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茉莉花-マツリカ-(下)
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「茉莉花?どした?大丈夫?」
職員室から出てきた顔面蒼白の私を見て、友達が尋ねた。私は水の中にいる様な感覚で、友達の声はノイズにかき消され私の耳には届かなかった。
お母さんが倒れるなんて一ミリも想像していなかったからだ。いや…想像したくなかったのかも知れない。
「私…病院行ってくる…先生から聞いたの…お母さんが倒れたって」
私はタクシーを呼び、病院まで急いだ。タクシーなんて初めて使ったが、何でも良い、とにかくこの世界で一番速い乗り物で一刻も早く病院に行きたかった。
私はお母さんから貰った5000円をココで使うなんて思っても見なかったが、もしかしたらこの時が来るとお母さんは知っていたから、私に今ある精一杯のお金を渡したのかもしれない。
「茉莉花…ごめんね、お母さんちょっと目眩(めまい)がして倒れちゃった…」
私はベッドで上体を起こし、点滴を受けているお母さんを見て身体中の力が抜けた。
「お母さん…大丈夫?」
「大丈夫よ茉莉花、心配させてごめんね…ちょっと疲れが溜まってただけだよ」
私はお母さんの手を握って大声で泣いた。お母さんの手は温かく、優しく私の頭を撫でてくれた。
お母さんは自分の体調不良を隠し、ずっと元気な様子を私に見せていた。だから私の事を心配して親戚のおじさんに話をしていたのだ。
「お母さん、お母さん…」
「なあに?茉莉花」
「お母さん、やばい病気なの?」
「んー…」
お母さんは長い髪を触り、窓の外の桜を見ながら私に答えた。
「大丈夫よ、心配ないわ」
嘘だ………お母さんはいつも私の質問にはちゃんと私の目を見て答えてくれていた。
私が“それ”を見て不安そうに黙ると、続けてこうも言った。
「でも少しの間、お仕事休みになるし…茉莉花と沢山一緒にいれるから…お母さんは嬉しいかな」
「今までずーっと茉莉花は一人だったから、きっと神様がお母さんにお休みをくれたのよ」
お母さんは微笑みながら、私の目を見てそう言った。私は頷くしかなかった。
数日経ったある日曜日、私達は歩いて公園に行った。私達はベンチに座り、お母さんはエコバッグからお弁当を出した。
お弁当はこの前来た時の半分以下の量になっていた。
「見て茉莉花…ジャスミンの花が咲いてるわ」
「本当だ!咲いてる!綺麗…」
私は一つ花を取り、お母さんの頭に乗せた。
「ほら、見て!ジャスミンの髪飾りだよ」
「ふふふ…茉莉花ったら、おかしい」
「いい匂い…優しい匂いがする」
私が詰んだジャスミンの花はお母さんと同じ優しい匂いがした。
お母さんはステージ4の癌だった。
後日、私は病院に呼ばれ、お医者様から直接聞いたのだ。病気の説明を受けた。暫くは抗がん剤治療を行うみたいで、私はお金が必要だった。
その日から親戚のおじさんが助けてくれていたが、高校を卒業して友達の紹介で私は夜の店に入った。とにかくお金が必要だった。
私は今までに無い経験で、毎日辛くて泣いていた。お酒も沢山飲んだ。でもお母さんが元気になるなら自分の体が壊れても良いと思ってた。
ある日、お母さんの体調が良かったので、私達はショッピングモールに買い物に出かけた。階段を登る時にお母さんの手を引いたが、握ったお母さんの手は私の手より小さく私より冷たくなっていた。
「これなんかお母さんに良いんじゃない?このネックレスとかさ」
「えー…高いし…いいわよそんなの」
「えー良いよお金は気にしなくて」
私はある程度稼げる様になっていたので、お母さんに何かプレゼントしてあげたかったが、お母さんはどれも「いらない」ばかりだった。
「ねぇ、お母さん、お母さん…」
