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第2話 女子力皆無三十路女VS天敵・鬼畜オレ様系イケメン
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なんでこんなことになったのだろう。
美月はお見合いの席で呆然としていた。
よりによってお見合いの相手があの高遠一馬だったとは。
何の因果なんだろう。私が何をしたと言うのだ?
美月が己の運命を呪った。
「うちの一馬と美月さんが同じ学校だったことは知っているが、同級生だったとはね」
「でも一馬君、いいのかい?こんな娘で」
「同窓生の親御さんが困っていると聞きまして。それに父の幼馴染だったと聞きましたし、僕も手助けが出来たらと」
一馬はニコッと笑って言った。見るからに好青年だ。美月の隣に座っている母など顔を赤らめている。
「美月さんには大変仲良くして頂きました。親友とも言える美月さんの手助けが出来るなら僕も本望です」
何ほざいてんだっ!! コイツッ!!
美月は胸中で叫び、一馬を睨みつけた。しかし一馬は一瞬美月の視線に気が付き嫌らしい笑みを浮かべたが一瞬でニコニコとした好青年の笑みに戻した。
美月は一馬の発言に驚愕し、その言葉に真意が読めずに戸惑った。
高遠一馬。美月にとって天敵とも言える人物だった。
中学二年、初めて同じクラスになった。
最初は別段何かあるわけではなかった。
しかし、ある日、机に毛虫が入っていた。
『っ!?』
まわりの友人たちが驚き騒ぎ始めた。美月はよく見るとゴムのおもちゃだと気が付き、それを掴んだ。
すると友人たちは更に騒ぎ出し、一部の男子たちが面白そうに笑っている。
『アイツらか』
美月はそれを思いっきりその男子に投げつけた。
その男子が高遠一馬だった。
一馬はそのルックスと運動神経の良さからモテた。
社長の息子だったし頭の良く、要領も良かったので教師の評判も上々だった。
そんな一馬の顔にゴムの毛虫をぶつけた。
それが一馬のプライドを傷つけたのだろうか、それから一馬の美月に対する嫌がらせが始まった。
机にゴミが入っていたりと、子供らしいと言えば子供らしい他愛も無い悪戯ではあった。
しかし椅子にガムを付けられたときは本気で殴ってやろうかと思ったが、コイツはまだ子供なんだと我慢した。
三年生になっても同じクラスだった。思わず神様を呪ったくらいだった。
三年生になったからといって悪戯が治まる気配は見せなかった。
悪戯が日常化していたとき、それは起こった。
一馬が美月に向かって雑巾を投げつけた。
雑巾は美月に当たり、傍にいた友人の頭にも当たった。
乾いている雑巾とは言えこれにはさずがに切れた。
美月は一馬を睨みつけると、一馬の元へ走り、腕を振り上げた。
その勢いそのままに振りかぶった拳を一馬の頬にぶつけた。
『いい加減にしろっ!!』
美月は一馬を殴りつけ、呆然とする一馬とそのまわりの男子を尻目に教室を飛び出した。
自分だけならともかく友達にまでっ!!
悔しくて悔しくて、今まで我慢していたものが溢れ出した。
体育館の裏で膝を抱えて泣く美月を友人たちは一緒になって泣いて慰めてくれた。
それからだった。一馬の悪戯はぷっつりとやんだ。
その後美月は公立高校、一馬は県外の進学校に進んだため、会うことは全く無かった。
これからも会うことは無いだろう。そう思っていたのに……。
何の因果かお見合い相手は天敵とも言える一馬だった。
しかも一馬と一馬の父、美月の両親の話を聞いている限りほぼ結婚となるだろう。
『まあ、若い者同士庭でも散歩したら?』
という、ありがちな余計な配慮のお陰で今一馬と二人で庭にいる。
「お前さあ、見合いなんだからもちっと服装考えろよ」
「……」
「スーツ黒って、やる気あんのかよ」
「……あるわけないじゃない」
一馬から視線を逸らし、苦々しく呟く。
「何で?相手が俺って知らなかったんだろ?」
「知らないよ。でもやる気はなかったよ」
「お前が結婚しなきゃ、お前の親父の会社も危ないってのに?」
「……」
そうだった。父の会社が危ない。資金援助のために出された条件が美月との結婚。そのためのお見合いだ。
「何でっ!?」
美月は一馬に向き合った。
「……結婚なんて……どういうつもりよ」
担保なら家でもいい。だが、どうして美月との結婚なのだろう。
すると一馬は何でもないように言った。
「面白いかなって思ってさ」
「はいっ!?」
何だその理由はっ!?
