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「嫌な気持ちにさせたら、ホント、ごめん……」
あまりにしゅんと眉を下げるものだから、とてもキリッとした男の子なのに可愛らしく思った。
なんだか、いつもと違う感覚。フワフワしてて、暖かい。眠たいような、そうじゃないような。私、いつもより、なんだか元気かもしれない。なんだってやれそうな、わくわくした気分。なんだろう、これ。
「大丈夫。ね、私、こういうの、なにもかも初めてなの。せっかくだから、色々教えて」
小野塚くんは目を瞬かせ、一瞬固まったあと、うんと頷いた。
「でもさ、今みたいなこと、あんまり男に言わない方がいいよ。なんか、おれ、今の、勘違いしそうだもん」
「勘違い?」
「あ、いや、その、なんていうか、男って、女の子が思っているのと違うベクトルで大幅に勘違いしたりするから、色々教えてとか、あんまり言わないほうがいいんじゃないかな」
「そうなの? 私、本当に人付き合いとか、ほとんどしてこなかったから、よくわからなくて。クールとか、かっこいいとか、そんなんじゃなくて、ごめん」
「いや、こっちが勝手に思ってただけだから謝ることじゃないよ」
あ、なんか私、今、めんどくさい感じかも。どうしよう。話題、なにか、ないかな。うん。ない。
「あー、そういえば、小野塚くんは就職先どこに決まった?」
「おれ? もちろん親の会社。兄が三人、姉が一人いて直接の後継者とかにはなれないんだけど、美容部門もあるから、そこで」
「ああそうなんだ。ということは、Ry.o beaute|(アールワイオー・ボーテ)の本社? わー華々しいね。かっこいい」
小野塚くんが首を傾げる。
「井上さん、ズレてんね?」
「あ、やっぱり? きっとそうだと思う。へへ。ごめんね、こんなんで」
よくわからないけど、楽しくなってきた。
「謝んなくていいよ。笑うと可愛いね」
さらりと出た“可愛い”は私のことじゃないみたいだ。可愛いなんて私に向けられる言葉じゃないから、響かない。
「あはっ。男の人に可愛いなんて初めて言われた。お父さんにも言われたことないのに」
自分で言ってとても悲しくなった。楽しいフワフワした気持ちを突き破るような悲しみに涙が零れそうになった。
「え? 井上さん、大丈夫?」
「だ、大丈夫。ごめ、ごめん。変なことばっかり言ってビックリさせたよね。なんだろ、感情の振り幅がかつてないくらいおかしい。ごめん、帰る」
席を立つと、足に力が入らない。ぐらりと視界が揺れた。辛うじて肘置きに掴まり転倒は免れた。小野塚くんも席をたち、私の方へきて、私の左肩に左腕を回して、右手で私の右手首を掴む。
「マジで大丈夫? おれが支えとくから。どう? 歩けそう?」
あまりの至近距離に頭の中がぐるぐる回る。
「え? え? 待って」
私は口走る。小野塚くんからいい匂いがする。男の人の香水。たぶん。腕の太さとか固さとか、未知の感触に脳の処理がついて行かない。
「無理そう? 一回座る?」
そうじゃない。男の人と密着してパニクってるなんて説明、恥ずかしくてできない。小野塚くんに促され、もう一度座り、軽い目眩をやり過ごす。彼はカウンターに行って水を貰ってきてくれた。
「ありがとう」
大きめのタンブラーに入った冷たい水がするする入っていく。ああ。私、渇いていたんだな。はあ。と一息つくと、小野塚くんの心配そうな黒い瞳とぶつかった。
「大丈夫? 気分悪い?」
「ううん。もう大丈夫。お酒、初めて飲んだせいかな」
「えっ」
「飲み会に誘われたのも初めてだったんだ。私、ヤバいでしょ」
小野塚くんは答えずに、じっと私を見ている。
「なら尚更、一人で帰ろうとしちゃダメだ。おれが送る」
「この辺タクシーあるから大丈夫だよ」
