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黒い方の飴をあるだけ飲み込んだ僕はその後妻と娘の死の報せを伝えられ続け、葬儀の日をその度 毎、新しい痛みと共に味わった。
終わらない絶望を繰り返した末に僕は全てを憎んでしまった。
世界を、自分を、取り巻くもの一つ一つを手に取り丁寧に呪いをかけようとした。
思い出す。
無免許で歩道に突っ込み洋子と綾の2人を即死させた未成年の男はヘラヘラと笑いながら裁判に出て来ると謝罪の言葉も無く自分の保身の為に言葉を並べ立てた。
ぼんやりと裁判を聞きながら僕はこの男を殺して自分も死のうと考えていた。
そうすれば家族の無念を晴らせる、何より、僕自身の悲しみも終わらせる事が出来ると心の底から思ったから。
この世で過ごす最期の日だと自暴自棄になった僕は泥酔し、フラフラと入ったあのバーで飴屋に出会った。
彼は言った。幸せだった事を再体験させてやる、と。
確かに飴屋の言った通り僕は洋子と綾との幸せなあの日をもう一度過ごす事が出来た。
そして
今、どす黒い怒りと怨嗟、轢き殺した餓鬼に対する殺害衝動、グチャグチャに内臓を引き摺り出したいという欲望に身を焼かれている。
飴の効果はとっくに切れていたが僕の目にはとうに何も写っておらず、身体に深淵よりも暗い炎が宿っているのを感じる。
どこにいるのかも忘れ、亡くしてしまった2人の為に僕は己自身を自らの内から出た黒炎で焼き尽くそうとしていた。
「お父さん。」
目の前に洋子と綾が立っていた。2人とも不思議そうな顔をして僕を見つめている。
飴屋に連れてこられた花畑に2人がいる、何度も死なせてしまった2人が。
「あなた、ここは何処なの?早く家に帰りましょう、今晩はカレーにしたの。綾もあなたも甘口が好きでしょ?だから私のとはちゃんと分けるから安心して…ねえ?なんで泣いているの?」
僕は膝から崩れ落ち嗚《お》咽《えつ》を漏らしていた。
「…帰れないんだ、もう一緒に帰れないんだ。ごめんな、守ってやれなくて、本当にごめんな。」
「お父さん、何で一緒に帰れないの?お母さんと私は…死んだの?」
言葉が口から出てこなくて僕は首を縦に振った。
「私まだ死にたくない!なんで?なんでまだやりたい事沢山あるのにお母さん!嘘だって言ってよねえ!」
悲鳴のように綾が叫ぶ、まだ小学生だった。
洋子が綾を抱きしめる。
泣いている声が琥珀色の夕暮れに響く。
どれほど時間が経っただろうか、泣きじゃくる綾が落ち着いた頃、洋子が僕に言った。
「私思うんだけどね、多分このままじゃ私も綾も次の場所に行けないような気がするの。混乱もしているし、何よりもあなたと離れるのが苦しい。でもどうしていいのか分からないの。ねえ、どうしたら良いのかな?」
「…僕が何とかするよ。だから安心して。」
解決策なんて何も思い浮かばないまま僕は言った、これ以上悲しませないように、ただ必死だった。
花を揺らすように風が吹く。
「…困った時に頭を掻く癖、いつまでも直らないわね。」
そう言うと泣き疲れて眠った綾を膝枕しながら洋子は少し笑った。
「必ず何か方法を考えてまた会いに来るから。」
「分かった。それまで2人とも元気で。」
2人に背を向けて歩き出した時に【元気で】なんて言うんじゃなかったかと僕は思った。
飴屋の元へ帰らなければと強く念じる。
景色が揺ら揺らと歪んだ。
***
「おやおやおやおや、貴方とんでもない物を目覚めさせて来ましたねえ、いやいやいやこれは驚いた。」
目を丸くした飴屋が隣に座っている。
僕は飴屋が何を言っているのか分からなかった。
カウンターに戻って来た僕は飴屋に今までの経緯を話した。
死んだ2人を出来るだけ安らかにあちら側に送ってやりたい、と。
彼は顎に手を置くと考え事を始めた。
僕は腕時計を見た、飴の話を聞いてから15分しか経っていなかった事に驚く。
「貴方、私と一緒に仕事をしませんか?」
飴屋は目を細めて言った。急な提案に僕は面食らう。
「もしかしたら貴方の家族を安らかに送って差し上げる事が出来るかもしれません。貴方自身の手で。
それに…このままでは貴方自身の命も危ないかと思われます。」
