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第五話 魔法
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一目散に自宅に掛けて来た私は、リビングに居る妻と娘の元に急いだ。二人は黒い子猫を囲んで和やかに談笑していた。
「ちょっと母さん、七海! お父さんを見てくれ、どこか変わった所はないか?」
私は二人に問いかける。妻と娘は互いに目を見合わせて小首を傾げた。
「どうしたの、お父さん? 変わったとこって・・・。特に無いけど?」
「そうね・・・。まだ、そんなにお腹出て来てないわよ?」
そんな馬鹿な! コンビニのドアに映った私は確かに若い女性の姿だった。その証拠に薄着だった私の女性姿に若者たちは反応して囃し立てていたのだから。
「七海、これ買って来たぞ。ほら!」
「あ、お父さん、ありがと! わあ、色々買って来てくれたね。さあ君はどれが好きかな?」
私は娘に買って来たキャットフードなどが入ったエコバッグを手渡すと洗面所に向かった。鏡を見るといつもと変わらぬ、自分の姿がある。
「あれ? おかしいな、さっきは若い女性の姿だったのに・・・。」
私は顎を擦り伸び始めた髭の感触を確かめ、頭を掻いた。そしてリビングに戻る。
「あ、食べてる、食べてる! ふ~ん、コレ好きなんだ。よし判ったよ~。」
「ん? どうだ、ソイツの気に入ったの、有ったか?」
黒い子猫はムシャムシャと小皿に盛って貰った猫缶を平らげている。カリカリを盛って貰った横の小皿には見向きもしていない。ん? 良く見れば、この猫缶、私が選んだ中で一番高い奴だな。結構、舌が肥えてるなコイツ。
「じゃあ私、今日洗った貴方のワイシャツにアイロン掛けたいから二階に上がりますね。」
「私もお風呂入ってくる。お父さん、その子ちゃんと見ててよ。」
妻と娘が出て行き、リビングには私と黒い子猫だけが残った。ソファに腰掛け、夜のニュースを視るためテレビを点ける。
「にゃっ!」
「お、食べ終わったか。どうだ、お腹一杯になったか?」
子猫が不意に私の膝の上に飛び乗って来た。構って欲しそうに見上げて来るので背中を撫でてやる。毛艶がとても良いので最高の撫で心地だ。
「おっちゃん、猫缶ご馳走様! やっぱ『ニャンプチ』は最高やね。」
「おお、そうか、そうか、美味かったか。そりゃ良かっ・・・。って、んん?」
膝の上から元気な男の子の声が聞こえた。テレビのニュースに気を取られていた私は普通に受け答えしてしまった。しかしそこに居るのは子猫の筈。思わず下を見る。
「僕のこと判る? もう忘れてしもた?」
「うわ、子猫が喋った。この声・・・。あー! 又三郎君か?」
子猫が喋って私は少し驚いた。だが、あまり動揺していない。もう立て続けに不思議な事が起こり過ぎて感覚が麻痺しているのか?
「ピンポーン! おっちゃんにしては結構、頭柔らかいやん。あ、それとな僕は猫ちゃうで、猫又やねん。」
「え? 猫又ってあれだろ、猫が20年とか長生きするとなるって奴だろ? どう見たって君、まだ子猫じゃないか。」
「ほら、これが証拠やで! えい!」
私の質問に又三郎君は、掛け声と共に自分の尻尾を二本に分けて見せた。なる程、確かに猫又らしい。妙に説得力があるな。
「普段は二本の尻尾をくっつけて一本に見せてるんよ。あんな、普通の猫又はおっちゃんの言う通り大人ばっかりやねん。けどな、大人の猫又同士の間に子供が出来たら、最初から子猫又で産まれてくるんやで。それが僕や。」
又三郎君は得意そうに胸を反らし、両目を瞑りながら説明する。二本の尻尾もリズミカルに揺れている。ふむ、そう言うものなのか。あ、それより!