「お前と結婚したら面白そうじゃん」
「意味わかんないだけど」
面白いから?そんなこと、理由になるとは思えない。
「まあ正直言うとさ、俺も困ってたわけだよ。親戚のババアは良家のお嬢様とかの見合い話持って来るしさ、俺、そういうの苦手なんだよ。そこへ親父がお前との縁談を持ってきたってわけだ。まあお前なら知らねえ仲じゃねえし、これ以上縁談持ってこられるくらいならお前と結婚した方がマシかもってな」
「だからって……」
そんなこと知ったことではない。というか、利用されただけではないのか?
呆気にとられる美月に対し、一馬ははっきりと言い切った。
「いいか、お前には拒否権はない。お前が断ればお前の親父の会社はお終いだ。家族諸共路頭に迷うぞ」
「ひ、卑怯なっ!!」
「生涯かけていじめてやる。覚悟しておけ」
「っ!?」
意地の悪そうに口角を上げてそう言う一馬に、美月は背筋に冷たい汗が流れたような気がした。
「マジでっ!?」
「ちょっ、声大きいっ」
美月の中学からの友人、近藤麻耶はカフェで思わず大声を出してしまった。
周囲からの視線を感じ、口を掌で覆う。
「え?どういうこと?結婚?アンタと高遠が?」
「……うん」
美月はがっくりと肩を落としている。それはそうだろう。何たってあの高遠だ。
「政略結婚とは言え、あの高遠とは……」
これは同情しかない。中学時代、美月を執拗にいじめていた高遠だ。何の因果なのか。
「……もういじめてやる宣言までされててさあ……どうしたらいいんだか……」
美月は頭を抱えている。もう悲壮感しか漂っていない。
「まあ、アイツのプライドズタズタにしたからねえ、アンタ」
「いや、だって、麻耶にまで被害が及んだしっ」
雑巾のとばっちりはこの麻耶だった。
「確かにアレは痛かったわ。でもグーパンいく?」
「腹立ったんだよ」
当たった瞬間、拳を握った。そして繰り出した拳は見事に一馬の頬をクリーンヒット。あれは見事すぎた。
「それは感謝してる。あのあと高遠ファンの女に目の敵にされるわ、グーパン繰り出したヒーローにされるわで大変だったもんね。高遠派と美月派で女子が二分しちゃったし」
「あー、それ言わないでー黒歴史だ……」
あまりに見事すぎて皆が呆気に取られた。しかし一馬の美月に対するいじめを見ていた女子の中に賞賛の声が生まれ、一馬を好きだった女子たちは一馬を殴った女として目の敵にされた。
だからと言って美月に被害は及んでいないのは、美月派と一馬派の女子の間で小競り合い(言い合い)のようなものがあっただけで、直接美月に何かしようという怖いもの知らずがいなかっただけなのだが(男子を拳で殴る女だから)。
「でもさ、高遠、ホントにアンタと結婚するつもりなのかな?究極のいじめはその気にさせて『ウソでした』じゃない?」
「ありうる……」
それは有り得そうだ。それは家族にまでダメージが及ぶ。
「でも私はその気になんないよっ!!」
「でも結婚しなきゃなんでしょ?」
「……うっ……」
「とにかく、相手の出方、ちゃんと見といた方がいいよ」
「わかってる」
嘘かも知れない。これは警戒しておかないと……。
「でも本当に結婚ってことになったら……」
麻耶の顔が曇った。あのことがあってから一生結婚なんてしないと言っていた美月だ。絶対に幸せになって貰いたいのに。
「……ホントは麻耶みたいにラブラブな相手と結婚したかったけどねえ」
美月はそう言ってニヤリと笑う。
麻耶のところの夫婦は社内恋愛で結婚し、結婚三年目でも未だに恋人同士のようだ。
「わたしのことはいいのよっ、それよりも高遠よっ、負けちゃダメよ、美月っ!!」
自分のことに触れられて少し顔を赤くした麻耶だったが、気を取り直すようにグッと拳を握って見せた。
「わかってる」
美月も力強く言ったものの、昔のことが原因で苦手意識を持ってしまったからだろうか、あまり自信がなかった。
美月の警戒を嘲笑うかのように結婚話はとんとん拍子に進んだ。
気が付けば新居が決まり、結納、入籍の日取りまで決まった。
(冗談じゃなかったんだ……)
あの警戒は何だったんだ?
