33 / 50
33
しおりを挟む
玄関のドアを開けると、奥の部屋に正座で座っている女性の背中があった。懐かしい母の背中だ。アイロンがけをしている。私は制服を着ている。高校生だ。ああ、お母さんが生きている。と安堵で胸を撫で下ろす。ただいまと声をかけても返事はない。母に近づき、肩越しに手元をのぞきこんでみると、ごしごしとアイロンでシーツをこすっている。お母さんどうしたの? ともう一度声をかける。汚いの。汚いのよ、と静かに怒りを込めた声で振り向く。顔が分からない。
ハ、と息を吸い込んで目が覚めた。薄明かりの朝の青い空気の中、見慣れた天井を見つめる。夢だとわかってホッとした。二度寝は時間調節を誤ると怠さが残る。もう少し寝ていたい気もしたけれど、また訳のわからない奇妙な夢を見るのは嫌だった。
小野塚くんは私を抱き枕だと思っているんじゃないだろうか、などと考えながら、重い腕から抜け出してトイレに行くと、生理がきたっぽい。トイレットペーパーにべったりついた薄い赤い半透明の粘液。始まるのが少し早いような。そして、思い当たる。あ、これ、もしかして、違う。
シャワーを浴びた後、再びトイレに入り、頭上に取り付けた突っ張り棒の簡易棚の袋からパンティライナーを取り出して、クロッチにつける。生理だと思わなくもないけれど、腰の重だるさも下腹の奥の鈍い疼きも別物だ。なんだか変な感じ。
トイレを出ると、奥の部屋では、ベッドマットの上で身体を起こした小野塚くんが目の辺りを擦っているところだった。
「んー。おはよー。井上さん、ちゃんと起きててえらいね」
といって大きな欠伸をした。
「おはよ。小野塚くんの今日の予定は?」
「今日は予定は入れてない……」
くわっともう一度欠伸をする。私はシャツとデニムを身につける。
「朝ごはんは?」
「昨夜コンビニで買ったやつ、冷蔵庫にいれてあるよ」
「あ、そうなんだ」
そういえば、卓袱台の上もその周りもすっきりしてる。
「片付けてくれたんだね。ありがとう」
「井上さんに無理させたからこれくらい」
ブランケットをかけた膝の上に手首をひっかけて半分体育座りのような格好で、小野塚くんはぼんやりしている。
「……ずっと一緒にいて四六時中セックスしていたい……」
彼の突拍子もない呟きに吹いてしまった。
「無理だよそれ」
「願望を呟いとくと現実になる……」
ゆらゆらと頭を揺らしながら、どうも睡魔と戦っているようだ。
「今日は絶対無理」
「いつか叶えばいい……」
「朝ごはんは食べる?」
「ううん。ねえ。井上さん」
「ん。なあに?」
「今日はここにいてもいい?」
「いいけど、仕事は? 大丈夫なの?」
「大丈夫。今までの仕事は一旦止めて、新しいプロジェクト始めてるところなんだ」
「そうなの? 大変じゃない?」
「裏方に回るから、今までより束縛はないかな。あ、でも、今度やるTGFが表立ってやる仕事のラストかも。あ、トーキョーガールズフェスティバル? 知ってる?」
「うん。知ってる。へえ。そうなんだ」
東京ガールズフェスティバルの名前にドキッとした。けれど、私も参加するんだとは言えなかった。
「あ。シークレット枠だから内密に」
と長い人差し指を唇に当てた。
「言わないよ」
洗面台で化粧にとりかかる。ギシ、と足音がして、鏡越しに敷居の間に立っている小野塚くんと目が合う。
「なんか恥ずかしいから見ないで」
「そのセリフすっげーくる」
「やめてよー! 本当にやりづらくなるから」
「ごめん。けど、また言ってほしい」
「別の機会にでも」
「どんな機会なんだろ。楽しみ。シャワー借りるね」
と言って、頭頂部にキスして浴室に入っていった。
ハ、と息を吸い込んで目が覚めた。薄明かりの朝の青い空気の中、見慣れた天井を見つめる。夢だとわかってホッとした。二度寝は時間調節を誤ると怠さが残る。もう少し寝ていたい気もしたけれど、また訳のわからない奇妙な夢を見るのは嫌だった。
小野塚くんは私を抱き枕だと思っているんじゃないだろうか、などと考えながら、重い腕から抜け出してトイレに行くと、生理がきたっぽい。トイレットペーパーにべったりついた薄い赤い半透明の粘液。始まるのが少し早いような。そして、思い当たる。あ、これ、もしかして、違う。
シャワーを浴びた後、再びトイレに入り、頭上に取り付けた突っ張り棒の簡易棚の袋からパンティライナーを取り出して、クロッチにつける。生理だと思わなくもないけれど、腰の重だるさも下腹の奥の鈍い疼きも別物だ。なんだか変な感じ。
トイレを出ると、奥の部屋では、ベッドマットの上で身体を起こした小野塚くんが目の辺りを擦っているところだった。
「んー。おはよー。井上さん、ちゃんと起きててえらいね」
といって大きな欠伸をした。
「おはよ。小野塚くんの今日の予定は?」
「今日は予定は入れてない……」
くわっともう一度欠伸をする。私はシャツとデニムを身につける。
「朝ごはんは?」
「昨夜コンビニで買ったやつ、冷蔵庫にいれてあるよ」
「あ、そうなんだ」
そういえば、卓袱台の上もその周りもすっきりしてる。
「片付けてくれたんだね。ありがとう」
「井上さんに無理させたからこれくらい」
ブランケットをかけた膝の上に手首をひっかけて半分体育座りのような格好で、小野塚くんはぼんやりしている。
「……ずっと一緒にいて四六時中セックスしていたい……」
彼の突拍子もない呟きに吹いてしまった。
「無理だよそれ」
「願望を呟いとくと現実になる……」
ゆらゆらと頭を揺らしながら、どうも睡魔と戦っているようだ。
「今日は絶対無理」
「いつか叶えばいい……」
「朝ごはんは食べる?」
「ううん。ねえ。井上さん」
「ん。なあに?」
「今日はここにいてもいい?」
「いいけど、仕事は? 大丈夫なの?」
「大丈夫。今までの仕事は一旦止めて、新しいプロジェクト始めてるところなんだ」
「そうなの? 大変じゃない?」
「裏方に回るから、今までより束縛はないかな。あ、でも、今度やるTGFが表立ってやる仕事のラストかも。あ、トーキョーガールズフェスティバル? 知ってる?」
「うん。知ってる。へえ。そうなんだ」
東京ガールズフェスティバルの名前にドキッとした。けれど、私も参加するんだとは言えなかった。
「あ。シークレット枠だから内密に」
と長い人差し指を唇に当てた。
「言わないよ」
洗面台で化粧にとりかかる。ギシ、と足音がして、鏡越しに敷居の間に立っている小野塚くんと目が合う。
「なんか恥ずかしいから見ないで」
「そのセリフすっげーくる」
「やめてよー! 本当にやりづらくなるから」
「ごめん。けど、また言ってほしい」
「別の機会にでも」
「どんな機会なんだろ。楽しみ。シャワー借りるね」
と言って、頭頂部にキスして浴室に入っていった。
7
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる