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「ねえ、小野塚くん。ここの家賃っていくら? やっぱりルームシェアなら私も出すべきだと思う。このご飯代も」
「ここ分譲だし、生活費は親の会社から経費で出るし、おれも直接支払ってないから、おれが貰うのおかしくない?」
「会社から出るの?」
「うん。月いくらって決まってて、そっから必要な分を賄っていくんだよ。でもおれはおれで会社持ってるから必要ないんだけど。ま、あちらの都合もあってね。それからおれが持ってるお金って銀行の利子だから、それをわざわざ井上さんから貰うなんてできないよ」
「そんなことってあるの?」
「ずっとそういうやり方だったから他はどうか知らないけど、あるんですよ」
返す言葉もない。絶句していると、小野塚くんは優しく微笑む。
「だからさ、こっちのことは気にしないで、井上さんは自分で稼いだ分は自分で使って。ね?」
これはもう頷くしかないのか。むしろ金銭的な話を切り出した私が野暮なのか。こんなんでいいの? 私の人生いきなりイージーモード。
「じゃあ、たべよう。いただきます」
「……いただきます」
このまま、この蜂蜜の濁流みたいな流れに身を任せるのは危険だ。だって、愛は永遠じゃない。恋は火花みたいなものだ。結婚しても子供がいても、切れる時はあっさりと切れる。
そういえばうちの会社に寮があったはず。二人部屋と四人部屋。共同生活に自信がなかったから、あのアパートに住んでいたけれど、これからはそんなこと言っていられない。
「私が邪魔になったら出ていくけど、最低一ヶ月は待ってね」
「なんでおれ主体なの? しかもおれだけ悪い奴じゃん。一日目で不安だらけなのは分かるけど、おれだって傷つくよ」
といって、茹でた海老とブロッコリーを刺したフォークを口に運ぶ。う。たしかに、私、自分の心配しかしてない。それから数十秒の沈黙。手持ち無沙汰で私もたことセロリのマリネにフォークを持った手を伸ばす。口に入れて咀嚼したけどイマイチ味がしない。ごくっと飲み込んで、言葉を吐き出す。
「ごめんなさい。私、自分のことしか考えてなかった」
「井上さんってさ、周りに頼ったことないんでしょ。だからそうやってなんでも一人で考えちゃうんだろうね」
「頼ったことがないんじゃなくて、ぼっちだったんだよ。人付き合い慣れてないだけ。ごめんね。ウザイよね」
自分のことでしんみりするのは好きじゃない。自分が主体になるのは苦手だ。はあ、と小野塚くんの溜息に胃が重くなる。
「一回セックスしたくらいじゃ恋人面もさせてもらえない。おれたちお互い好き同士だったんじゃないの?」
「そ、それはそうだけど……!」
「部屋入った瞬間から襲いたいのも我慢して同棲開始の記念すべき晩餐を優先して、こんな話だもんな」
「ごめん……なさい」
小野塚くんはソファの背もたれに背中を預けて天井を仰ぐ。
「うーん。ちょっとさ、お互い苗字呼びやめてみない? たぶんそういう距離感がよくないんじゃない?」
「え。そこ?」
「うん。なんか、学校とか職場の知り合いみたいじゃん」
「そう? でもさすがに知り合い程度の人と寝たりしないんですけど」
「例えだからね。はい。じゃ、名前呼びスタート」
といって同時に黙り込む。
「いや、言い出しっぺ」
思わず突っ込んでしまう。
「だって、いざ口にしようとしたら、めちゃくちゃ緊張しちゃって……」
と、顔を両手で覆う。
「いやマジで、おれ、井上さんのこと名前で呼んじゃっていいの?」
「じゃあ、私はどうなの? 小野塚くん、じゃなくて淳くんって呼ぶの? 淳くん」
「うわぁー!」
小野塚くんは両手で顔を覆ったまま、足をばたつかせる。
「うわあ。おれ、今、超幸せじゃん! なにこれ! やば」
そんなに喜ぶとこ?
