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ブルーエヴァンス

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 道を歩くとき、不意に見上げる、青空に、孤独の影が、ブルーに染まる、青空から接吻。
 大きく広げた腕に飛び込んでくるような憧れの女性を待っている。
 まるで、ビルエヴァンスの弾く、悲しいリズム、物憂げな指先、時々、ワルツフォーデビイのトップソングから聞こえてくる、食器の触れ合う音が、リズムと旋律になって、陰るような陰影のフォトグラフ、硝煙の香りのするグラマラスな女が、ふっと微笑む。
 黄昏の似合わない足首を、絡めるように組んで、まるで、乗っていく男の腕に乗るように、朝を待つような気持ちで、僕は、そんなジャズクラブの前で、夢幻の夢に酔いしれている。
 かすれるように、ブルージーンズをこすり合わせて、通りを行けば、憧れの天使のような女性に会えるかな、と、嘆息しつつ、はかない、音が、太陽の旋律とまじりあう午後、アフタヌーンティーよりも、ブラックコーヒー。
 孤独が似合わない女性は、犬を連れて散歩している。
「やあ、ご機嫌いかが」
 と声をかけて、そっと、ビルのことを想う。
 素敵な微笑みに、陰りのない頬に、染まる、夕暮れを待たないで、僕は、ジャズクラブの前で、そっと煙草に火を点ける。
 煙に酔いしれて、まるでブルーなシャガールのような気持ちで、少し浮き足立つ、よそよそしい横顔に、カフェの女性が、そっと食器を片付ける。
 愛の意味も恋の意味も知らない僕は、途方に暮れたように、空を見上げる。
 ああ、ビルエヴァンスが待っている。
 そんな気持ちで、煙草をもみ消して、クラブに入っていく。
 拍手とドラムの音、擦り切れたスネアドラムの香りが、髪をかき上げる美しい女性のイヤリングに。10カラットの想いを込めて、一杯のカクテルをそっとバーテンダーに譲る。
 すると、女性に目線を送った。
 口もとの尖りが、攻めるようにさいなませる。
 あれは、幻想の夕暮れ近く。
 ブルーな恋をしてみたいと願ったとあるクラブでのことだった。

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