「つーか、こんなところで一人にしないでよ。可哀想だろ、おれが」
変わった言い回しに笑ってしまう。面白い子。
「でも、小野塚くん、ここの常連さんみたいだし」
「そういうことじゃない。井上さん、物事知らなさすぎ」
「ごめん……」
小野塚くんはなにか考えるような顔をして、んん、と咳払いをした。
「どうする? このあと。帰りたい? でも井上さん、何にも食べてないよね?」
「なんだかビールでお腹ふくらんじゃって」
「なんか腹にいれといたほうがいいよ」
と、メニュー表をくれた。一応、めくってみたけれど、食べたいという気持ちはわかない。
「うーん。やっぱりいいや」
メニューを閉じて戻す。
「じゃ、帰る?」
「んー。そうだね。お腹いっぱいだし、帰ろうかな」
壁にかかった時計を見ると、二十時ちょっと過ぎ。十九時に待ち合わせして、この店に来てまだ一時間も経ってない。
「まだこんな時間なんだ」
「おれ、まだ話し足りないんだけど、井上さんはこのあと時間もうない?」
小野塚くんの顔がほんのり赤い。帰るなんて言ったの、失礼だったかな。少し怒らせたかも。
「大丈夫。帰っても一人だし、時間はありあまってるよ。ただ、ご飯食べるお店にお腹いっぱいなのにいても悪いかなって」
というと、小野塚くんが笑った。
「じゃあ、おれんち行こうよ」
とてもフラットなお誘い。なんだか、これは、乗っておこうと思った。最初で最後の学生ノリ。若さの証明書。卒業記念だ。
経験はなくても、情報はある。ドラマや映画でみたことのある若気の至りが、今、私にも訪れるかもしれない。
きっと彼には取るに足らない事象。私のことはすぐ忘れてしまうだろう。恋も知らない私だけど、男女の妙を知れそうな気がする。深くならなくていい。母の失敗を知っているから。でも、人並みのことは知りたい。
――なんて、早合点もいいところ。
私が彼をそんなに行動的にさせるはずもないのに。
珍しく自意識過剰な自分に苦笑を禁じ得ない。
あまりにしゅんと眉を下げるものだから、とてもキリッとした男の子なのに可愛らしく思った。
なんだか、いつもと違う感覚。フワフワしてて、暖かい。眠たいような、そうじゃないような。私、いつもより、なんだか元気かもしれない。なんだってやれそうな、わくわくした気分。なんだろう、これ。
「大丈夫。ね、私、こういうの、なにもかも初めてなの。せっかくだから、色々教えて」
小野塚くんは目を瞬かせ、一瞬固まったあと、うんと頷いた。
「でもさ、今みたいなこと、あんまり男に言わない方がいいよ。なんか、おれ、今の、勘違いしそうだもん」
「勘違い?」
「あ、いや、その、なんていうか、男って、女の子が思っているのと違うベクトルで大幅に勘違いしたりするから、色々教えてとか、あんまり言わないほうがいいんじゃないかな」
「そうなの? 私、本当に人付き合いとか、ほとんどしてこなかったから、よくわからなくて。クールとか、かっこいいとか、そんなんじゃなくて、ごめん」
「いや、こっちが勝手に思ってただけだから謝ることじゃないよ」
あ、なんか私、今、めんどくさい感じかも。どうしよう。話題、なにか、ないかな。うん。ない。
「あー、そういえば、小野塚くんは就職先どこに決まった?」
「おれ? もちろん親の会社。兄が三人、姉が一人いて直接の後継者とかにはなれないんだけど、美容部門もあるから、そこで」
「ああそうなんだ。ということは、Ry.o beaute|(アールワイオー・ボーテ)の本社? わー華々しいね。かっこいい」
小野塚くんが首を傾げる。
「井上さん、ズレてんね?」
「あ、やっぱり? きっとそうだと思う。へへ。ごめんね、こんなんで」
よくわからないけど、楽しくなってきた。
「謝んなくていいよ。笑うと可愛いね」
さらりと出た“可愛い”は私のことじゃないみたいだ。可愛いなんて私に向けられる言葉じゃないから、響かない。
