへ消えていく丹羽を見送ってから、両手を合わせて、料理に手をつける。どれもこれも絶品で、頬っぺたが落っこちてしまわないか心配になるようなものだかりだ。近頃はザーメンのかかった食事か、良くて自室で簡単な自炊をする程度だった僕にとっては尚の事、全てがご馳走だった。ナイフとフォークが止まらず、ぱくぱくと、夢中になって食べ進めていく。前菜を食べ終えて、メインも食べ終えたくらいで、一気に血糖値が上がったせいか、強烈な眠気に襲われた。でも、まだ……デザートも……食べたい……。そうして桃のタルトにサクッとフォークを突き刺したところで、僕はそのまま崩れ落ちて、意識を失った。
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