警戒を促していた麻耶も一馬が本気であることに困惑していたほどだ。
マリッジリングもエンゲージリングも用意した。
というよりも、美月はマリッジリングはともかくエンゲージリングはいらないと断ったが一馬は、
『甲斐性なしみたいで嫌なんだよ』
と、男のプライドを主張した。
仕方がないので一番安いものを選ぶと、後日ダイヤモンドがグレードアップされて手元にやってきた。
(どこまでプライド高いんだよ……)
物の良さに若干慄きながらも、一馬のプライドの高さに脱帽する。
元々社長の息子、御曹司だ。
やはりエンゲージリングを渡さないなんてことはプライドに反するのかも知れない。
(プライドの高さなんて、中学の頃から知ってるけど……そのプライドをめちゃくちゃにしたのは私か)
ゴムの毛虫を投げつけたり、あまつさえ殴ったり。
プライドを傷つけた女だ。
今後の結婚生活に不安を覚える。
『お前に拒否権はない』
最初は拒んでいた。だけど、拒める状況ではないことを知ってしまった。
父の会社は本当に危なかった。数千万の借金。結婚を拒み、美月ががむしゃらに働いてどうこう出来る金額ではない。
夜の仕事も考えた。しかし美月は公共図書館の職員だ。夜のアルバイトなど許されるわけがない。それに年齢のこともある。
年齢でも見た目でも美香なら何とかなるだろうし、要領もよく社交的な美香なら上手くやれるだろうが、会社の借金のことで妹に苦労はさせたくない。
一馬と結婚することで、一生いじめられることで、家族が平穏で暮らせるならば。
美月は自虐的、いや、自己犠牲な自分に酔っているだけだと思いながらも、この結婚を決めた。
中学生の頃はどうせ学校の中だけ、一生続くわけでなあるまいとどこか冷静な目で見ることが出来ていた。
しかし結婚となれば別だ。この関係は破綻しない限り一生続く。破綻させたいと望んでも、家の為の結婚という状況を考えれば、簡単にはそうは出来ない。
それに結婚すれば嫌でも毎日顔を合わせることになるのだ。独身でいられる今は出来る限り一馬に会いたくない。
だけど今後のこともあり、一週間に一度は顔を合わせる羽目になっていた。
そして今日も一馬と家の近所のカフェで向かい合っている。
「結婚式のことだけどさ」
思わず息を呑む。
出来れば結婚式はしたくない。笑える自信がない。そんな顔、参列者に見せられない。
「別にやりたくなけりゃしなくてもいいぜ」
「……ホントに?」
「ああ……」
一馬はどこか投げやりにも見える。美月を半眼で見下ろし、コーヒーを飲んでいる。
「やりたくねえんだろ?」
「……うん」
「そうだろうなあ。お前絶対に笑わなさそうだもんな。さすがに俺もこんな仏頂面なブス見せらんねえや」
「ブスって……」
ああ、いちいちムカつく。美月は上目遣いに一馬を睨んだ。
