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「困ったことがあったらいつでも相談してこい」
 別れ際にそんなことを言われて面食らってしまった。私の住んでいるアパートは築三十五年のお洒落シティから取り残された昭和レトロ。それと、吉沢さんを交互に見て、私は頷いてお礼を言った。
大丈夫です。ありがとうございます、と。
 吉沢さんが角を曲がっていくまで見送ってアパートに入った。さっきのお店でデザートまで食べたのに、なんだか物足りない。
 私はドラマみたいな展開を期待していた。吉沢さんが私に対する好意をほのめかしてくるんじゃないかって。
 アパートのワンルームで一人、猛烈な羞恥に襲われ、枕に顔を埋めて絶叫している二十九歳・女を、誰か今すぐ消してください。
 ああああ。肩透かしも甚だしいよ。いや、なに期待していたの!? 彼氏いない歴年齢のくせに。美人って言われたの真に受けちゃった? 社交辞令だよ! あああ。すみません。ぶっちゃけ、吉沢さんのこといいなって思いました。思ってしまいました。よこしまな目で見てごめんなさい。わざわざご飯誘ってくれたから勘違いしました。だって、ぼっちなんだもん。人間関係希薄すぎるんだもん。どうせ私なんて厚意と好意の違いも読み取れない人間です。
 延々と後悔と羞恥と懺悔に蝕まれながら、シャワーを浴びて寝る支度をして、ベッドに入ってもしばらくは眠れなかった。

 翌日、顔のむくみがさらに自己嫌悪を増殖させる目覚め。

 ふふ。私みたいな恥の塊は黙ってウィッグと向き合い続けていればいいのよ。他者と関わろうとするから恥を重ねてしまうのよ……。

 アラームはまだ鳴ってない。確認がてらスマホを見ると、吉沢さんからメッセージがきていた。


『今日は来てくれてありがとう。また誘ってもいいか?』


 自己嫌悪も吹き飛ぶ、別れて十分も経たずに送ってくれていた優しいメッセージ。

 バカ~! 私の馬鹿! 返信も既読もなしで朝って! 逆の立場になったら地獄じゃないの。

 いや、私の場合は地獄だけど、海千山千(失礼)の吉沢さんにとってはそよ風くらいのダメージかもしれない。


『おはようございます。昨夜はありがとうございました。また誘ってもらえたら嬉しいです』


 送信、と。よかった。とりあえず、また誘ってもらえ……いや、待って。社交辞令だよ。期待しすぎるのはよくない。ドキドキするのは仕方ない。だって嬉しいんだもの。

 スマホを置いて、歯を磨いて、顔のマッサージをして、化粧をし、トーストとゆで卵と牛乳の朝食を済ませ、お昼のおにぎりを作った。中身はしそ昆布と瓶詰めのほぐし鮭。

 いつもの五倍はスマホをチラ見している自分がいた。

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