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1巻

1-2

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「マスターのこと忘れてましたけど、今の見られてましたよ」
「わかっててやったんじゃないの?」

 一ノ瀬さんは小さくなっていくマスターを振り返りながら、軽く手を振る。

「まさか!」

 いいのかな、こんなとんとん拍子びょうし。次からどんな顔してあの店に行こう? 一瞬不安がよぎったが、もう遅い。
 初対面の男と即ホテルなんて怖くないと言えば嘘になるけれど、もう自分から誘ったんだ、開き直ろう。ただひたすら痛いのは嫌だけど、少しくらいなら乱暴にされたっていい。
 あーでも、本気の凌辱りょうじょくプレイは御免被りたい。不安と期待を交互に抱え、持て余した。

「やっぱり自棄やけ?」

 全然関係ないことを考えていたので咄嗟とっさに彼の質問に答えられなかった。けれどすぐに「何も聞かないでください。頭空っぽにしたいんです」なんてかっこつけたら肩を引き寄せられ、キスを喰らった。
 押し当てられた厚めの唇から舌が送り込まれ、ラムと香水の香りが流れ込んでくる。執拗しつようなほど舌を絡ませ合い、水っぽい音を立てて唇を離した。

「頭空っぽになった?」

 一ノ瀬さんは悪戯いたずらっ子のような眼差しでこちらを覗き込む。ただほうけて彼の瞳の黒い部分に見入る。

「まだ、足りないです」

 言い終わらないうちに、噛み付くようなキス。
 もともとあらがうつもりなど毛頭ない。彼の首に腕を巻きつけて思う存分口づけに応える。
 うああ、この感触いつぶり? マジで。うるおう。下腹がぎゅっとうずいて体から力が抜ける。キス上手い。
 これは大当たり。手馴てなれてるなあ。遠慮なく私の背中や腰を撫で回すこのてのひらで、何人の女をその気にさせてきたのか。
 望みどおりのちょっと強引な口づけに圧倒されつつ、離れたりくっつけたりを繰り返して適度に溺れていたら、目的地に到着した。
 一ノ瀬さんが支払いを済ませてさっさとタクシーを降りる。後に続いてお礼を言おうとしたら、軽いキスでさえぎられた。

「さて、やめとくなら今のうちだけど、どうする?」

 隣を見上げると、ビーストモード一歩手前の男前。からかい混じりの試すような口ぶりが、余裕っぽくてちょっとムカつく。でも、せっかく火照ほてった体を冷ましたくない。

「選択肢なんてありました?」
「今なくなった」

 低いささやき声に全身が震える。うわあああ。耳が幸せ! ともだえていると今度は頬に軽いキスをされて、誘われるまま自動ドアの先へ連れていかれた。
 絡ませるように繋いだ手を振りほどけるはずがない。後戻りする気なんて、さらさらない。
 一夜限りの恋なんて初めて。でも、そんな言葉を連ねるほど嘘っぽくなる。ここまで来たらあとはままよと足を速めた。
 予想外のラグジュアリーなホテルに圧倒されている私をよそに、彼はフロントと言葉を交わし、さっさとチェックインを済ました。

「宿泊でよかった?」

 一ノ瀬さんはカードキーを受け取り、繋いだ手を遊ぶように持ち上げて私の手の甲に唇をつける。

「私、明日は休みとってるので大丈夫ですけど、一ノ瀬さんは?」
「おれ、明後日までオフ」

 肩を抱かれながらエレベーターを降りて歩みを進め、部屋のドアを開けると、白と藍色を基調とした内装のリビングルームが広がっていた。真っ白なシーツにシックなブラウンのクイーンサイズのベッドとソファ。大きな窓の向こうにはレインボーカラーに輝く観覧車が見える。全体的にムーディーな飴色の照明で照らされているのがまたいい。
 素敵だけどやっぱり窮屈きゅうくつだった靴から解放された気軽さと、予想を超えた部屋の雰囲気のよさに浮かれて、あちこち見回してしまう。

綺麗きれい! 素敵!」

 一ノ瀬さんが微笑む。

「お気に召したようでなにより。そう喜んでもらえると連れてきた甲斐があるよ。まあ、宿泊にしたし、時間はあるからなにか飲まない?」
「いいですね! なんにします? 私なんだか喉渇いたのでビールいきたいんですけど」
「ビールね。オッケー」