「ま、俺もあんな披露宴とか勘弁して欲しいし。それにお前のウエディングドレスとか笑っちまうし」
「余計なお世話だ」
どうせ似合わないよ。別に着たいわけじゃないし……。
元々結婚に何の理想も抱いていなかった。だからウエディングドレスなんて必要ない。
「とにかく入籍だけでいいだろ。お前もそれでいいよな?」
「……いいよ」
本当は入籍自体嫌だけど……。
仏頂面で答えるが、一馬は意に介せずといったところか。構わず続ける。
「それと新居に引越しだけど、俺しばらく海外に出張になったからお前の好きなときにしたらいいから」
「私一人でっ!?」
「一人で」
一馬はそう言うと鍵をテーブルに置くと伝票を取って席を立った。
「俺まだ仕事残ってるから行く。新居の鍵だからいつでも引っ越せ」
そう言うと足早に立ち去った。
(仕事って……別に電話でもいいじゃん……鍵なら実家まで取りに行くし……)
今日呼び出してきたのは一馬だった。
『出て来い、今すぐだ。15分で来い』
そう言って電話してきたのはほんの30分前だ。なので会っていた時間は僅か15分だ。
テーブルの上に置かれた鍵を手に取る。それには美月の好きなクマのキャラクターのキーホルダーが付いている。
(私が好きって知ってたのかな?……まあ偶然だな)
何ともなしにキーホルダーを弄っていると、新しいカフェラテとチーズケーキが運ばれてきた。
「あの、頼んでないですけど」
「先程お連れ様が注文されて行かれました。お代も頂いております」
一馬が……?
この店のカフェラテとチーズケーキ。美月のお気に入りだ。
そのことを一馬は知っていたのか?
(そんなことない。偶然だ偶然)
美月は頭を振った。
チーズケーキを口に運ぶ。甘すぎずしっとりしていて、いつ食べても思わず笑顔になる。
(それにしても……さりげなくやってくれるな、あの男……こりゃ女慣れしてるな)
元々ルックスはいいし。モテるんだろうな。
女ならより取り見取りだろうに。
何故自分なんだろう……。
(あ、いじめたいからか)
カフェラテがいつもよりも苦く感じた。
美月はお見合いの席で呆然としていた。
よりによってお見合いの相手があの高遠一馬だったとは。
何の因果なんだろう。私が何をしたと言うのだ?
美月が己の運命を呪った。
「うちの一馬と美月さんが同じ学校だったことは知っているが、同級生だったとはね」
「でも一馬君、いいのかい?こんな娘で」
「同窓生の親御さんが困っていると聞きまして。それに父の幼馴染だったと聞きましたし、僕も手助けが出来たらと」
一馬はニコッと笑って言った。見るからに好青年だ。美月の隣に座っている母など顔を赤らめている。
「美月さんには大変仲良くして頂きました。親友とも言える美月さんの手助けが出来るなら僕も本望です」
何ほざいてんだっ!! コイツッ!!