「そうだ、又三郎君。今の私は一体どうなってしまっているんだ? さっきコンビニに行ったら、若い女性の姿になっていたんだが?」
「あ、それな~。今、おっちゃんには、この家から出たら女の人の姿に見える魔法が掛かってるねん。ただ例外はあるけどね。」
「例外って?」
「元々のおっちゃんのことを強く記憶してる人には、稀に元の姿で見えることもあるよ。」
「じゃあ、昨日のチンピラどもには、私は元の姿で見えるのかい?」
「あ、見えへんと思う。例外は『良い意味で』強く記憶している人だけやから。」
なるほど、それは助かるな。再就職したばかりで厄介事はごめんだ。
「ところで今度の会社に出した履歴書、あ、又三郎君、履歴書って判るか? そっちはどうなってるのかな?」
「安心して、お師匠さんが魔法で書き換えてはったから。おっちゃんは25歳で下の名前は『三健』になってるから忘れんといて~!」
「え!『ミケ』だって? なんだか猫みたいな名前だな。」
「お師匠さん、猫大好きやからなあ。勿論、猫又も大好きやで!」
どうやら「お師匠さん」ってのは、あの占い師のおばあさんのことだろうな。まあ確かに女性なのに「健三」って訳にも行かないだろうがひっくり返して「三健」とは・・・。
「後な、一つ注意して欲しいのんがな、この魔法、丸一日ぐらいしか持たへんねん。必ず一日一回、ここに帰って来て僕に触ってな。ほしたら魔力が復活して、また一日持つねん。」
「じゃあ又三郎君は暫く家に居てくれるのかい?」
「うん、お師匠さんは、おっちゃんが無事に今の会社に落ち着くまで居ったれ、言うてはったから。」
それは助かる。と言うか、そうでなければ私が困る。
「そういう訳やから僕のご飯、一日に一回は必ず『にゃんぷち』で頼むね。ま、これくらい安いもんやろ?」
「あ、うん、判った。条件を呑もう。」
又三郎君はそう言うと嬉しそうに二本の尻尾をパタパタさせる。小さな子猫又のくせにしっかりしてるなあ。
「じゃ~ん! お風呂出たよ~! 子猫クン、ご飯ちゃんと食べたかな~?」
突然、七海がリビングに飛び込んで来た。又三郎君は慌てて尻尾を一本に纏める。私もテーブルに置いていたスマホを手に取り、誰かと会話している振りをした。
「はい、はい、ご心配なく。はい、判りました、大事にお預かりしておりますので、それでは。」
そう言ってスマホの通話を切る素振りをする。七海はじっと私を見つめていた。
「もしかして飼い主さんと連絡着いたの? 子猫クン、もう返しちゃうの?」
「あ、いや違うぞ。飼い主の人ってお父さんの取引先の方なんだけどな、今は海外に長期出張しているそうなんだ。なので、この子を知り合いに預けてたそうなんだが脱走してしまったらしい。メールしたら、直ぐに電話掛かって来たよ。」
「じゃあ、その人が出張から帰って来るまでは家で預かるんだね? やったあ!」
「うん。それと名前は『又三郎』だってさ。な、又三郎君?」
「にゃあぁん!」
「あ、お返事した、可愛い! そっか、又三郎君か、お姉ちゃんと仲良くしてね!」
「なおぉん!」
娘は又三郎君を抱き上げて有頂天だ。さて明日からは外では女性として振る舞わなければならない。気を引き締めて行かないとな。そうそう妻に「にゃんぷち」を沢山買い込んで置くよう頼むのも忘れない様にしなきゃ。
「ちょっと母さん、七海! お父さんを見てくれ、どこか変わった所はないか?」
私は二人に問いかける。妻と娘は互いに目を見合わせて小首を傾げた。
「どうしたの、お父さん? 変わったとこって・・・。特に無いけど?」
「そうね・・・。まだ、そんなにお腹出て来てないわよ?」
そんな馬鹿な! コンビニのドアに映った私は確かに若い女性の姿だった。その証拠に薄着だった私の女性姿に若者たちは反応して囃し立てていたのだから。
「七海、これ買って来たぞ。ほら!」
「あ、お父さん、ありがと! わあ、色々買って来てくれたね。さあ君はどれが好きかな?」
私は娘に買って来たキャットフードなどが入ったエコバッグを手渡すと洗面所に向かった。鏡を見るといつもと変わらぬ、自分の姿がある。
「あれ? おかしいな、さっきは若い女性の姿だったのに・・・。」
私は顎を擦り伸び始めた髭の感触を確かめ、頭を掻いた。そしてリビングに戻る。
「あ、食べてる、食べてる! ふ~ん、コレ好きなんだ。よし判ったよ~。」
「ん? どうだ、ソイツの気に入ったの、有ったか?」
黒い子猫はムシャムシャと小皿に盛って貰った猫缶を平らげている。カリカリを盛って貰った横の小皿には見向きもしていない。ん? 良く見れば、この猫缶、私が選んだ中で一番高い奴だな。結構、舌が肥えてるなコイツ。
「じゃあ私、今日洗った貴方のワイシャツにアイロン掛けたいから二階に上がりますね。」
「私もお風呂入ってくる。お父さん、その子ちゃんと見ててよ。」
妻と娘が出て行き、リビングには私と黒い子猫だけが残った。ソファに腰掛け、夜のニュースを視るためテレビを点ける。
「にゃっ!」
「お、食べ終わったか。どうだ、お腹一杯になったか?」
子猫が不意に私の膝の上に飛び乗って来た。構って欲しそうに見上げて来るので背中を撫でてやる。毛艶がとても良いので最高の撫で心地だ。
「おっちゃん、猫缶ご馳走様! やっぱ『ニャンプチ』は最高やね。」
「おお、そうか、そうか、美味かったか。そりゃ良かっ・・・。って、んん?」
膝の上から元気な男の子の声が聞こえた。テレビのニュースに気を取られていた私は普通に受け答えしてしまった。しかしそこに居るのは子猫の筈。思わず下を見る。
「僕のこと判る? もう忘れてしもた?」
「うわ、子猫が喋った。この声・・・。あー! 又三郎君か?」
子猫が喋って私は少し驚いた。だが、あまり動揺していない。もう立て続けに不思議な事が起こり過ぎて感覚が麻痺しているのか?