 一ノ瀬さんは、フロントに電話してソファに腰を降ろした。

「気分が削がれたら申し訳ないんだけど」

 という一ノ瀬さんの前置きに思わず喉が鳴った。まじまじと彼を見つめる。
 もしかして既婚者カミングアウト? 別に一期一会の気概だから私はいいけど。あ、でも性病は勘弁して欲しい。いや、性病もちだったら黙ってるか。えーなになに? と心の中で騒ぎつつ、黙って告白を待つ。

「勢いでここまで来たけど、ぶっちゃけこういうシチュエーション初めてで、実は結構緊張してんだよね」

 え。嘘でしょ。そんなリップサービスいらないよ。私だってこんなん初めてだよ。そんな駆け引きいらないよ? どうしていいかわかんなくなるじゃない。さっきの勢いで獣エスコートしてよ。
 胸のうちで悪態をつきながらも、みるみるうちに体が硬くなっていく。欲情とまったく別の緊張と、急激な羞恥心しゅうちしんでじわじわっと表皮のほうに血液が集まっていくのがわかった。
 勢いが行方不明になってしまった。よろよろと隣に腰を降ろして膝の上で拳を握る。

「ドン引きした?」

 一ノ瀬さんが不安げに覗き込んでくる。

「そういうわけじゃないんですけど、ただ」

 なにもじもじしているの私たち。恋という魔法に出会ったばかりの少年少女じゃないのよ。勘弁してよ。
 いまさら照れている自分がどうしようもなくずかしい。

「言わせてもらえば、私だってこういうの初めてで、あの勢いで突っ走ってもらいたかったっていうか」
「うん、ごめん。ベッド見たら実感湧いて焦った」

 んなああっ! なんだこのくすぐったいの! ワンナイトフィーバー中止のお知らせ? 至近距離で照れ合う男女ってなに。これじゃ、なんだか、ただのボーイミーツガール。いや、即ホテルって時点でそんな純情可憐なものじゃないけれど。「なーんてね、冗談。マジ照れちゃって、意外に可愛いじゃん?」とかチャラいこと言ってキスしてくれる展開は、なし?
 懇願こんがんを含めてチラ見すると目が合って、彼は困ったような微笑みを浮かべた。
 ダメだ。それ反則でしょ。可愛くって好きになる。いや、なってる。いや、いやいや。どうせこの恋は一期一会。落ち着け、私。相手はスペシャルな男前よ。私みたいな雑魚ざこはすぐ忘れられる。はあ。
 ぎこちなくなった空気の打開策を見出みいだせず、行儀よくソファに並んでビールを待っている。
 耐え切れなくなった一ノ瀬さんがテーブルの上のリモコンをとって大画面の薄型テレビのスイッチを入れた。有料VODだったのか、

『あああん! イっちゃう! イッちゃ』

 たわわなおっぱいを揺らして、がっつりと男性器をくわえ込んだ女の子が画面いっぱいに映ったのも束の間。ふたたびテレビは真っ黒に。
 ちらりと横をうかがうと、「違う。違う、そうじゃない」とがっくりとうなだれた男前。さらに事態は悪化の一途。
 こんな可哀想な男前見たことないよ。痛ましい。これがちょっと理想より下段レベルだったらここまで来ないでさっさと帰っていたわけで。よし。もういいや。どうせこの恋、今夜限り。今を楽しもう。

「あのー、一ノ瀬さん」
「え?」
「さっきのキス、すっごく気持ちよかったですよ?」
「え? あー。てか、おれも。キスだけでもすごいよかった」
「ふふ。あんまりよかったんで、ついがっついちゃいました」
「おれも」