美月は胸中で叫び、一馬を睨みつけた。しかし一馬は一瞬美月の視線に気が付き嫌らしい笑みを浮かべたが一瞬でニコニコとした好青年の笑みに戻した。
美月は一馬の発言に驚愕し、その言葉に真意が読めずに戸惑った。
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中学二年、初めて同じクラスになった。
最初は別段何かあるわけではなかった。
しかし、ある日、机に毛虫が入っていた。
『っ!?』
まわりの友人たちが驚き騒ぎ始めた。美月はよく見るとゴムのおもちゃだと気が付き、それを掴んだ。
すると友人たちは更に騒ぎ出し、一部の男子たちが面白そうに笑っている。
『アイツらか』
美月はそれを思いっきりその男子に投げつけた。
その男子が高遠一馬だった。
一馬はそのルックスと運動神経の良さからモテた。
社長の息子だったし頭の良く、要領も良かったので教師の評判も上々だった。
そんな一馬の顔にゴムの毛虫をぶつけた。
それが一馬のプライドを傷つけたのだろうか、それから一馬の美月に対する嫌がらせが始まった。
机にゴミが入っていたりと、子供らしいと言えば子供らしい他愛も無い悪戯ではあった。
しかし椅子にガムを付けられたときは本気で殴ってやろうかと思ったが、コイツはまだ子供なんだと我慢した。
三年生になっても同じクラスだった。思わず神様を呪ったくらいだった。
三年生になったからといって悪戯が治まる気配は見せなかった。
悪戯が日常化していたとき、それは起こった。
一馬が美月に向かって雑巾を投げつけた。
雑巾は美月に当たり、傍にいた友人の頭にも当たった。
乾いている雑巾とは言えこれにはさずがに切れた。
美月は一馬を睨みつけると、一馬の元へ走り、腕を振り上げた。
その勢いそのままに振りかぶった拳を一馬の頬にぶつけた。
『いい加減にしろっ!!』
美月は一馬を殴りつけ、呆然とする一馬とそのまわりの男子を尻目に教室を飛び出した。
自分だけならともかく友達にまでっ!!
悔しくて悔しくて、今まで我慢していたものが溢れ出した。
体育館の裏で膝を抱えて泣く美月を友人たちは一緒になって泣いて慰めてくれた。
それからだった。一馬の悪戯はぷっつりとやんだ。
その後美月は公立高校、一馬は県外の進学校に進んだため、会うことは全く無かった。
これからも会うことは無いだろう。そう思っていたのに……。
何の因果かお見合い相手は天敵とも言える一馬だった。
しかも一馬と一馬の父、美月の両親の話を聞いている限りほぼ結婚となるだろう。
『まあ、若い者同士庭でも散歩したら?』
という、ありがちな余計な配慮のお陰で今一馬と二人で庭にいる。
「お前さあ、見合いなんだからもちっと服装考えろよ」
「……」
「スーツ黒って、やる気あんのかよ」
「……あるわけないじゃない」
一馬から視線を逸らし、苦々しく呟く。
「何で?相手が俺って知らなかったんだろ?」
「知らないよ。でもやる気はなかったよ」
「お前が結婚しなきゃ、お前の親父の会社も危ないってのに?」
「……」
そうだった。父の会社が危ない。資金援助のために出された条件が美月との結婚。そのためのお見合いだ。
「何でっ!?」
美月は一馬に向き合った。
「……結婚なんて……どういうつもりよ」
担保なら家でもいい。だが、どうして美月との結婚なのだろう。
すると一馬は何でもないように言った。
「面白いかなって思ってさ」
「はいっ!?」
何だその理由はっ!?
「お前と結婚したら面白そうじゃん」
「意味わかんないだけど」
面白いから?そんなこと、理由になるとは思えない。
「まあ正直言うとさ、俺も困ってたわけだよ。親戚のババアは良家のお嬢様とかの見合い話持って来るしさ、俺、そういうの苦手なんだよ。そこへ親父がお前との縁談を持ってきたってわけだ。まあお前なら知らねえ仲じゃねえし、これ以上縁談持ってこられるくらいならお前と結婚した方がマシかもってな」
「だからって……」
そんなこと知ったことではない。というか、利用されただけではないのか?
