「ハートのリス」詩集

鏑木ダビデ

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日常

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手をつないでいた。
あの頃、まだ僕の胸は幼く、夕日に映える街を、独りで、自転車に乗って、走っていた。
街は、叫ぶように、詩をつづっていた。
流れていく景色に心を重ねて、思い出した、今ここにいることでしか、存在を知ることはできやしないと。
わからないよ。何にもわからないよ。ただ好きなんだよお。
この世界が、この世界が、好きなんだよお。
通りを行く女の子、疲れて眠るように、酒を飲むサラリーマン。
ああ、今日も一日終わったわ。
猫が笑う。
もう夏が近いねえ、と言って、飛んでいく蚊たち。
人間でいることって大変だけれど、信じることなんて必要ない。
歌があって、酒があって、友達がいて、恋人がいて、でもほんとうに必要なものは、笑顔。
苦しいことだって、たくさんあって、楽しいことだって、いっぱいある。
僕らは犠牲を払って今を生きる。何か知ってる?
愛ではないよ。
犠牲を求める神なんていやしないし、そんなことつまらないじゃないか。
求めることに後悔はしていけない。
風が吹いたら、ペダルをこいで、一緒に行こうよ。
どこって?
行きたいところにだよ。
お父さんは、君のために、何をしてくれる?
そう、今日もお疲れ様、難しいことじゃない。
お母さんは、君のために何をしてくれる?
そう、おはよう、難しいことじゃない。
お兄さんは?
妹は?
弟は?
お姉ちゃんは?
じゃあ、君は。
僕は、何にもしたくない。
ただ風だけを信じていたい。
幼いころに見た理想は、僕の心のピストルを、ぶっ放す、性欲と、痛みと、帰ることもない、騙された憎しみ。
神がいるなら騙すだけ
君の真実を騙すだけ。
口の足りないほうとうは、憎しみの時代を超えて、何もない、混沌と秩序と、自己否定。
内弁慶な、緻密な、策略は、結局行きつく、信じるよりは笑いたい。
苦しい、共感、傷つけられたこと、許せはしない。
だれがやったのか。
神に決まっている。
詭弁を弄するその支配者は、自身の心を知りはしない。
自分自身に罪がある?
あるわけねえだろ。
おしつけがましいやつだなあ。
僕は、走っていた。
開く本は、いつもなかった。
知っていた。
そう始めから。
開く本はいらない。
そんなことをしている暇があったら、汗水たらして働けばいい。
歴史は繰り返す。
繰り返しているものは、信仰という虚偽、偽り、そして、煽る、楽天主義なんて言うまやかし。
痛いから人は、嗤うんであって、まあいいかで生きていけるわけねえだろ
祈ったところで、何にもかわらない、わけではないけど、少なくとも、世界の奥にある希望の逆説のニュアンスは、感じ取れる。
さり気なく、好きなんだよっていえば、全部いいわけないけれど、永遠に生きたいんだったら、一瞬を生きてみろ。
煙草が必要なら、リスの人形でも抱きしめて、眠るより、女を抱いている方が、煙草はうまく感じる。
真実の愛なんて叫んでいる暇があるなら、神がどうたらいっている暇があるなら、求め合うままに、求めた方がいい。命が等価なんて誰が言った?命の価値は生き方で決まってくる。万物の尺度なんて、ありはしない。
そして、今日も、僕は言葉と戯れる。胸に一杯の愛を抱えて。
ああ、生きてることは素晴らしい。
ああ、生きてることは、何て素晴らしいことだろうか。
いちまつの寂しさを抱えて。
昔、神は死んだっていう哲学者がいた。
昔、互いに愛し合いなさいって言った聖者がいた。
どちらも死にたくはなかったのだけれど、それを命じたやつがいた。
誰って?
自分で考えろ。
わからないのなら、言ってやる。
神ではない。
そう、愛の逆説だ。
僕は、リスの心を持った一人の詩人。
そして女を、ただ女だけを愛する真実のメシア。
僕が求めることはただひつつ、命は等価だという希望の順接だ。
僕たちに、リスたちに、明日はこない。順接、順接、順接、順接、純摂。
偽りなく言えば、逆説。
愛と憎しみの逆説だ……。
そう、結末は、いたってシンプル。
何も見えない。
だからこそ、君の胸に訊いてみればいい。
愛に決まってるじゃないですかあ!
愛に、決まってるじゃないですかあ!
ここで、とりあえず、僕は煙草に火を点け、言葉を結びます。そして、煙草にまた火を点けるまで、君たちリスのことを想って、そっと、夜明けを待っています。じゃあ、てな感じで、せーの、リス!
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