 ちょっとだけ和やかな空気。一夜のアヴァンチュールに必要な成分とは言いがたいが、今の自分たちには必要な気がする。

「とりあえず、湯船にお湯張っちゃってもいいですか? せっかく宿泊なんですから満喫しましょうよ! ね?」

 そう言うと、強張こわばった表情が少し解けて、彼はかすかな笑みを浮かべた。えー。なにこの男前、可愛い。

「風呂たまるまで少し、話そうか」

 しょんぼりからちょっと立ち直った情けない男前って本当に可愛い。まだ困惑が残っている一ノ瀬さんに胸キュンしながら、はい、と頷いた。


    ❖ ❖ ❖


 ソファに並んで、ビールを飲んでいたらあっという間になくなり、一緒にメニューを見てワインとから揚げ&ポテトフライを追加。軽くつまみがあったらいいよね、何食べる? ちょっと油モノいっときますか? いいねえ~! なんて、きゃっきゃわいわいしながらフロントに電話して待機。

「結構楽しいね」

 受話器を置いて戻ってきた一ノ瀬さんが隣に腰を降ろす。心なしかまた距離が近い。意識してしまうと心臓が早鐘を打ち、大人の自負も、なけなしの余裕もうやむやになる。

「いきなり宅飲みっぽい雰囲気になっちゃいましたね」
「ね。でもその格好、なんかのパーティー? それとも結婚式?」
披露宴ひろうえん帰りです。これ、綺麗きれいな赤だから気に入って購入したんですけど、披露宴ひろうえんで超浮いちゃってました。すごいずかしい」

 あはっと照れ笑いで誤魔化して答えると、一ノ瀬さんもあははっと笑った。

「でもいいじゃん。金魚みたい」
「金魚ですか? え、それってもしかして丸いってことですか?」

 自虐ネタだけど、最近ちょっと肉がついてきた感はいなめない。

「ひらひらしてて綺麗きれいだなって思ったんだよ。てか、もうちょっと肉つけたほうがよくない?」
「いや、ついてきたんですって。ほんと最近ヤバイんで」

 どんどんエロティックモードから遠ざかっているような。ちらっとそんな危惧が頭をよぎる。緊張はしているが、このまま健全に終わるのは惜しい。

「そうは見えないけどなぁ」
「いいえ。油断できないんです。いくらドレスが綺麗きれいでも、着る体のラインも綺麗きれいじゃないと、せっかくのドレスの美しいラインが台無しになるんです!」

 彼は少し驚いたような顔をして、すぐに笑顔になった。

「ということは、脱いでも綺麗きれいってことか」
「えっ。あ、いや、あの」
「ドレス、綺麗きれいだよ。似合ってる」

 あ、そっち? とかたかしを食らったが、でもいいか、と気を取り直す。

「ありがとうございます」
「好きなの? 服とか」
「好きです。服とか、コスメとか」

 不意に昔の男の言葉を思い出した。ただの浪費なんて言われたくない。

「好きなものを見せびらかして歩いてるんです、私。いいでしょう?」

 鼻息を荒くした私に、彼は目を丸くしつつ、フッと噴き出した。

「うん。いいね」

 軽く流された。やっぱり、私、説得力になるような色気も魅力も枯れているんじゃないだろうか。

「おれも好きだよ。服とか、小物とか」
「確かに。こだわりを感じます」
「そう? 実は今日リングとか適当につけてきたんだけど、あ。買う時はちゃんと好きで買うよ?」

 ちょっと焦って訂正するところに可愛らしさを感じる。見た目ワイルドなのに、優しいというか、人が好さそうというか。高飛車だったり、つんけんしてないところがすごくいい。

「ふふ。似合ってますよ。ごてごてしてないのに存在感があって、すごく素敵です」
「なんか。照れるな」

 はにかみながら、大きなてのひらみずからの頬を撫でる。ああ。あの手に撫でられたい。

「私もシンプルでシックな装いをしてみたいとは思うんですけど、つい派手好みに。引き算のお洒落しゃれができないんですよね」
「いいじゃん。その分食事は引き算ばっかりしてるんだろ? それに好きなものを見せびらかして歩いてるなんて最高にかっこいいよ。少なくともおれは好きだ」

 その真摯しんしな眼差しと励ましに胸を打たれた。何ならちょっと涙が出そうだ。

「前の男に聞かせてやりたい! こういう意見もあるんだって!」
「そんなにショックな披露宴ひろうえんだったの?」
「え?」

 ぎくっと肩が強張こわばる。心のどこかで下に見ていた同級生の幸せいっぱいウェディングにやっかみまくって、自分のモテなくなったショックに打ちひしがれていたなんて、いくら一期一会だとはいえ、誰が言えるだろうか。一期一会だからこそ悪い印象は残したくない。たとえすぐに忘れられようと。