「なあに?茉莉花」
「こーゆーのあんまり好きじゃない?」
「だって茉莉花がくれたジャスミンのブローチがあるじゃない、あれより可愛い物は無いわよ」
お母さんは目を見て答えてくれた。私はそれを聞いて嬉しかった。小さい頃からお母さんは私の質問には、必ず私が一番嬉しくなる答えをくれる。
それから一週間して、お母さんの体調は急変した。お母さんの意識は無くなり、心電図の音だけが静かに病室に響いていた。
「お母さん……お母さん…」
「お母さんって!」
お母さんの返答は無かった。段々小さくなっていく心電図の波を見ながら、私と親戚のおじさんは手が震えていた。
病院の先生が書類を持って何度も時計を確認していた。
私はどんどん冷たくなっていくお母さんの体を何度もさすった。
「お母さん…!お母さん」
その時、呼吸器の中のお母さんの口が少しだけ動いた。
「お母さん、今までありがとう」
「茉莉花本当に幸せだったよ」
「お母さん…大好きだよ!」
それを聞いたお母さんの口が開き、か細い声で…
「茉莉花があなたで、お母さん…良かったわ」
そう最後に言い残してお母さんは天国に逝ってしまった。
心電図の波は完全に無くなってしまった。お母さんの体は氷の様に冷たくなり、硬くなってしまった。しかし不思議な事に、私が握っていたお母さんの手だけは温もりが無くならなかった。
「きっと…私が心配で……まだ手を握っててくれてるんだね……お母さん…ありがとう…ありがとう…」
お母さんの最後の優しい温もりは小さい手の中で今も続いていた。
お母さんのベッドの横の机には、私が作ったブローチが大切そうに飾ってあった。
………………………………………………
私は結婚して子供も産まれた。今は幸せいっぱいな生活をしている。
今でも毎年、家族で近くの公園に行ってジャスミンの花を見ている。
「お母さんお母さん」
「なあに?百合香」
「あの白い花はなに?」
私は空を見上げて答えた。
「私が大好きな、世界で一番優しい花よ」
茉莉花-マツリカ- 終
職員室から出てきた顔面蒼白の私を見て、友達が尋ねた。私は水の中にいる様な感覚で、友達の声はノイズにかき消され私の耳には届かなかった。
お母さんが倒れるなんて一ミリも想像していなかったからだ。いや…想像したくなかったのかも知れない。
「私…病院行ってくる…先生から聞いたの…お母さんが倒れたって」
私はタクシーを呼び、病院まで急いだ。タクシーなんて初めて使ったが、何でも良い、とにかくこの世界で一番速い乗り物で一刻も早く病院に行きたかった。
私はお母さんから貰った5000円をココで使うなんて思っても見なかったが、もしかしたらこの時が来るとお母さんは知っていたから、私に今ある精一杯のお金を渡したのかもしれない。
「茉莉花…ごめんね、お母さんちょっと目眩(めまい)がして倒れちゃった…」
私はベッドで上体を起こし、点滴を受けているお母さんを見て身体中の力が抜けた。
「お母さん…大丈夫?」
「大丈夫よ茉莉花、心配させてごめんね…ちょっと疲れが溜まってただけだよ」
私はお母さんの手を握って大声で泣いた。お母さんの手は温かく、優しく私の頭を撫でてくれた。
お母さんは自分の体調不良を隠し、ずっと元気な様子を私に見せていた。だから私の事を心配して親戚のおじさんに話をしていたのだ。
「お母さん、お母さん…」
「なあに?茉莉花」
「お母さん、やばい病気なの?」
「んー…」
お母さんは長い髪を触り、窓の外の桜を見ながら私に答えた。
「大丈夫よ、心配ないわ」
嘘だ………お母さんはいつも私の質問にはちゃんと私の目を見て答えてくれていた。
私が“それ”を見て不安そうに黙ると、続けてこうも言った。
「でも少しの間、お仕事休みになるし…茉莉花と沢山一緒にいれるから…お母さんは嬉しいかな」
「今までずーっと茉莉花は一人だったから、きっと神様がお母さんにお休みをくれたのよ」