「ピンポーン! おっちゃんにしては結構、頭柔らかいやん。あ、それとな僕は猫ちゃうで、猫又やねん。」
「え? 猫又ってあれだろ、猫が20年とか長生きするとなるって奴だろ? どう見たって君、まだ子猫じゃないか。」
「ほら、これが証拠やで! えい!」
私の質問に又三郎君は、掛け声と共に自分の尻尾を二本に分けて見せた。なる程、確かに猫又らしい。妙に説得力があるな。
「普段は二本の尻尾をくっつけて一本に見せてるんよ。あんな、普通の猫又はおっちゃんの言う通り大人ばっかりやねん。けどな、大人の猫又同士の間に子供が出来たら、最初から子猫又で産まれてくるんやで。それが僕や。」
又三郎君は得意そうに胸を反らし、両目を瞑りながら説明する。二本の尻尾もリズミカルに揺れている。ふむ、そう言うものなのか。あ、それより!
「そうだ、又三郎君。今の私は一体どうなってしまっているんだ? さっきコンビニに行ったら、若い女性の姿になっていたんだが?」
「あ、それな~。今、おっちゃんには、この家から出たら女の人の姿に見える魔法が掛かってるねん。ただ例外はあるけどね。」
「例外って?」
「元々のおっちゃんのことを強く記憶してる人には、稀に元の姿で見えることもあるよ。」
「じゃあ、昨日のチンピラどもには、私は元の姿で見えるのかい?」
「あ、見えへんと思う。例外は『良い意味で』強く記憶している人だけやから。」
なるほど、それは助かるな。再就職したばかりで厄介事はごめんだ。
「ところで今度の会社に出した履歴書、あ、又三郎君、履歴書って判るか? そっちはどうなってるのかな?」
「安心して、お師匠さんが魔法で書き換えてはったから。おっちゃんは25歳で下の名前は『三健』になってるから忘れんといて~!」
「え!『ミケ』だって? なんだか猫みたいな名前だな。」
「お師匠さん、猫大好きやからなあ。勿論、猫又も大好きやで!」
どうやら「お師匠さん」ってのは、あの占い師のおばあさんのことだろうな。まあ確かに女性なのに「健三」って訳にも行かないだろうがひっくり返して「三健」とは・・・。
「後な、一つ注意して欲しいのんがな、この魔法、丸一日ぐらいしか持たへんねん。必ず一日一回、ここに帰って来て僕に触ってな。ほしたら魔力が復活して、また一日持つねん。」
「じゃあ又三郎君は暫く家に居てくれるのかい?」
「うん、お師匠さんは、おっちゃんが無事に今の会社に落ち着くまで居ったれ、言うてはったから。」
それは助かる。と言うか、そうでなければ私が困る。
「そういう訳やから僕のご飯、一日に一回は必ず『にゃんぷち』で頼むね。ま、これくらい安いもんやろ?」
「あ、うん、判った。条件を呑もう。」
又三郎君はそう言うと嬉しそうに二本の尻尾をパタパタさせる。小さな子猫又のくせにしっかりしてるなあ。
「じゃ~ん! お風呂出たよ~! 子猫クン、ご飯ちゃんと食べたかな~?」
突然、七海がリビングに飛び込んで来た。又三郎君は慌てて尻尾を一本に纏める。私もテーブルに置いていたスマホを手に取り、誰かと会話している振りをした。
「はい、はい、ご心配なく。はい、判りました、大事にお預かりしておりますので、それでは。」
そう言ってスマホの通話を切る素振りをする。七海はじっと私を見つめていた。
「もしかして飼い主さんと連絡着いたの? 子猫クン、もう返しちゃうの?」
「あ、いや違うぞ。飼い主の人ってお父さんの取引先の方なんだけどな、今は海外に長期出張しているそうなんだ。なので、この子を知り合いに預けてたそうなんだが脱走してしまったらしい。メールしたら、直ぐに電話掛かって来たよ。」
「じゃあ、その人が出張から帰って来るまでは家で預かるんだね? やったあ!」
「うん。それと名前は『又三郎』だってさ。な、又三郎君?」
「にゃあぁん!」
「あ、お返事した、可愛い! そっか、又三郎君か、お姉ちゃんと仲良くしてね!」
「なおぉん!」
娘は又三郎君を抱き上げて有頂天だ。さて明日からは外では女性として振る舞わなければならない。気を引き締めて行かないとな。そうそう妻に「にゃんぷち」を沢山買い込んで置くよう頼むのも忘れない様にしなきゃ。
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