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第六話 朝の暴言男

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「母さん、それじゃあ行って来るよ。又三郎またさぶろう君、『にゃんぷち』頼んどいたからな。」

「行ってらっしゃい、お父さん。」

「にゃっ! にゃっ!」

そして夜が明けた。私は早々に支度をして家を出る。念のため、又三郎君の頭を一撫でしておいた。これで明日の朝まで魔法が切れることは無いだろう。私は最寄りの駅を目指して歩き出す。

「ふうん、なるほど今の私は他の人からは、こう見えているのか?」

駅近くのコンビニのトイレに入って自分の姿を確認してみた。ここのトイレは男女共有だ。今の私が入っても特段、怪しまれることは無い。

「なるほど、髪型は七海ななみとそっくりだな。顔はどっちかと言うと母さんの若い頃に似ているかな。背の高さは元の私と同じだ。胸は・・・、ゴメン、七海。お父さん、勝っちゃった。」

トイレの洗面所の鏡に映った自分の姿をチェックする。少し青の入ったグレーのパンツルック、白いブラウスに翡翠のループタイ。妻や娘と同じ亜麻色の髪、体形は妻に近いが、私の背が170cm弱なのでスラッとした印象だ。そうか周囲には、こんな風に見えてるんだな。

「イカン、イカン。こんな台詞セリフ七海あいつに聞かれたら一ヶ月ひとつきは口を聞いて貰えないぞ!」

私は鏡を見ながらひとちた。そう娘の七海は165cmの長身、しかも美人でスタイルは抜群なのだが、少々バストが心許こころもとない。妻からも本人が気にしているのは聞いている。例え気配でも悟られない様に気を付けねば。

「良し! こんなもんだろう。」

私は身嗜みだしなみを整えコンビニのトイレを出た。冷たいジャスミン茶のペットボトルを買って駅へ急ぐ。ホームにやって来た電車に乗り込むと通勤ラッシュのピークより一時間以上早いせいか、結構いていた。とは言え、座席は一杯でチラホラと立っている乗客が居る。

「おい、俺は毎日残業続きで疲れてるんだよ。アンタ、まだ若いんだから立って席を譲れよ!」

私と一緒に乗り込んで来た40代半ばくらいの男が優先座席に座る若い女性に怒鳴るように言葉を投げつけ始めた。見れば彼女はマタニティバッジを付けたトートバッグを抱えている。お腹もかなり大きい。もう8ヶ月くらいだろうか。

「ほらほら、立って、立って! 大体、そんなバッジ付けて周りにアピールしてるのが鬱陶うっとうしいんだよ。妊婦は病人じゃないだろ、全く図々ずうずうしい。」

幾ら何でもはなはだしい暴言だ。そもそも優先座席と言うのは妊婦さんが座るべきものなのだから、彼女に非は全く無い。寧ろ大事な体なのだから積極的に利用すべきだろう。それを屁理屈をこね、罵倒しながら立たせようとは。こういう思考の持ち主は、魂がじ曲がっているオカマ野郎だな。

「毎日、残業大変ですね。さぞお疲れでしょう?」

私は立ち上がろうとした妊婦さんと暴言男の間にって入った。そして男にニコニコとねぎらいの言葉を掛けながら握手を求める。

「ん? 何、アンタ? あ、まあ、そうだな、ありがとう。」

暴言男は表情をゆるめて右手を私に差し出す。次の瞬間、その手の指を第二関節までしっかり握り手首をめてやった。

「うわ、痛い! 痛ててて!」

「あ、これが痛いですか? これは相当疲れがまってますね。これはいけない。」

私はそのままの姿勢で暴言男を車内トイレの前の開けたスペースに連れて行く。幸い、そこにはまだ誰も居ない。

「ここはどうですか? あ、ここも痛い? あらら貴方あなた、相当お疲れのようですね~。」

手首にある「内関」「外関」「支溝」、腕の真ん中にある「げき門」、肘の「少海」、人差し指と親指の付け根にある「合谷」、右腕にある様々な経絡けいらくを刺激してやった。その度に暴言男は激痛に小さな悲鳴を上げる。安心しろ、ちゃんと疲れを取る効果はある。良薬、口ににがしだ!

