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ラムレザーの柔らかそうなシングルジャケットにジャストサイズのクルーネックシャツと、スキニーパンツにショートブーツ。シンプルさがヘアスタイルのインパクトとのバランスが取れている。
小野塚くんと私は偶然にも、同じ時期に入学した。
お爺さんは世界で活躍するデザイナーのリョウ・オノツカで、お母さんが元モデルで女優の小野塚美澪という華麗なる一族のご子息で、モデルみたいなルックスの持ち主で、学校でもトップクラスで目立っていた。
今までほとんど接点なんてなかったのに、どういうことなのだろう。
むしろ彼が私の苗字を知っていたのが驚きだ。
「じゃあ、皆入ろっか。GOGO!」
彼の一言でぞろぞろと動き出す。その一行の後ろを歩いていた私の更に後ろを歩く小野塚くんの気配が間近になったかと思うと、手首を掴まれた。
「走って逃げよう」
コソッと耳打ちされ、何がなんだかわからなくなった。彼は強引すぎない程度に私の手を引き、居酒屋と反対方向に向かった。私もつられて走りだす。気づいた女の子たちの文句が聞こえる。
「ごめーん。おれたち抜けるわー!」
と、小野塚くんは追手に向かって叫んだ。
三十メートルほど走ってようやく止まった。お互い肩で息をしていて、すぐには二の句を継げないでいる。
「はー。まだちょっと寒い時期でよかった。てか、ごめん。ヒール傷んじゃったよね?」
小野塚くんはそう言って、しゃがむと、私のアキレス腱を覗き込んだ。
「よかった。怪我してなくて」
と、見上げてニッと笑う。
「あ、あの、な、なんで……」
「おれ、ずっと井上さんと話してみたかったんだ」
「え?」
「ま、とりあえず入ろっか」
と、小野塚くんの指す方を見ると、多国籍な雰囲気の小さなダイニングバーがあった。
中に入ると店員さんと親しげに挨拶を交わしている。どうやら彼は最初からここにくるつもりだったようだ。
「ビールでいい?」
頷くと、彼は店員さんに注文した。
すぐに四切りのライムが刺さった外国製の瓶ビールが、二つテーブルに置かれた。
聞いたことのない音楽、飲んだことのないメキシコのビール、初めてのお店。私は小野塚くんの見よう見まねでビールにライムを瓶に押し込むように絞り、言われるがまま、瓶と瓶を軽くぶつけて、小野塚くんがするように、瓶に直接口をつけた。
ライムが引っかかって飲みづらい。でも小野塚くんは器用に飲み干し、二本目を注文する。私もどうかと目配せされたけれど、まだ大丈夫だと断った。
小野塚くんが三本目をオーダーする時に私も二本目を頼んだ。初めて飲むビールは思いのほか美味しかった。
「おれたち一回会ってるの知ってる?」
一息ついた彼が言った。私が曖昧に首を傾げると、ぶはっと笑った。そして、やはり、あのオープンキャンパスのことを話してくれたけれど、なんとなく曖昧なまま誤魔化してしまった。
「あーあ。おれ、この髪型もあって結構インパクトあるから覚えられやすいと思ってたんだけどな」
と口を尖らせる。
「あの後、喪服着たまま中入ってったでしょ? 何事かと思ってなんか覚えてたんだ。そしたら、同じ学年でいるし、でも、他人寄せつけないオーラバンバン出してるし、実習だなんだって忙しかったから、声かけそびれてたんだよね」
「それは、小野塚くんが私にそこまで興味がなかったからじゃないかな」
あ、いけない。と気づいたものの出てしまったものはもう遅い。
「いいね。なんか、いい感じの意地悪。ゾクッときた」
「え?」
予想外の返答に思わず眉をひそめてしまった。普通、気分を害するところじゃないのだろうか。
「そんな邪険にしないで。ゆっくり話してみたかったんだ。井上さん、ずっと遅くまで実習室で練習してたよね」
「私の家アパートで、その、古いところだし、畳だから、自分ちより学校の方が片付けも手早くできてよかったから……」
「そう? 普段からあんまり人とつるんだりせずに黙々と、あ、いや、淡々と? 一人で行動してたし、クールでかっこいいって思ってた」
次から次へと褒められるので、気恥しさから居心地が悪くなる。
「それは……、単に、あんまり誰かと一緒にいるのが得意じゃないから……」
「ふうん? じゃ、特定の誰かといるのは?」
「特定の?」
「恋人、とか……、親友とか、家族とか?」
「あ。そういうの、いたときないんだ。それに、家族はもうずいぶん前に亡くなったから。あ。ごめんなさい。暗くなっちゃうね」
「あ。いや、こっちこそ、ごめんなさい。知らなかったとはいえ、不躾でした」
と、ビールを置いて、私につむじが見えるほど頭を下げた。
ほぼ初対面の相手にこんな重い話をバカ正直に話すこともなかったんじゃないかと不安になった。
「ちょっとドン引きでしょ、暗すぎて。気にしないで。ほら、飲も」
「そんなことない」
勢いよく顔を上げた小野塚くんは、大きなオニキスみたいな黒い瞳で私を見た。
