彼がスーツに着替えたら

森野きの子

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過ぎたるは及ばざるが如し4

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 このままマイナス思考の沼に陥ってしまいそうなので、誤魔化そうとテレビをつけたが、通販番組か風景かカラーブロックしかない。時刻は真夜中というより早朝に近い三時すぎ。仕方がないので通販番組を眺めていたが少しも面白くない。近くにコンビニがあったはずだが、亮はなかなか戻ってこない。ふて寝でもしようかとテレビを消してベッドに戻ると、当然ながら自分のではない匂いがして、ドキリとした。時々鼻をかすめた亮の香水の匂い。――苦味を含んだ甘すぎないバニラと煙草とスパイシーなドライフルーツ――。今日知った亮の肌の感触と体温。今日はこの匂い、しなかったな、と思い返しながら目を閉じる。玄関から物音がする。鍵が差し込まれて、開く音。忙しなく靴を脱いで部屋へ入ってくる足音。
「ただいま。お待たせ。そこのコンビニに合うゴムなくてさ、ドラストまで行ったらレジにいたのが時々来るお客さんで超気まずかった! さえちゃんの歯ブラシとあとなんか、一泊分のやつ。あった方がいいかなって思って買ってきたんだけど、使う?」
 とビニール袋から、パウチに入ったクレンジングや化粧水などの一式が揃った一泊分の洗面用品と、新品の歯ブラシを出して冴子に渡す。
「ありがとう……」
「どういたしまして」
「使ってきちゃっていい?」
「じゃあおれも歯磨きしよ」
 亮はベッドの近くにレモン風味の清涼飲料水のペットボトルを置き、冴子の後に続いた。
 洗面所で冴子はメイクを落とす。その隣で亮が歯磨きをしている。鏡越しに目が合うと、歯ブラシを口に入れたまま笑ってみせるのでつられて笑ってしまった。クレンジングを洗い流して、洗顔料を泡立て、洗い流すと、タオルが差し出された。
「さっぱりした」
 と冴子がいうと、
「可愛くなった」
 と、不明瞭に泡だらけの口で言う。
「眉毛が半分なくなったけどね」
 と自嘲ぎみにいう。亮は口を濯いでから、冴子が持っているタオルの端で口元を拭う。
「いつもキリッとした化粧してるけど、落とすと可愛くなるね」
 化粧水をなじませ、乳液で押さえつつ、眉毛のくだり聞いてなかったのかと亮を見ると、ん? と首を傾げられた。
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