「いえ、別に」
「もしかして、その昔付き合ってた男の結婚式だったとか?」

 マスターとおんなじこと言ってる。普通結婚式で落ち込むなんてないよね。いき遅れの負け犬ですって言い回っているようなもんだし。そんなことを考えながらフフッと笑った。

「そんなんじゃ、ないです。別に、ほんと、なんでもないです」
「でも、自棄やけになっておれみたいな見ず知らずの男とこんなとこに来ちゃうんだから、何でもないってこたないでしょ」

 痛いところを突かれて返す言葉もない。でも理由がくだらなさすぎて経緯の説明なんかできない。

「馬鹿女ってことは重々承知してます。反省してます。でも、相手が一ノ瀬さんでよかったです。この状況って下手したらものすごく危険ですよね。こんな冒険二度としません」
「二度としないのはいい心がけだけど、安心するのは早くない?」

 くいっとあごを持ち上げられて、軽いキス。え! さっきのしょんぼりさんどこいった?
 衝撃のあまり一ノ瀬さんをガン見すると、近い距離がさらに縮まってまた唇が重なった。

「んっ」

 唇でこじ開け、舌が押し入ってくる。私のジャケットを落とし、むき出しにした肩を撫でる彼の指はいやらしいくせに優しい。

「いち、のせさ、ん」

 口内をもてあそぶように舌を絡めたあと、唇を離して短い呼吸で呼ぶと、陶酔とうすいした眼差しとぶつかった。

「おれ、一ノ瀬恭司きょうじっていうんだ。下の名前、呼んでよ。百合佳ちゃん」
「……恭司さん」
「そんな声で呼ばれると、ゾクッとくるね」

 ちゅっと音を立てて、首筋に厚い唇が押し当てられる。やっぱりキス上手い。ぼおっとしていたら呼び鈴が鳴った。

「あ、食い物来た」

 お預けか! ううっと唸りながら彼を見上げると、髪の流れにそっててのひらで撫でられた。

「取ってくるからちょっと待ってて」

 と苦笑交じりに頬にキスして玄関のほうに行ってしまった。

「あ。百合佳ちゃん、風呂できてるよ」

 シャボン玉がぱちんとはじけるように、うっとりした気分が覚めた。浴室にかけこんでみるとお湯は自動で止まっている。楽しみにしていたローズの香りの泡風呂の入浴剤の封を切る。ピンク色のとろりとした透明の液体を浴槽に注いでジャグジーのスイッチを入れた。間接照明の光に浮かび上がる浴槽が綺麗きれいで感動した。ぶくぶくと泡が立ち、辺りにローズの香りが充満する。
 鼻歌交じりで洗面台の大きな鏡の前でほどいた髪をいていると、彼が顔を出した。

「ご機嫌うるわしいようで?」
「お風呂すごいですよ。泡風呂とかテンション上がりますって」

 彼は片手に持っていたワインを洗面台の脇に置くと、私の背後に立った。

「じゃあ、食い物後にする?」

 言いながら首のうしろをめる。あごひげがちくちく当たる相乗効果で、ぞわぞわと言い知れぬ快感が背中に走った。思わず目を閉じて息を漏らすと、彼は、ふふっと楽しげに笑い、首から背中を唇でなぞっていく。

「お風呂、まだですから、ね、恭司さん」
「百合佳ちゃんの、匂いも味も好きだよ」
「そんなこと、言われても……、あっ」

 大きなてのひら臀部でんぶを撫でられ体が跳ねる。薄目を開けて鏡越しに見ると、背中を唇で愛撫しつつ、もう片方の手で膝の辺りを撫でている。

「伝線、上のほうまで伸びてる」

 つつ、と指が内腿うちももに流れて、太腿ふとももの付け根を撫でいじられる。まだ最終地点には触れられていない。それでも息はぐんと上がる。少し強引にドレスのすそがたくし上げられてストッキングが太腿ふとももの半分まで下げられる。こうしている間も耳を舌でなぶられているので、気持ちはあおられっぱなし。
 早くもっと触れて。この先が欲しくて脱がされるのを望んでいる。外気に触れた内腿うちもも粟立あわだち、奥がきゅうっとうずく。左手が引きあげられ、そのまま胸元に滑り込んできた。