「あはっ。男の人に可愛いなんて初めて言われた。お父さんにも言われたことないのに」
自分で言ってとても悲しくなった。楽しいフワフワした気持ちを突き破るような悲しみに涙が零れそうになった。
「え? 井上さん、大丈夫?」
「だ、大丈夫。ごめ、ごめん。変なことばっかり言ってビックリさせたよね。なんだろ、感情の振り幅がかつてないくらいおかしい。ごめん、帰る」
席を立つと、足に力が入らない。ぐらりと視界が揺れた。辛うじて肘置きに掴まり転倒は免れた。小野塚くんも席をたち、私の方へきて、私の左肩に左腕を回して、右手で私の右手首を掴む。
「マジで大丈夫? おれが支えとくから。どう? 歩けそう?」
あまりの至近距離に頭の中がぐるぐる回る。
「え? え? 待って」
私は口走る。小野塚くんからいい匂いがする。男の人の香水。たぶん。腕の太さとか固さとか、未知の感触に脳の処理がついて行かない。
「無理そう? 一回座る?」
そうじゃない。男の人と密着してパニクってるなんて説明、恥ずかしくてできない。小野塚くんに促され、もう一度座り、軽い目眩をやり過ごす。彼はカウンターに行って水を貰ってきてくれた。
「ありがとう」
大きめのタンブラーに入った冷たい水がするする入っていく。ああ。私、渇いていたんだな。はあ。と一息つくと、小野塚くんの心配そうな黒い瞳とぶつかった。
「大丈夫? 気分悪い?」
「ううん。もう大丈夫。お酒、初めて飲んだせいかな」
「えっ」
「飲み会に誘われたのも初めてだったんだ。私、ヤバいでしょ」
小野塚くんは答えずに、じっと私を見ている。
「なら尚更、一人で帰ろうとしちゃダメだ。おれが送る」
「この辺タクシーあるから大丈夫だよ」
「つーか、こんなところで一人にしないでよ。可哀想だろ、おれが」
変わった言い回しに笑ってしまう。面白い子。
「でも、小野塚くん、ここの常連さんみたいだし」
「そういうことじゃない。井上さん、物事知らなさすぎ」
「ごめん……」
小野塚くんはなにか考えるような顔をして、んん、と咳払いをした。
「どうする? このあと。帰りたい? でも井上さん、何にも食べてないよね?」
「なんだかビールでお腹ふくらんじゃって」
「なんか腹にいれといたほうがいいよ」
と、メニュー表をくれた。一応、めくってみたけれど、食べたいという気持ちはわかない。
「うーん。やっぱりいいや」
メニューを閉じて戻す。
「じゃ、帰る?」
「んー。そうだね。お腹いっぱいだし、帰ろうかな」
壁にかかった時計を見ると、二十時ちょっと過ぎ。十九時に待ち合わせして、この店に来てまだ一時間も経ってない。
「まだこんな時間なんだ」
「おれ、まだ話し足りないんだけど、井上さんはこのあと時間もうない?」
小野塚くんの顔がほんのり赤い。帰るなんて言ったの、失礼だったかな。少し怒らせたかも。
「大丈夫。帰っても一人だし、時間はありあまってるよ。ただ、ご飯食べるお店にお腹いっぱいなのにいても悪いかなって」
というと、小野塚くんが笑った。
「じゃあ、おれんち行こうよ」
とてもフラットなお誘い。なんだか、これは、乗っておこうと思った。最初で最後の学生ノリ。若さの証明書。卒業記念だ。
経験はなくても、情報はある。ドラマや映画でみたことのある若気の至りが、今、私にも訪れるかもしれない。
きっと彼には取るに足らない事象。私のことはすぐ忘れてしまうだろう。恋も知らない私だけど、男女の妙を知れそうな気がする。深くならなくていい。母の失敗を知っているから。でも、人並みのことは知りたい。
――なんて、早合点もいいところ。
私が彼をそんなに行動的にさせるはずもないのに。
珍しく自意識過剰な自分に苦笑を禁じ得ない。
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