呆気にとられる美月に対し、一馬ははっきりと言い切った。
「いいか、お前には拒否権はない。お前が断ればお前の親父の会社はお終いだ。家族諸共路頭に迷うぞ」
「ひ、卑怯なっ!!」
「生涯かけていじめてやる。覚悟しておけ」
「っ!?」
意地の悪そうに口角を上げてそう言う一馬に、美月は背筋に冷たい汗が流れたような気がした。
「マジでっ!?」
「ちょっ、声大きいっ」
美月の中学からの友人、近藤麻耶はカフェで思わず大声を出してしまった。
周囲からの視線を感じ、口を掌で覆う。
「え?どういうこと?結婚?アンタと高遠が?」
「……うん」
美月はがっくりと肩を落としている。それはそうだろう。何たってあの高遠だ。
「政略結婚とは言え、あの高遠とは……」
これは同情しかない。中学時代、美月を執拗にいじめていた高遠だ。何の因果なのか。
「……もういじめてやる宣言までされててさあ……どうしたらいいんだか……」
美月は頭を抱えている。もう悲壮感しか漂っていない。
「まあ、アイツのプライドズタズタにしたからねえ、アンタ」
「いや、だって、麻耶にまで被害が及んだしっ」
雑巾のとばっちりはこの麻耶だった。
「確かにアレは痛かったわ。でもグーパンいく?」
「腹立ったんだよ」
当たった瞬間、拳を握った。そして繰り出した拳は見事に一馬の頬をクリーンヒット。あれは見事すぎた。
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「あー、それ言わないでー黒歴史だ……」
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だからと言って美月に被害は及んでいないのは、美月派と一馬派の女子の間で小競り合い(言い合い)のようなものがあっただけで、直接美月に何かしようという怖いもの知らずがいなかっただけなのだが(男子を拳で殴る女だから)。
「でもさ、高遠、ホントにアンタと結婚するつもりなのかな?究極のいじめはその気にさせて『ウソでした』じゃない?」
「ありうる……」
それは有り得そうだ。それは家族にまでダメージが及ぶ。
「でも私はその気になんないよっ!!」
「でも結婚しなきゃなんでしょ?」
「……うっ……」
「とにかく、相手の出方、ちゃんと見といた方がいいよ」
「わかってる」
嘘かも知れない。これは警戒しておかないと……。
「でも本当に結婚ってことになったら……」
麻耶の顔が曇った。あのことがあってから一生結婚なんてしないと言っていた美月だ。絶対に幸せになって貰いたいのに。
「……ホントは麻耶みたいにラブラブな相手と結婚したかったけどねえ」
美月はそう言ってニヤリと笑う。
麻耶のところの夫婦は社内恋愛で結婚し、結婚三年目でも未だに恋人同士のようだ。
「わたしのことはいいのよっ、それよりも高遠よっ、負けちゃダメよ、美月っ!!」
自分のことに触れられて少し顔を赤くした麻耶だったが、気を取り直すようにグッと拳を握って見せた。
「わかってる」
美月も力強く言ったものの、昔のことが原因で苦手意識を持ってしまったからだろうか、あまり自信がなかった。
美月の警戒を嘲笑うかのように結婚話はとんとん拍子に進んだ。
気が付けば新居が決まり、結納、入籍の日取りまで決まった。
(冗談じゃなかったんだ……)
あの警戒は何だったんだ?
警戒を促していた麻耶も一馬が本気であることに困惑していたほどだ。
マリッジリングもエンゲージリングも用意した。
というよりも、美月はマリッジリングはともかくエンゲージリングはいらないと断ったが一馬は、
『甲斐性なしみたいで嫌なんだよ』
と、男のプライドを主張した。
仕方がないので一番安いものを選ぶと、後日ダイヤモンドがグレードアップされて手元にやってきた。
(どこまでプライド高いんだよ……)
物の良さに若干慄きながらも、一馬のプライドの高さに脱帽する。
元々社長の息子、御曹司だ。
やはりエンゲージリングを渡さないなんてことはプライドに反するのかも知れない。
(プライドの高さなんて、中学の頃から知ってるけど……そのプライドをめちゃくちゃにしたのは私か)
ゴムの毛虫を投げつけたり、あまつさえ殴ったり。
プライドを傷つけた女だ。
今後の結婚生活に不安を覚える。
『お前に拒否権はない』