「ブラ、つけてないの?」

 カップつきのドレスだから、と答える余裕なんてあるはずもなく、耳を犯されたまま小刻みに頷く。偶然か、胸の先端が爪で引っかかれ、チリッと鋭い感覚が走った。乳房を鷲掴みにされ、ぐいぐいとこね回される。右手も連動して下着の上から刺激され、中指がくぼみに合わせて押し当てられた。

「ああっ」
「えっろ。百合佳ちゃん、鏡で自分の格好見てみなよ」

 からかうようにささやかれて、言われたとおりに顔を上げた。彼の手で隠されているものの、片方の乳房が深紅のドレスからこぼれ、すそめくられ彼の手が入り込んでいる。半端に下がった黒のストッキングのせいで内腿うちもも窮屈きゅうくつに絞めつけられている。

綺麗きれいな格好が台無しだ」

 体を反転させられ、洗面台にうしろ手をつく。向き合った状態がずかしくてうつむいたが、お構いなしにむき出しの乳房に喰らいつかれた。

「んああっ」

 先端を甘噛みや舌先で刺激される。唇が離れると、赤く腫れたように色づき、つんと硬くなっているのが見えた。
 彼がしゃがむのと並行して下着もストッキングも下げられる。目の前にドレスの奥がさらされていると思うと、たまらなくずかしかったが決して嫌な気はしない。
 こちらを見上げる少し垂れた目尻の、鋭い眼が、情欲に濡れている。下着を引っ掛けた左の足首についばむようなキスが落とされ、そのままゆっくり持ち上げられた。
 彼が立ち上がり、私は広い洗面台に腰かけるようにして少し背中を倒した。屈辱的な体勢で見下ろされたのも束の間。
 覆いかぶさるように口づけられ、むように舌を絡ませ合った。キスで押し返しながら上体を上げて、彼のベルトへ手を伸ばした。
 ごついバックルがなかなか外せなくてやきもきしていたら、もどかしくなったのか彼はみずからベルトを外し、腰を引き寄せてくる。
 張りつめた彼の先端が、ちょうど入り口の真ん中に押し当てられたが、ずるりと滑って勢いよくはじかれた。このに及んでまさかの事態。久しぶりすぎて入り口閉じてた?
 え? と意外そうな顔で、彼は結合し損ねた部分と私の顔を交互に見た。多分、私も同じような顔をしている。見合わせたら可笑しくなって、どちらともなく噴き出した。

「なんか焦ってばかりでスムーズにいかないね」

 彼はそう言って笑いながら、私の頬やひたいにキスを散らす。

「すみません。早く欲しいのは山々なんですけど」
「うん。百合佳ちゃんすごく濡れてる」

 彼の頬に手を添えて、私からもキスを返す。お互いの服を脱がせ合い、床に全部脱ぎ散らかした。けれど少しだけ理性を取り戻しつつある。

「せっかくなのでお風呂入りましょう?」
「せっかくいい感じなのに?」
「お風呂入ったくらいで冷めませんよ。あなたにキスされればすぐです」
「ええ? 自信ないなあ」
「まあそう言わず確かめてみてください」

 ワインを持ち込んで、バスタブの中で乾杯する。一口飲んでキスして笑い合う。
 初めて触れ合う肌って格別。シルクもカシミアも触れ合う素肌には敵わない。なんて熱くて、滑らかな肌。筋肉を包む極上の皮膚や、私の望みどおりのたくましい腕と厚い胸板。低くかすれた吐息なんかも絶品だ。深い口づけをしながら、彼の張りつめたペニスに手を伸ばす。
 おっと、こっちもなかなかワイルドだ。これはいきなり入らないかも。
 形や長さや太さを手で計りながらゆるゆる動かしていたら、キスがとどこおり始めた。唇を離すと、あえぐような短い呼吸をしながら、彼は苦渋の表情を浮かべている。

