上 下
3 / 5

身代わりのワケ

しおりを挟む
攫われた日の翌朝…

「それでは、姫様。
早速…これよりは、わたくしが
姫様らしい立ち振る舞いを
ご教授致します」
と、右衛門佐が宣言し、
おはなの姫様修行が始まった。


右衛門佐の言った通り、 
昨夜、人が寝静まった頃に、
右衛門佐の手引きにより、
大奥の中にある、 
鶴姫様のお部屋に入ったおはな。

昨日、手違いで連れてこられた
お部屋もきらびやかであったが、 
鶴姫様がお使いになられている 
この部屋に連れてこられた
おはなは、絢爛豪華という
言葉が、しっくりくる程の
きらびやかなお部屋に 
度肝を抜かされたのは 
言うまでもない。

連れてこられた時に
通された部屋は
御広敷と呼ばれる部屋で、
ここまでは、特別に
許された者であれば
男性でも入れる事が出来た。
そして、おはなに
謝罪していた男性は
徳川綱吉公の側用人の
柳沢吉保…その人だった事を
おはなが知るのは、もう少し
先の話になる。

「姫様、よろしゅうございますか?
まずは、お言葉遣いを
お改め頂きます。
次に、立ち振る舞いやお作法を
学んで頂きます。
その後は…」
と、学習内容をペラペラ
喋り続ける右衛門佐の声が、
中々、頭に入らないおはな。

な、なんであたしが…こんな目に…

それにしても…当の鶴姫様ご本人は、
一体全体、どこで何してるの…
てか、なんで身代わりがいるのよ…

悶々と考えこむおはなの膝に、
右衛門佐の扇子が打ち込まれる。

「痛っっ」

おはなが、思わず声をあげる。

「姫様、わたくしの話…
聞いてらっしゃいましたか?」

右衛門佐がひきつった笑顔で尋ねる

…「ごめんなさい
ちょっと考え事をしてました」

恐る恐る答えるおはな。

「姫様…。姫様には、
申し訳ありませんが、
時間がないのです。
鶴姫様ご本人がお戻りに
なられぬ限り、姫様には
姫様の代わりをして頂かなくては
ならないのですから…」

右衛門佐が、頭を抱えるように呟く。

「あの…右衛門佐さま、
何故、あたしが身代わりに
ならないといけないのですか?」

そう尋ねるおはなに、
右衛門佐が、ふぅ…とひと息
ため息をついた後、
重々しく口を開く。

「…そうですね。理由くらいは
お伝えすべきでございました。

…まことの鶴姫様は、
お父上であられる上様はもちろん、
上様のお母上…お祖母様であられる
桂昌院さまにも溺愛されて
いらっしゃるのです。
それ故、紀州藩主綱教様に
お輿入れされた後も、
ここ江戸城大奥にて
過ごしていらっしゃいました。

…ですが、つい先日…
乳姉妹である鶴姫様付きの侍女と
いなくなられてしまったのです。
…この、書き置きを残して。」

おはなは、鶴姫様直筆の書き置きを
右衛門佐から差し出され、恐る恐る
その書き置きに目を通すと…
そこには、

『わたくしは、もっと
綱教様と共に
過ごしとう存じます。
それ故、この大奥を出て
綱教様のいらっしゃる
紀州に行って参ります。 
どうか、連れ戻そうとは
なさらないで下さいませ』

と、書かれてあった。

「え、き、紀州…!?
姫様が…侍女一人と!?
む、無謀すぎます…」

つい、声に出てしまうおはな


「わたくしも、そう思いますわ。
そもそも、あまりお体も
お強くはありませんのに…。

ただ、江戸から紀州へ向かう道筋を
くまなく探させてはいるのですが、
一向に足取りが掴めないのです。
そのような所に、姫様を
探していた隠密が、姫様に
瓜二つの貴女様を見つけ
姫様と間違って…江戸城に
お連れしてしまった…
というわけなのです。」

と、右衛門佐が、益々
頭を抱えるように話す。


「そうだったんですね…。
というか…あたしは、そんなに
姫様に似てるんですか?
あたしは、ただの同心の 
ムスメなのに…」

と、おはなが呟けば、

「ええ、瓜二つですわ。
わたくしも、驚きましたもの。

…それで、貴女様に
姫様の身代わりをお願い
した理由でございますが…。
上様が、鶴姫様の事を
殊の外、溺愛されておいでで…
今も、ご心配のあまり、 
幾度となく、姫様のご様子を
お尋ねになられて… 