「あー、ここ! ここ、私の降りる駅です。許して、もう放してー!」

今度は「神門」と「太淵」を刺激してやろうと思った時、暴言男が降りる駅が来たと訴える。仕方がないな、ここを刺激すると呼吸器や心臓の負担が軽くなる上にイライラやストレスが解消されて、あんな暴言をくことも無くなる筈なんだが・・・。

「はい。これで暫くは大丈夫だと思いますよ。それでは気を付けて、行ってらっしゃい!」

「いででででっ!」

最後に「神門」「太淵」を思い切り刺激してやりながら、暴言男を電車の外に押し出してやった。まあ自分で言うのも何だが、朝からこれだけの美人とお手手ててつないで通勤出来たんだ。有難く思えってもんだ。

電車が次の駅に停まった。今度は私が降りる番だ。チラリと先程の妊婦さんの方を見ると、こちらに向かって小さく会釈えしゃくしている。私もニコリと微笑んで頭を下げると駅のホームに降りた。

――…

「おはようございます。本日からお世話になります。若林わかばやし 三健みけと申します。 皆さま、よろしくご指導、ご鞭撻べんたつの程お願い致します。」

私の配属は総務部だった。履歴書には経理を担当していて日商簿記1級やエクセルの資格も持っていることは明記してあったのだが・・・。

「という訳で、明日の夜7時から若林さんの歓迎会を行おうと思います。一次会は1時間位なので皆さん、予定の調整をお願いします。会場と会費は追ってお知らせしまーす。」

明日の夕飯は要らない事、妻に連絡して置かないといけないな。忘れない様に後でSNSで知らせておこう。

「ねえねえ、若林さんって下の名前『ミケ』って珍しくないですか?」

ハッとして周りを見ると総務の女子社員さんたちが群がっていた。やはり私の下の名前が相当気になるらしい。

「ああ、私の名前っておばあさんが名付けたんだけど、凄い猫好きだったんですよ。それで『三健みけ』に・・・。父と母は反対したそうなんですけど、押し切られちゃったそうです。」

「えー! お婆ちゃん酷い~! 」

「でもでも、呼び易いし若林さんのキャラとのギャップは好きかも!」

「若林さんって背が高くってスラッとしててクールビューティーって感じ♪ ねえ、彼氏居るの? 絶対、イケメンだよね?」

女子社員というのはどうしてこうお喋りが好きなのだろう。私はタジタジとなってしまった。そんなに一気に話しかけられたら困る。

「あ、あの~、皆さん、そろそろ業務に入らないと部長がおかんむりですよぅ?」

私に助け舟を出すように一人の女子社員さんが声を掛けてくれる。おや、亜麻色のゆるふわな髪、この間エレベーターで会った人だな。まあ兎に角、ここは助かった。

「若林さん、人事部長がお呼びです。総務部長には私からお知らせするので行って下さい。場所は五階です、判りますよね? 」

この、確か「芹香せりか」って呼ばれてたな。首から下げた社員証には「橋本」と書いてある。なるほど、橋本 芹香さんか。

「ありがとう、橋本さん。それじゃあ連絡をお願いします。」

私は彼女に礼を言うと人事部に向かった。
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みんなの感想(3件)

Guru
2020.09.16 Guru
ネタバレ含む
ぶっちゃけマシン
2020.09.16 ぶっちゃけマシン

ご感想、本当にありがとうございます。嬉しいです。
あ~、読み進んで頂くと判るようになっております。
ちょっと囁いてみると、占い師のおばあさんのお眼鏡に叶った瞬間、何かの奇跡が起こったのかな?
って感じです。また来てくださいね!

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ニセ梶原康弘
ネタバレ含む
ぶっちゃけマシン
2020.09.16 ぶっちゃけマシン

拙著を読んで頂き、ご感想まで誠に有り難うございます。
ああ、言われて気付きました。某サッカー漫画で似た名前のキャラいましたっけ?(笑)
実は主人公の苗字は娘のキャラから自動的に決まったものでして・・・。
女性化した時の名前を逆算してオジサン臭いものに設定したらこうなったのです。
つまり、全くの偶然です。
この話は現代より数年だけ未来の話なのですが、最近社会で問題になっているハラスメント行為や不正など身近な許せない出来事を主人公がスカッと解決していく物語にしたいなと思って著作しております。
それでは今後ともよろしくお願い致します。

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かみや
2020.09.05 かみや
ネタバレ含む
ぶっちゃけマシン
2020.09.05 ぶっちゃけマシン

読んで頂いて有り難うございます。
本人は普通だって言ってますが若林さんは良い意味で相当変わったオジサンなのですが、その彼が若い女性の視点から社会の不正や不条理をどう捉えて、どう解決するのか・・・?
チンピラ三人は今後もゴミっぷりを随所で発揮する予定です(笑)

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