「はやく入りたい」

 泣きそうな声で呟いて、熱に浮されているような目で私を見つめる。

「私も早く欲しいです」

 キスをすると大きな舌が入り込んできて口内がいっぱいになる。お互いにしがみつくように抱き合い、バスタブの中に小さな嵐が起きる。
 薔薇ばらの香りの媚薬効果なのか、はたまた安ワインのせいなのか、酔っぱらっている。全部恭司さんのせいだ。
 風呂を出て大きなバスタオルで互いを拭きながら、じゃれあうようにキスをした。そして私は軽々と抱き上げられ、二人でベッドへなだれ込む。

「キスしたよ。もう濡れてる?」

 唇を離して、首を傾げてこちらを覗き込む彼のうるんだ瞳が、少し意地悪く光る。

「……ね、早く来てください」

 かなりずかしかったが、自分の指で入り口を広げて見せた。

「百合佳ちゃん」

 ぐっと膝を抱えられ引き寄せられ、今から結合せんとする部位をまざまざと見せつけられる。
 彼は自身に手を添え、指で広げた裂け目に先端を食い込ませ、腰を軽く前後させた。
 ぐっ、ぐっ、と少しずつ前進する。それと同時に内側がこじ開けられていくのがわかる。

「んっ、んっ、はいってきてる」

 じわじわと押し開かれる感覚が気持ちいい。充分に濡れていたのもあって、先端が定まると後はスムーズにいった。
 同時に深い息をついて、互いの感触を噛みしめるように抱き合う。中は余すところなく恭司さんでいっぱいになった。それがなんだかとても嬉しい。

「ヤバイ、気持ちよすぎる」

 彼は私の肩に顔を埋めたまま唸った。
 ひげがくすぐったくて笑いながら身をよじったけれど、がっちり抱き込まれてびくともしない。

「動いちゃダメそうですか?」

 中にある質感がもっと欲しくて、きゅっと力を込める。

「ちょっ、待って待って」

 彼はがばっと顔を上げて二回深呼吸すると、せっかく挿入したペニスを引き抜いた。

「え、なんでですか?」

 急に空洞になった中が寂しく手を伸ばした。ここでお終いなんて絶対いや。

「なんでって、まだいきたくないから」

 そう言って、ふたたび私の体を柔らかく押し倒すと、両足の間に顔を埋めた。

「や、ずかしい!」
「大丈夫大丈夫。気持ちよくなってほしいだけだから」

 温かい吐息と柔らかな唇がぬるぬるとずかしくてたまらない場所を覆う。

「ひぅっ! や、ああ!」

 舌が知らない生き物のように動き出す。
 ちょ、これ、なに。こんなのやばい。声が漏れる。ずかしいのに、気持ちよくなっちゃう。
 ちゅ、ちゅ、じゅるじゅる、と粘着質な音が聞こえる。卑猥ひわいなディープキスに、ずかしさと気持ちよさで混乱する。唾液と粘液でべちゃべちゃになったシーツが冷たい。硬くとがった敏感な箇所を舌先が性急になぶる。こんなのずるい。私はじわじわと昇りつめていく。

「あ、ダメ。あああ、いっちゃうぅ!」

 体中痙攣けいれんして頭の中に火花が散った。恭司さんが体を起こして、私を見下ろす。どことなく勝ち誇ったような目をしてみずからの唇をめた。

「気持ちよくなれた?」

 こんな一方的なのは、自慰行為を手伝ってもらっただけみたいで悔しい。ならば、こちらも。
 首に手を回して口づけを催促する。体を起こし、恭司さんを座らせて、互いに伸ばした舌でつついたり、舌先をめ合ったりしながら、様子をうかがう。困惑と好奇心、欲情と純情の入り混じったような、不思議な目をしている。

「どうしたの?」
「私も気持ちよくしたいなあって」
「これからなるから大丈夫」

 彼は私を自分の上に抱き寄せる。座ったまま向き合って重なり合う。汗で濡れた彼の頭を抱え込み、下から突き上げられるのを受け止めた。
 熱い息とぬめった舌が、私の乳首を攻める。理性がぶっ飛んだ。互いに気持ちよくてどうにかなってしまっている。
 私の内側は恭司さんの形によく馴染なじみ、一分の隙もできないほど、奥へ奥へとねだる。
 ワケがわからなくなりながら体を反転させられ、腰を引き寄せられ、臀部でんぶを突き出す格好になった。


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