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軛村ニテ神退治ノ事(二)
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僕は夢を見ていた、時々顔を出す希死念慮、抽象化されたその類なのだろう。一度訪れた三途の川とは違う
ただ、そこで完結される暗い死。
静まり返った泉のほとりで僕は深く潜ろうと考えている。
ここに来るのはあれから何度目だろうか。
それが出来れば、悲しみが全て終わるという思いに駆られ、服を着たまま冷たい水に素足を浸けて歩みを進める、律儀にも靴は靴下と共に水辺に揃えて置いてあった。
夢と現の間、ここは還る事の無い虚無へと続く最期の場所なのだろう、そう感じて水の底を目を凝らして見ようとする。
いつもはここで絶望と共に目を覚ますのだが今回は違った。
ゆっくり深く、深く沈んで行こうとする。首元まで水に浸かり、後は呼吸する事を諦めるだけだ…
その時飴屋の声が聞こえた。
「行ってはいけない。」
僕はその声を確かめようとした、ゆっくりと振り返るとそこには光があった。
「わかったよ。」
言葉を口にするとそこで目が覚めた。
気づけば僕は薄い布団の中に居て、目からは一筋涙が溢れていた。
ここは?
少し考えた後、僕は軛村に来ていた事を思い出す。
障子の向こう側はもう随分と明るく、枕元に置いていた腕時計を見るととうに10時を過ぎていた。
隣の布団を見ると飴屋が寝息も立てずに寝ている。
陶器のような、人ならざるものの印象を与える寝顔に僕は息を飲んだ。
「どうしたんですか?私の顔に見惚れたりして。」
飴屋はむくりと起き上がり僕の方を見てニヤリと笑った。その声に僕は目を逸らして答える。
「寝顔に生気が無さすぎてマネキンかと思ったよ。」
「お褒めの言葉ありがたくちょうだいします。良く眠れたようですね、それはそうと玲さん、お腹減りませんか?」
昨日は散々山を歩いた上に酒のつまみしか口にしていないことを思い出し急激な空腹感を覚えた。
「そうだね、ご飯を出してもらおうか。」
僕達は服を着替えて部屋を出る事にした。
飴屋は着ていたパジャマを綺麗に畳んでいる、その用意の良さに僕は感心した。
*
僕達は昨夜、村長の息子の家に泊まてもらっていた。彼はすでに畑仕事に出ているらしく奥さんの道代さんが朝ごはんを用意してくれた。味噌汁を啜りながら飴屋に尋ねる。
「さて何から始めようか?」
恐ろしい程の速さで食事を終えてお茶を飲んでいた飴屋が天井を見上げ小声で答えた。
「そうですね、まずは山神についての情報を集めましょうか。村長は何かを隠している気がしてならないもので。」
確かに、と呟いて僕はお茶を飲み一息ついた。
道代さんの許可を得た後、縁側に出て煙草を吸う。
「気になったんだけど、山神に生贄を捧げても山で襲われる人が絶えないのって何故なんだろうな。」
器用にクルクルと煙草の葉を紙に巻きながら飴屋が言う。
「もしかしたらそこに何かしらのヒントが隠されているかもしれませんねえ。」
秋の空は高くトンビが円を描いている、その時遠くで子供達が歌う声が聞こえて来た。
腕時計の日付を見ると今日は日曜日だった。絵に描いたような長閑な村の休日。
耳を済ませるとその歌が聞いたこともない童謡のようなものだと気付く。
「あの歌…」
僕は煙草を消して五、六人の子供達が手を繋ぎ歌っているその言葉を確かめる。
やまがみにとられたもーどりはー
かたわになってしまわれたー
おーなじことばをはーくちーのように
うーえかいなーうえかいなー
スマホを取り出してひらがなでメモを取る。
「どうやら、山神についての歌みたいですね。」
飴屋が目を輝かせて僕を見る。
「行ってみましょうか?」
僕は頷くと二人で子供達の方へと向かって行った。
「ねえ、君たち何のお歌を歌ってるの?」
出来るだけ不信感を与えないように僕は柔らかい笑顔を心がけて問いかけた、もしかしたら引きつっているように見えたかも知れない。
「うーんとねーモドリのおうたー。」
一番活発そうな女の子がそう言った。
聞いた事の無い言葉に疑問が浮かぶ。
「モドリって何のこと?」
みんなが口々に答える。
「しらなーい。」「しらないよねー?」
珍しい外から来た僕達に興味津々の様だ。
「えーっとねーむかしからあるおうたなんだって!」
「そうなんですね、みんなありがとう、お礼に飴をあげましょうね。」
飴屋がポケットの中から飴を取り出すと一つずつ渡した、怪訝そうな顔で見ている僕に向かって
「これは大丈夫です。」
と笑った。
━どれが大丈夫じゃないんだ。
飴屋は誰に対しても丁寧に話す。
「みなさんはいつも此処で遊んでいるんですか?」
「ううん、いつものところであそんでたら源のおじさんにあぶないからあっちであそびなさいっていわれたの。」
利発そうな男の子がそう言って指差した先に畑で農作業をする男性の姿が見えた。
「ありがとうございます、お邪魔しました。」
*
縁側に戻ると飴屋が何か考え事をしている。
「変な歌だったな、モドリ?うーえかいなーうえかいなーって頭の中で回りそうな曲だった。」
「そうですね、何か引っかかりますがひとまず村を見て回りましょうか。」
「そうだな。」
僕達は昨日村長が言っていた巫女塚へ行く事にした。
ただ、そこで完結される暗い死。
静まり返った泉のほとりで僕は深く潜ろうと考えている。
ここに来るのはあれから何度目だろうか。
それが出来れば、悲しみが全て終わるという思いに駆られ、服を着たまま冷たい水に素足を浸けて歩みを進める、律儀にも靴は靴下と共に水辺に揃えて置いてあった。
夢と現の間、ここは還る事の無い虚無へと続く最期の場所なのだろう、そう感じて水の底を目を凝らして見ようとする。
いつもはここで絶望と共に目を覚ますのだが今回は違った。
ゆっくり深く、深く沈んで行こうとする。首元まで水に浸かり、後は呼吸する事を諦めるだけだ…
その時飴屋の声が聞こえた。
「行ってはいけない。」
僕はその声を確かめようとした、ゆっくりと振り返るとそこには光があった。
「わかったよ。」
言葉を口にするとそこで目が覚めた。
気づけば僕は薄い布団の中に居て、目からは一筋涙が溢れていた。
ここは?