切れ長で大きな目だな、白目もしっかりしている。一つ一つハッキリしていて、整った顔立ちだ。吸い込まれるような瞳って本当にあるんだなあ、と場違いにもドキドキした。
小野塚くんと私は偶然にも、同じ時期に入学した。
お爺さんは世界で活躍するデザイナーのリョウ・オノツカで、お母さんが元モデルで女優の小野塚美澪という華麗なる一族のご子息で、モデルみたいなルックスの持ち主で、学校でもトップクラスで目立っていた。
今までほとんど接点なんてなかったのに、どういうことなのだろう。
むしろ彼が私の苗字を知っていたのが驚きだ。
「じゃあ、皆入ろっか。GOGO!」
彼の一言でぞろぞろと動き出す。その一行の後ろを歩いていた私の更に後ろを歩く小野塚くんの気配が間近になったかと思うと、手首を掴まれた。
「走って逃げよう」
コソッと耳打ちされ、何がなんだかわからなくなった。彼は強引すぎない程度に私の手を引き、居酒屋と反対方向に向かった。私もつられて走りだす。気づいた女の子たちの文句が聞こえる。
「ごめーん。おれたち抜けるわー!」
と、小野塚くんは追手に向かって叫んだ。
三十メートルほど走ってようやく止まった。お互い肩で息をしていて、すぐには二の句を継げないでいる。
「はー。まだちょっと寒い時期でよかった。てか、ごめん。ヒール傷んじゃったよね?」
小野塚くんはそう言って、しゃがむと、私のアキレス腱を覗き込んだ。
「よかった。怪我してなくて」
と、見上げてニッと笑う。
「あ、あの、な、なんで……」
「おれ、ずっと井上さんと話してみたかったんだ」
「え?」
「ま、とりあえず入ろっか」
と、小野塚くんの指す方を見ると、多国籍な雰囲気の小さなダイニングバーがあった。
中に入ると店員さんと親しげに挨拶を交わしている。どうやら彼は最初からここにくるつもりだったようだ。
「ビールでいい?」
頷くと、彼は店員さんに注文した。
すぐに四切りのライムが刺さった外国製の瓶ビールが、二つテーブルに置かれた。
聞いたことのない音楽、飲んだことのないメキシコのビール、初めてのお店。私は小野塚くんの見よう見まねでビールにライムを瓶に押し込むように絞り、言われるがまま、瓶と瓶を軽くぶつけて、小野塚くんがするように、瓶に直接口をつけた。
ライムが引っかかって飲みづらい。でも小野塚くんは器用に飲み干し、二本目を注文する。私もどうかと目配せされたけれど、まだ大丈夫だと断った。
小野塚くんが三本目をオーダーする時に私も二本目を頼んだ。初めて飲むビールは思いのほか美味しかった。
「おれたち一回会ってるの知ってる?」
一息ついた彼が言った。私が曖昧に首を傾げると、ぶはっと笑った。そして、やはり、あのオープンキャンパスのことを話してくれたけれど、なんとなく曖昧なまま誤魔化してしまった。
「あーあ。おれ、この髪型もあって結構インパクトあるから覚えられやすいと思ってたんだけどな」
と口を尖らせる。
「あの後、喪服着たまま中入ってったでしょ? 何事かと思ってなんか覚えてたんだ。そしたら、同じ学年でいるし、でも、他人寄せつけないオーラバンバン出してるし、実習だなんだって忙しかったから、声かけそびれてたんだよね」
「それは、小野塚くんが私にそこまで興味がなかったからじゃないかな」
あ、いけない。と気づいたものの出てしまったものはもう遅い。
「いいね。なんか、いい感じの意地悪。ゾクッときた」
「え?」
予想外の返答に思わず眉をひそめてしまった。普通、気分を害するところじゃないのだろうか。
「そんな邪険にしないで。ゆっくり話してみたかったんだ。井上さん、ずっと遅くまで実習室で練習してたよね」
「私の家アパートで、その、古いところだし、畳だから、自分ちより学校の方が片付けも手早くできてよかったから……」
「そう? 普段からあんまり人とつるんだりせずに黙々と、あ、いや、淡々と? 一人で行動してたし、クールでかっこいいって思ってた」
次から次へと褒められるので、気恥しさから居心地が悪くなる。
「それは……、単に、あんまり誰かと一緒にいるのが得意じゃないから……」
「ふうん? じゃ、特定の誰かといるのは?」
「特定の?」
「恋人、とか……、親友とか、家族とか?」
「あ。そういうの、いたときないんだ。それに、家族はもうずいぶん前に亡くなったから。あ。ごめんなさい。暗くなっちゃうね」
「あ。いや、こっちこそ、ごめんなさい。知らなかったとはいえ、不躾でした」
と、ビールを置いて、私につむじが見えるほど頭を下げた。
ほぼ初対面の相手にこんな重い話をバカ正直に話すこともなかったんじゃないかと不安になった。
「ちょっとドン引きでしょ、暗すぎて。気にしないで。ほら、飲も」
「そんなことない」
勢いよく顔を上げた小野塚くんは、大きなオニキスみたいな黒い瞳で私を見た。
切れ長で大きな目だな、白目もしっかりしている。一つ一つハッキリしていて、整った顔立ちだ。吸い込まれるような瞳って本当にあるんだなあ、と場違いにもドキドキした。
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