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第一話 プロローグ

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ある朝の通勤電車、その車内は程々に混んでいた。

吊革につかまる大人しそうな女子高校生が立っている。肩くらいの長さの柔らかそうな茶色がかった髪、灰色グレーのブレザーに同色の膝丈のスカート。どこにでも居そうだが、誰もが可愛らしいと感じる小柄な少女だ。

彼女は何故か眉根に皺を寄せて俯いている。顔が赤い。時おり肩越しにチラチラと、非難の色を浮かべた視線を送っている。その先には50代に差し掛かろうかと言う男性が立っていた。見れば混んでいる車内とは言え、不自然に距離が近いようにも思える。

「カシャッ!」

不意に電子的なシャッター音が車内に鳴り響いた。乗客のうちの何人かが、その音がした方向に視線を向ける。そこにはスマホを構えた20歳くらいのゆるふわファッションの女性が立っていた。ショートボブにした亜麻色の髪を靡かせ、頬を少し上気させて言い放つ。

「そこの貴方あなた、そのから手を放して下さい。現場はしっかり押さえましたよ、痴漢の現行犯です!」

彼女は脅える少女と視線を合わせる。ゆっくりと頷くと少女はハッキリと言い放った。

「この人、痴漢です! 誰か助けて下さい!」

そう言うと自身の背後に立っていた中年男性の手を両手で掴む。狼狽した男は少女を突飛ばそうと空いた手を振り被った。

「放せ! 言い掛かりだ、放せ!」

少女が痴漢男に突飛ばされる寸前、その腕を拘束する女性が現れた。170cmはあろうかというスラりとした長身にショートカットの亜麻色の髪、きりっとした意思の強そうな目元と長い眉、黒のパンツスーツに同色のパンプス。まるで女性SPのようだ。彼女は痴漢男の手首を掴むと関節を極め、その体を軽々と電車の床に転がす。何か武道を嗜んでいるらしい。軽く手首を捻ると痴漢男は悲鳴を上げる。

「ぐわぁ、止めろ! 止めてくれ、腕が折れる!」

「証拠は挙がってるんだよ。観念しやがれ、このオカマ野郎!」

長身の美女は痴漢男に引導を渡すように宣言した。その姿に車内からまばらに拍手が起こる。被害者の女子高生が、まるで映画の超人英雄スーパーヒーローを見るような潤んだ眼差しを彼女に向けていた。その光景をあちらこちらでスマホで撮影する者も出始める。

「やりましたね、若林さん。これって絶対にお手柄ですよ!」

ゆるふわファッションの女性がガッツポーズをしながら小躍りして喜んだ。

(どうして、こんなことになっちゃったんだ・・・?)

車内の拍手の音が次第に大きくなる中、長身美女は電車の窓に映る自身の姿を見ながら首を傾げるのだった・・・。
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