「えー。おれ、なんて呼ぼう。えー。えー。栞乃さん? うわー。言っちゃった!」
なんか、大型犬がオモチャでバタバタ遊んでるみたいだ。
「淳くん」
「はい」
呼ぶとピタリと動きを止める。うずうずした眼差しでこちらを見る。
「ごめんね。嫌な気持ちにさせて」
「いや、もう今、おれ超幸せだから大丈夫。ワイン開ける? それともシャンパン?」
「私、ワイン、あんまり飲めないから……」
「じゃあ、なにか炭酸で割る? もうせっかくだから乾杯しよう」
小野塚くん、いや、淳くんはソファから跳ねるように立ち上がる
「栞乃さん。大好きだよ」
と、頬にキスをくれた。たしかに。今までで一番の破壊力だった。
「ここ分譲だし、生活費は親の会社から経費で出るし、おれも直接支払ってないから、おれが貰うのおかしくない?」
「会社から出るの?」
「うん。月いくらって決まってて、そっから必要な分を賄っていくんだよ。でもおれはおれで会社持ってるから必要ないんだけど。ま、あちらの都合もあってね。それからおれが持ってるお金って銀行の利子だから、それをわざわざ井上さんから貰うなんてできないよ」
「そんなことってあるの?」
「ずっとそういうやり方だったから他はどうか知らないけど、あるんですよ」
返す言葉もない。絶句していると、小野塚くんは優しく微笑む。
「だからさ、こっちのことは気にしないで、井上さんは自分で稼いだ分は自分で使って。ね?」
これはもう頷くしかないのか。むしろ金銭的な話を切り出した私が野暮なのか。こんなんでいいの? 私の人生いきなりイージーモード。
「じゃあ、たべよう。いただきます」
「……いただきます」
このまま、この蜂蜜の濁流みたいな流れに身を任せるのは危険だ。だって、愛は永遠じゃない。恋は火花みたいなものだ。結婚しても子供がいても、切れる時はあっさりと切れる。
そういえばうちの会社に寮があったはず。二人部屋と四人部屋。共同生活に自信がなかったから、あのアパートに住んでいたけれど、これからはそんなこと言っていられない。
「私が邪魔になったら出ていくけど、最低一ヶ月は待ってね」
「なんでおれ主体なの? しかもおれだけ悪い奴じゃん。一日目で不安だらけなのは分かるけど、おれだって傷つくよ」
といって、茹でた海老とブロッコリーを刺したフォークを口に運ぶ。う。たしかに、私、自分の心配しかしてない。それから数十秒の沈黙。手持ち無沙汰で私もたことセロリのマリネにフォークを持った手を伸ばす。口に入れて咀嚼したけどイマイチ味がしない。ごくっと飲み込んで、言葉を吐き出す。
「ごめんなさい。私、自分のことしか考えてなかった」
「井上さんってさ、周りに頼ったことないんでしょ。だからそうやってなんでも一人で考えちゃうんだろうね」
「頼ったことがないんじゃなくて、ぼっちだったんだよ。人付き合い慣れてないだけ。ごめんね。ウザイよね」
自分のことでしんみりするのは好きじゃない。自分が主体になるのは苦手だ。はあ、と小野塚くんの溜息に胃が重くなる。
「一回セックスしたくらいじゃ恋人面もさせてもらえない。おれたちお互い好き同士だったんじゃないの?」
「そ、それはそうだけど……!」
「部屋入った瞬間から襲いたいのも我慢して同棲開始の記念すべき晩餐を優先して、こんな話だもんな」
「ごめん……なさい」
小野塚くんはソファの背もたれに背中を預けて天井を仰ぐ。
「うーん。ちょっとさ、お互い苗字呼びやめてみない? たぶんそういう距離感がよくないんじゃない?」
「え。そこ?」
「うん。なんか、学校とか職場の知り合いみたいじゃん」
「そう? でもさすがに知り合い程度の人と寝たりしないんですけど」
「例えだからね。はい。じゃ、名前呼びスタート」
といって同時に黙り込む。
「いや、言い出しっぺ」
思わず突っ込んでしまう。
「だって、いざ口にしようとしたら、めちゃくちゃ緊張しちゃって……」
と、顔を両手で覆う。
「いやマジで、おれ、井上さんのこと名前で呼んじゃっていいの?」
「じゃあ、私はどうなの? 小野塚くん、じゃなくて淳くんって呼ぶの? 淳くん」
「うわぁー!」
小野塚くんは両手で顔を覆ったまま、足をばたつかせる。
「うわあ。おれ、今、超幸せじゃん! なにこれ! やば」
そんなに喜ぶとこ?
「えー。おれ、なんて呼ぼう。えー。えー。栞乃さん? うわー。言っちゃった!」
なんか、大型犬がオモチャでバタバタ遊んでるみたいだ。
「淳くん」
「はい」
呼ぶとピタリと動きを止める。うずうずした眼差しでこちらを見る。
「ごめんね。嫌な気持ちにさせて」
「いや、もう今、おれ超幸せだから大丈夫。ワイン開ける? それともシャンパン?」
「私、ワイン、あんまり飲めないから……」
「じゃあ、なにか炭酸で割る? もうせっかくだから乾杯しよう」
小野塚くん、いや、淳くんはソファから跳ねるように立ち上がる
「栞乃さん。大好きだよ」
と、頬にキスをくれた。たしかに。今までで一番の破壊力だった。
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