最初は拒んでいた。だけど、拒める状況ではないことを知ってしまった。
父の会社は本当に危なかった。数千万の借金。結婚を拒み、美月ががむしゃらに働いてどうこう出来る金額ではない。
夜の仕事も考えた。しかし美月は公共図書館の職員だ。夜のアルバイトなど許されるわけがない。それに年齢のこともある。
年齢でも見た目でも美香なら何とかなるだろうし、要領もよく社交的な美香なら上手くやれるだろうが、会社の借金のことで妹に苦労はさせたくない。
一馬と結婚することで、一生いじめられることで、家族が平穏で暮らせるならば。
美月は自虐的、いや、自己犠牲な自分に酔っているだけだと思いながらも、この結婚を決めた。
中学生の頃はどうせ学校の中だけ、一生続くわけでなあるまいとどこか冷静な目で見ることが出来ていた。
しかし結婚となれば別だ。この関係は破綻しない限り一生続く。破綻させたいと望んでも、家の為の結婚という状況を考えれば、簡単にはそうは出来ない。
それに結婚すれば嫌でも毎日顔を合わせることになるのだ。独身でいられる今は出来る限り一馬に会いたくない。
だけど今後のこともあり、一週間に一度は顔を合わせる羽目になっていた。
そして今日も一馬と家の近所のカフェで向かい合っている。
「結婚式のことだけどさ」
思わず息を呑む。
出来れば結婚式はしたくない。笑える自信がない。そんな顔、参列者に見せられない。
「別にやりたくなけりゃしなくてもいいぜ」
「……ホントに?」
「ああ……」
一馬はどこか投げやりにも見える。美月を半眼で見下ろし、コーヒーを飲んでいる。
「やりたくねえんだろ?」
「……うん」
「そうだろうなあ。お前絶対に笑わなさそうだもんな。さすがに俺もこんな仏頂面なブス見せらんねえや」
「ブスって……」
ああ、いちいちムカつく。美月は上目遣いに一馬を睨んだ。
「ま、俺もあんな披露宴とか勘弁して欲しいし。それにお前のウエディングドレスとか笑っちまうし」
「余計なお世話だ」
どうせ似合わないよ。別に着たいわけじゃないし……。
元々結婚に何の理想も抱いていなかった。だからウエディングドレスなんて必要ない。
「とにかく入籍だけでいいだろ。お前もそれでいいよな?」
「……いいよ」
本当は入籍自体嫌だけど……。
仏頂面で答えるが、一馬は意に介せずといったところか。構わず続ける。
「それと新居に引越しだけど、俺しばらく海外に出張になったからお前の好きなときにしたらいいから」
「私一人でっ!?」
「一人で」
一馬はそう言うと鍵をテーブルに置くと伝票を取って席を立った。
「俺まだ仕事残ってるから行く。新居の鍵だからいつでも引っ越せ」
そう言うと足早に立ち去った。
(仕事って……別に電話でもいいじゃん……鍵なら実家まで取りに行くし……)
今日呼び出してきたのは一馬だった。
『出て来い、今すぐだ。15分で来い』
そう言って電話してきたのはほんの30分前だ。なので会っていた時間は僅か15分だ。
テーブルの上に置かれた鍵を手に取る。それには美月の好きなクマのキャラクターのキーホルダーが付いている。
(私が好きって知ってたのかな?……まあ偶然だな)
何ともなしにキーホルダーを弄っていると、新しいカフェラテとチーズケーキが運ばれてきた。
「あの、頼んでないですけど」
「先程お連れ様が注文されて行かれました。お代も頂いております」
一馬が……?
この店のカフェラテとチーズケーキ。美月のお気に入りだ。
そのことを一馬は知っていたのか?
(そんなことない。偶然だ偶然)
美月は頭を振った。
チーズケーキを口に運ぶ。甘すぎずしっとりしていて、いつ食べても思わず笑顔になる。
(それにしても……さりげなくやってくれるな、あの男……こりゃ女慣れしてるな)
元々ルックスはいいし。モテるんだろうな。
女ならより取り見取りだろうに。
何故自分なんだろう……。
(あ、いじめたいからか)
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なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
裏切りの先にあるもの
マツユキ
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