少し考えた後、僕は軛村に来ていた事を思い出す。
障子の向こう側はもう随分と明るく、枕元に置いていた腕時計を見るととうに10時を過ぎていた。
隣の布団を見ると飴屋が寝息も立てずに寝ている。
陶器のような、人ならざるものの印象を与える寝顔に僕は息を飲んだ。
「どうしたんですか?私の顔に見惚れたりして。」
飴屋はむくりと起き上がり僕の方を見てニヤリと笑った。その声に僕は目を逸らして答える。
「寝顔に生気が無さすぎてマネキンかと思ったよ。」
「お褒めの言葉ありがたくちょうだいします。良く眠れたようですね、それはそうと玲さん、お腹減りませんか?」
昨日は散々山を歩いた上に酒のつまみしか口にしていないことを思い出し急激な空腹感を覚えた。
「そうだね、ご飯を出してもらおうか。」
僕達は服を着替えて部屋を出る事にした。
飴屋は着ていたパジャマを綺麗に畳んでいる、その用意の良さに僕は感心した。
*
僕達は昨夜、村長の息子の家に泊まてもらっていた。彼はすでに畑仕事に出ているらしく奥さんの道代さんが朝ごはんを用意してくれた。味噌汁を啜りながら飴屋に尋ねる。
「さて何から始めようか?」
恐ろしい程の速さで食事を終えてお茶を飲んでいた飴屋が天井を見上げ小声で答えた。
「そうですね、まずは山神についての情報を集めましょうか。村長は何かを隠している気がしてならないもので。」
確かに、と呟いて僕はお茶を飲み一息ついた。
道代さんの許可を得た後、縁側に出て煙草を吸う。
「気になったんだけど、山神に生贄を捧げても山で襲われる人が絶えないのって何故なんだろうな。」
器用にクルクルと煙草の葉を紙に巻きながら飴屋が言う。
「もしかしたらそこに何かしらのヒントが隠されているかもしれませんねえ。」
秋の空は高くトンビが円を描いている、その時遠くで子供達が歌う声が聞こえて来た。
腕時計の日付を見ると今日は日曜日だった。絵に描いたような長閑な村の休日。
耳を済ませるとその歌が聞いたこともない童謡のようなものだと気付く。
「あの歌…」
僕は煙草を消して五、六人の子供達が手を繋ぎ歌っているその言葉を確かめる。
やまがみにとられたもーどりはー
かたわになってしまわれたー
おーなじことばをはーくちーのように
うーえかいなーうえかいなー
スマホを取り出してひらがなでメモを取る。
「どうやら、山神についての歌みたいですね。」
飴屋が目を輝かせて僕を見る。
「行ってみましょうか?」
僕は頷くと二人で子供達の方へと向かって行った。
「ねえ、君たち何のお歌を歌ってるの?」
出来るだけ不信感を与えないように僕は柔らかい笑顔を心がけて問いかけた、もしかしたら引きつっているように見えたかも知れない。
「うーんとねーモドリのおうたー。」
一番活発そうな女の子がそう言った。
聞いた事の無い言葉に疑問が浮かぶ。
「モドリって何のこと?」
みんなが口々に答える。
「しらなーい。」「しらないよねー?」
珍しい外から来た僕達に興味津々の様だ。
「えーっとねーむかしからあるおうたなんだって!」
「そうなんですね、みんなありがとう、お礼に飴をあげましょうね。」
飴屋がポケットの中から飴を取り出すと一つずつ渡した、怪訝そうな顔で見ている僕に向かって
「これは大丈夫です。」
と笑った。
━どれが大丈夫じゃないんだ。
飴屋は誰に対しても丁寧に話す。
「みなさんはいつも此処で遊んでいるんですか?」
「ううん、いつものところであそんでたら源のおじさんにあぶないからあっちであそびなさいっていわれたの。」
利発そうな男の子がそう言って指差した先に畑で農作業をする男性の姿が見えた。
「ありがとうございます、お邪魔しました。」
*
縁側に戻ると飴屋が何か考え事をしている。
「変な歌だったな、モドリ?うーえかいなーうえかいなーって頭の中で回りそうな曲だった。」
「そうですね、何か引っかかりますがひとまず村を見て回りましょうか。」
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