姫様が失踪したと上様に
知られれば…わたくしや
柳沢吉保殿はもちろん、
多くの者の首が飛ぶのです。
…処刑されるという意味で。

それ故、貴女様に
まことの姫様がお戻り遊ばすまで
身代わりをお願いするしか
ないのでございます。
…貴女様も、貴女様が
身代わりを断ることで
幾多の人の首が飛ぶのは
嫌でございましょう…??」

と、脅迫じみた返事を返された。

それ…脅迫じゃない…
確かに…嫌だけど…
でも!!あたしには、
元々…関係ない話でしょう…!

と、心の中で、おはなは
憤慨するのでした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

江戸の夕映え

大麦 ふみ
歴史・時代
江戸時代にはたくさんの随筆が書かれました。 「のどやかな気分が漲っていて、読んでいると、己れもその時代に生きているような気持ちになる」(森 銑三) そういったものを選んで、小説としてお届けしたく思います。 同じ江戸時代を生きていても、その暮らしぶり、境遇、ライフコース、そして考え方には、たいへんな幅、違いがあったことでしょう。 しかし、夕焼けがみなにひとしく差し込んでくるような、そんな目線であの時代の人々を描ければと存じます。

陸のくじら侍 -元禄の竜-

陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた…… 

上意討ち人十兵衛

工藤かずや
歴史・時代
本間道場の筆頭師範代有村十兵衛は、 道場四天王の一人に数えられ、 ゆくゆくは道場主本間頼母の跡取りになると見られて居た。 だが、十兵衛には誰にも言えない秘密があった。 白刃が怖くて怖くて、真剣勝負ができないことである。 その恐怖心は病的に近く、想像するだに震えがくる。 城中では御納戸役をつとめ、城代家老の信任も厚つかった。 そんな十兵衛に上意討ちの命が降った。 相手は一刀流の遣い手・田所源太夫。 だが、中間角蔵の力を借りて田所を斬ったが、 上意討ちには見届け人がついていた。 十兵衛は目付に呼び出され、 二度目の上意討ちか切腹か、どちらかを選べと迫られた。

腐れ外道の城

詠野ごりら
歴史・時代
戦国時代初期、険しい山脈に囲まれた国。樋野(ひの)でも狭い土地をめぐって争いがはじまっていた。 黒田三郎兵衛は反乱者、井藤十兵衛の鎮圧に向かっていた。

恐妻と愛妻は紙一重

shingorou
歴史・時代
ピクシブにも同じものをアップしています。帰蝶様に頭が上がらない信長公の話です。

帰る旅

七瀬京
歴史・時代
宣教師に「見世物」として飼われていた私は、この国の人たちにとって珍奇な姿をして居る。 それを織田信長という男が気に入り、私は、信長の側で飼われることになった・・・。 荘厳な安土城から世界を見下ろす信長は、その傲岸な態度とは裏腹に、深い孤独を抱えた人物だった・・。 『本能寺』へ至るまでの信長の孤独を、側に仕えた『私』の視点で浮き彫りにする。

四本目の矢

南雲遊火
歴史・時代
戦国大名、毛利元就。 中国地方を統一し、後に「謀神」とさえ言われた彼は、 彼の時代としては珍しく、大変な愛妻家としての一面を持ち、 また、彼同様歴史に名を遺す、優秀な三人の息子たちがいた。 しかし。 これは、素直になれないお年頃の「四人目の息子たち」の物語。   ◆◇◆ ※:2020/06/12 一部キャラクターの呼び方、名乗り方を変更しました

蛇神様 ――藤本サクヤ創作フォークロア #1

藤本 サクヤ
歴史・時代
むかし、むかし――。あの山にも、この川にも、歴史に埋もれた物語(フォークロア)が息づいている。 創作フォークロアシリーズ(予定…!)第一弾は、とある村に伝わる一途な恋の物語。 先日、山形県の出羽三山を旅しながら心に浮かんだお話を、昔話仕立てにしてみました。 まだまだ未熟者ですが、楽しんでいただけたら幸いです! もしも気に入っていただけたなら、超短編「黒羽織」、長編「大江戸の朝、君と駆ける」もぜひ一度、ご賞味くださいませ^^

処理中です...