一度私が振ったらしい美形の歳下ワンコくんが溺愛してきます。

森野きの子

文字の大きさ
上 下
50 / 50

50

しおりを挟む
 マロンブラウンにカラーリングされた長めのパーマヘアに顎髭、ダークなチョコレートブラウンのスリーピーススーツにサックスブルーのシャツ、ネイビーのネクタイの男の人が困り顔で会釈した。
「すみません。井上、しの、さんで間違いないでしょうか?」
「さいとうしゅういちさん?」
「は、はい! 斉藤柊一です。小野塚淳の代わりにお迎えにあがりました。すみません。皆さん出てこられたのは見えたんですが、電話の対応をしておりまして、出遅れてしまいました」
「いえ、大丈夫です」
 斉藤さんはスーツの色んなところのポケットに手を入れながら、わたわたとあちこち何かを探している。
 なにしてんだろ。
「あ、あ、あの、えと、ええと、すみません。名刺を……」
「ああ……」
「すみません。身元不明の男に話しかけられて不快ですよね。えと……。少々お待ちください」
 と、思い出したように一瞬宙を仰ぐ。そして一旦車に戻ってまたこちらに小走りでやってきた。
「お待たせしてしまって大変申し訳ありませんでした。小野塚の遣いで参りました斉藤柊一と申します」
 と、木(紙の薄さにスライスされてる)に印刷された名刺を出した。
「ご丁寧にありがとうございます。私、生憎名刺を持ってないんですけど、あ。保険証か何かご覧になります?」
「あ。大丈夫です。お顔は存じ上げておりますので」
「え。なんでですか?」
「淳くんに見せてもらいました」
「……え?」
「あ。失礼しました。小野塚から確認させて頂いております」
「いや、そこじゃない。そこじゃないです、斉藤さん! なんで私の顔確認できたんですか?」
「お店のウェブサイトの指名一覧です」
「あ! なるほど!」
「では、行きましょうか」
 と、促されて助手席に乗り込む。
「麻布のマンションにお送りしてよろしいですか?」
「はい。お願いします……」
 よく見るとこの人の目、天然のヘーゼルブラウンだ。なるほど彫りが深くて甘めの端正な顔立ち。
「あ……あの、私の顔に何かついてます……?」
 斉藤さんが気まずそうに私を見返す。
「いえ。じゅ、あ、いや、小野塚くんが言ってた通りの男前だなと!」
「お気遣いなく。私、下まつげモッサリーニとか、石油王とか、ラクダとか呼ばれてきたんです。そういうの辛くなるので勘弁してください」
「あ。すみません。そんなつもりはなかったんですけど……、大変だったんですね」
 むしろ笑ってはいけない思い出話するの勘弁して。過去のクラスメイト、ラテン系なのかアラブ系なのかわからないごっちゃにしたあだ名やめてあげて。
「ええ。最終的にはゲモッサとか訳の分からないあだ名に行きついて本当に辛かったです」
 ねえ。これ、笑ってはいけないシリーズ始まってる? むしろ笑わせたい? わからないギリギリの線のボケ?
「じゅ、淳くんはその頃からのお友達ですか?」
「いえ。私は五歳歳上で、子供の時はまったく接点はなかったですね」
「では大人になってから?」
「はい。大学を卒業して外資系企業で働いていたんですけど、すぐ精神的にやられちゃって。半年ほど引きこもっていた時に、淳くんに今の仕事に誘われたんです。最初は母の雇用主なので仕方なく引き受けたんですけど、彼とはすごくリラックスして働けるので救われました」
「そうなんですか。それはよかったですね」
「はい」
 穏やかな微笑みを浮かべる。ゲモッサ、見た目だけなら入れ食いでモテそうなのに。心の壁が分厚くて女性を寄せ付けないタイプかな。
「井上さんのことは、結構、淳くんから聞いてます」
「え」
「憧れの人だったそうで」
「やめましょう。その話」
「あ。はい。なんか、すみません」
 車を走らせ、マンションへ向かう道中、ゲモッ、いや、斉藤さんは喋らなくなった。あまりお喋りは得意では無さそう。接客業の端くれなので雰囲気でわかる。私も元来トークは苦手なので助かる。さりげなくBGMをかけてくれて、沈黙を誤魔化してくれた。
「玄関までお送りしたら帰りますのでご安心を」
 降りる時に手を貸してくれて、本当に玄関のドアを開けて、鍵を閉めて帰って行った。自動で点灯する室内灯にビビり、まだ馴染めない部屋に一人きり。手入れの行き届いたキレイな部屋で、どうしていいかわからない。とりあえずシャワーを浴びて、リビングのソファでTVをつけてみる。喉が渇いたので水道水を飲んで一息つく。やっぱり、自分の家に帰ればよかったかも。時計を見ると、もうすぐ日付も変わりそうだった。お天気キャスターが明日は雨だと言った。明後日は月曜日。店休日で講習会もない。このことを淳くんに話したら喜んでくれるかな。それとも、仕事で忙しいかな。早く帰ってこないかな。着た方がエロいと言われた部屋着で待っているのも気恥しいので十分丈のスエットとオーバーサイズのTシャツを着た。こういう時は何が正解なんだろう。あざとくエロい部屋着でいたほうがいいのだろうか。でも、やっぱり恥ずかしいからこのままにしとこう。ソファで三角座りをしながら、いつの間にか船を漕いでいた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

処理中です...