「どう言う事だ?」
「黒い飴を偏って食べた副作用なのですが余りある絶望にあてられ、貴方自身生きながら悪霊になりかけています。
時々そういう人間が現れるのですがそのレベルが段違いで、たちが悪く酷い。
普通はあんなに黒い飴だけを溜め込んだりしませんし。」
そう言うと飴屋は不謹慎ですみませんが、と笑いながらロックグラスのウィスキーを煽った。
「悪霊になってしまうとお二人を救うなんて夢のまた夢、しかし私なら色々な方法でそれを抑える事が出来ます。そういった効果の飴もありますし。
急な話で戸惑うのは理解出来ますが多分、この提案を受けられるのがベストかと。」
そう言うと飴屋は僕の右手を掴みシャツを捲り上げた。
指先から肘にかけて血管が尋常ではない位どす黒く脈動している。
「貴方が貴方自身に、そしてこの世にかけた呪いです。ここまで行くともう自分の意思を離れ、近づくもの触れるものを呪い続けます。
何よりそれは増えていき最期には貴方自身を呪い殺すでしょう。」
飴屋は瞬きもせずに続ける。
「私なら、その負の感情を吸い上げる事が出来ます。
ただ…ここまでになると私だけの力では抑え切る事が出来ない。
だから、仕事の話に繋がるのですがその力を使ってこの世に蔓延る悪霊や悪魔、妖の類いを消滅させる事をお願いしたい。
マイナスにマイナスをかけると反転するような、簡単に言えばそんな感じで奴らを退治していくのです。」
僕の目を真っ直ぐ見つめて飴屋は噛み締める様に言う。
「この世に生きる人間が殺人を犯したり犯罪を起こす時には悪霊が憑いている事が多々あります。
貴方の家族を奪った男に何か憑いていたなら、もしかしたらそこに何か発見があるかもしれません、どうでしょうか?」
僕はその話を聞いた後少し考えて
「やる。」
と言ってビールを飲み干した。
「そういえば、まだ名前を聞いていませんでしたよね?差し支えなければお聞きしてもよろしいでしょうか?私の事は飴屋、とお呼び下さい。」
「僕の名前は玲、湯元玲。」
握手をしてから飴屋が
「ゆうれいみたいな名前ですね、もしかしたらこれが運命だったのかも。」
と言って笑った。
終わらない絶望を繰り返した末に僕は全てを憎んでしまった。
世界を、自分を、取り巻くもの一つ一つを手に取り丁寧に呪いをかけようとした。
思い出す。
無免許で歩道に突っ込み洋子と綾の2人を即死させた未成年の男はヘラヘラと笑いながら裁判に出て来ると謝罪の言葉も無く自分の保身の為に言葉を並べ立てた。
ぼんやりと裁判を聞きながら僕はこの男を殺して自分も死のうと考えていた。
そうすれば家族の無念を晴らせる、何より、僕自身の悲しみも終わらせる事が出来ると心の底から思ったから。
この世で過ごす最期の日だと自暴自棄になった僕は泥酔し、フラフラと入ったあのバーで飴屋に出会った。
彼は言った。幸せだった事を再体験させてやる、と。
確かに飴屋の言った通り僕は洋子と綾との幸せなあの日をもう一度過ごす事が出来た。
そして
今、どす黒い怒りと怨嗟、轢き殺した餓鬼に対する殺害衝動、グチャグチャに内臓を引き摺り出したいという欲望に身を焼かれている。
飴の効果はとっくに切れていたが僕の目にはとうに何も写っておらず、身体に深淵よりも暗い炎が宿っているのを感じる。
どこにいるのかも忘れ、亡くしてしまった2人の為に僕は己自身を自らの内から出た黒炎で焼き尽くそうとしていた。
「お父さん。」
目の前に洋子と綾が立っていた。2人とも不思議そうな顔をして僕を見つめている。
飴屋に連れてこられた花畑に2人がいる、何度も死なせてしまった2人が。
「あなた、ここは何処なの?早く家に帰りましょう、今晩はカレーにしたの。綾もあなたも甘口が好きでしょ?だから私のとはちゃんと分けるから安心して…ねえ?なんで泣いているの?」
僕は膝から崩れ落ち嗚《お》咽《えつ》を漏らしていた。
「…帰れないんだ、もう一緒に帰れないんだ。ごめんな、守ってやれなくて、本当にごめんな。」
「お父さん、何で一緒に帰れないの?お母さんと私は…死んだの?」
言葉が口から出てこなくて僕は首を縦に振った。
「私まだ死にたくない!なんで?なんでまだやりたい事沢山あるのにお母さん!嘘だって言ってよねえ!」