お母さんは微笑みながら、私の目を見てそう言った。私は頷くしかなかった。
数日経ったある日曜日、私達は歩いて公園に行った。私達はベンチに座り、お母さんはエコバッグからお弁当を出した。
お弁当はこの前来た時の半分以下の量になっていた。
「見て茉莉花…ジャスミンの花が咲いてるわ」
「本当だ!咲いてる!綺麗…」
私は一つ花を取り、お母さんの頭に乗せた。
「ほら、見て!ジャスミンの髪飾りだよ」
「ふふふ…茉莉花ったら、おかしい」
「いい匂い…優しい匂いがする」
私が詰んだジャスミンの花はお母さんと同じ優しい匂いがした。
お母さんはステージ4の癌だった。
後日、私は病院に呼ばれ、お医者様から直接聞いたのだ。病気の説明を受けた。暫くは抗がん剤治療を行うみたいで、私はお金が必要だった。
その日から親戚のおじさんが助けてくれていたが、高校を卒業して友達の紹介で私は夜の店に入った。とにかくお金が必要だった。
私は今までに無い経験で、毎日辛くて泣いていた。お酒も沢山飲んだ。でもお母さんが元気になるなら自分の体が壊れても良いと思ってた。
ある日、お母さんの体調が良かったので、私達はショッピングモールに買い物に出かけた。階段を登る時にお母さんの手を引いたが、握ったお母さんの手は私の手より小さく私より冷たくなっていた。
「これなんかお母さんに良いんじゃない?このネックレスとかさ」
「えー…高いし…いいわよそんなの」
「えー良いよお金は気にしなくて」
私はある程度稼げる様になっていたので、お母さんに何かプレゼントしてあげたかったが、お母さんはどれも「いらない」ばかりだった。
「ねぇ、お母さん、お母さん…」
「なあに?茉莉花」
「こーゆーのあんまり好きじゃない?」
「だって茉莉花がくれたジャスミンのブローチがあるじゃない、あれより可愛い物は無いわよ」
お母さんは目を見て答えてくれた。私はそれを聞いて嬉しかった。小さい頃からお母さんは私の質問には、必ず私が一番嬉しくなる答えをくれる。
それから一週間して、お母さんの体調は急変した。お母さんの意識は無くなり、心電図の音だけが静かに病室に響いていた。
「お母さん……お母さん…」
「お母さんって!」
お母さんの返答は無かった。段々小さくなっていく心電図の波を見ながら、私と親戚のおじさんは手が震えていた。
病院の先生が書類を持って何度も時計を確認していた。
私はどんどん冷たくなっていくお母さんの体を何度もさすった。
「お母さん…!お母さん」
その時、呼吸器の中のお母さんの口が少しだけ動いた。
「お母さん、今までありがとう」
「茉莉花本当に幸せだったよ」
「お母さん…大好きだよ!」
それを聞いたお母さんの口が開き、か細い声で…
「茉莉花があなたで、お母さん…良かったわ」
そう最後に言い残してお母さんは天国に逝ってしまった。
心電図の波は完全に無くなってしまった。お母さんの体は氷の様に冷たくなり、硬くなってしまった。しかし不思議な事に、私が握っていたお母さんの手だけは温もりが無くならなかった。
「きっと…私が心配で……まだ手を握っててくれてるんだね……お母さん…ありがとう…ありがとう…」
お母さんの最後の優しい温もりは小さい手の中で今も続いていた。
お母さんのベッドの横の机には、私が作ったブローチが大切そうに飾ってあった。
………………………………………………
私は結婚して子供も産まれた。今は幸せいっぱいな生活をしている。
今でも毎年、家族で近くの公園に行ってジャスミンの花を見ている。
「お母さんお母さん」
「なあに?百合香」
「あの白い花はなに?」
私は空を見上げて答えた。
「私が大好きな、世界で一番優しい花よ」
茉莉花-マツリカ- 終
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