悲鳴のように綾が叫ぶ、まだ小学生だった。
洋子が綾を抱きしめる。
泣いている声が琥珀色の夕暮れに響く。
どれほど時間が経っただろうか、泣きじゃくる綾が落ち着いた頃、洋子が僕に言った。
「私思うんだけどね、多分このままじゃ私も綾も次の場所に行けないような気がするの。混乱もしているし、何よりもあなたと離れるのが苦しい。でもどうしていいのか分からないの。ねえ、どうしたら良いのかな?」
「…僕が何とかするよ。だから安心して。」
解決策なんて何も思い浮かばないまま僕は言った、これ以上悲しませないように、ただ必死だった。
花を揺らすように風が吹く。
「…困った時に頭を掻く癖、いつまでも直らないわね。」
そう言うと泣き疲れて眠った綾を膝枕しながら洋子は少し笑った。
「必ず何か方法を考えてまた会いに来るから。」
「分かった。それまで2人とも元気で。」
2人に背を向けて歩き出した時に【元気で】なんて言うんじゃなかったかと僕は思った。
飴屋の元へ帰らなければと強く念じる。
景色が揺ら揺らと歪んだ。
***
「おやおやおやおや、貴方とんでもない物を目覚めさせて来ましたねえ、いやいやいやこれは驚いた。」
目を丸くした飴屋が隣に座っている。
僕は飴屋が何を言っているのか分からなかった。
カウンターに戻って来た僕は飴屋に今までの経緯を話した。
死んだ2人を出来るだけ安らかにあちら側に送ってやりたい、と。
彼は顎に手を置くと考え事を始めた。
僕は腕時計を見た、飴の話を聞いてから15分しか経っていなかった事に驚く。
「貴方、私と一緒に仕事をしませんか?」
飴屋は目を細めて言った。急な提案に僕は面食らう。
「もしかしたら貴方の家族を安らかに送って差し上げる事が出来るかもしれません。貴方自身の手で。
それに…このままでは貴方自身の命も危ないかと思われます。」
「どう言う事だ?」
「黒い飴を偏って食べた副作用なのですが余りある絶望にあてられ、貴方自身生きながら悪霊になりかけています。
時々そういう人間が現れるのですがそのレベルが段違いで、たちが悪く酷い。
普通はあんなに黒い飴だけを溜め込んだりしませんし。」
そう言うと飴屋は不謹慎ですみませんが、と笑いながらロックグラスのウィスキーを煽った。
「悪霊になってしまうとお二人を救うなんて夢のまた夢、しかし私なら色々な方法でそれを抑える事が出来ます。そういった効果の飴もありますし。
急な話で戸惑うのは理解出来ますが多分、この提案を受けられるのがベストかと。」
そう言うと飴屋は僕の右手を掴みシャツを捲り上げた。
指先から肘にかけて血管が尋常ではない位どす黒く脈動している。
「貴方が貴方自身に、そしてこの世にかけた呪いです。ここまで行くともう自分の意思を離れ、近づくもの触れるものを呪い続けます。
何よりそれは増えていき最期には貴方自身を呪い殺すでしょう。」
飴屋は瞬きもせずに続ける。
「私なら、その負の感情を吸い上げる事が出来ます。
ただ…ここまでになると私だけの力では抑え切る事が出来ない。
だから、仕事の話に繋がるのですがその力を使ってこの世に蔓延る悪霊や悪魔、妖の類いを消滅させる事をお願いしたい。
マイナスにマイナスをかけると反転するような、簡単に言えばそんな感じで奴らを退治していくのです。」
僕の目を真っ直ぐ見つめて飴屋は噛み締める様に言う。
「この世に生きる人間が殺人を犯したり犯罪を起こす時には悪霊が憑いている事が多々あります。
貴方の家族を奪った男に何か憑いていたなら、もしかしたらそこに何か発見があるかもしれません、どうでしょうか?」
僕はその話を聞いた後少し考えて
「やる。」
と言ってビールを飲み干した。
「そういえば、まだ名前を聞いていませんでしたよね?差し支えなければお聞きしてもよろしいでしょうか?私の事は飴屋、とお呼び下さい。」
「僕の名前は玲、湯元玲。」
握手をしてから飴屋が
「ゆうれいみたいな名前ですね、もしかしたらこれが運命だったのかも。」
と言って笑った。
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