婚約破棄をされた悪役令嬢をいただきます。

森野きの子

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騎士団長と悪役令嬢

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「お言葉ですが殿下。わたくしはヴォルフガング嬢に対し礼節を忘れたことは一度もございませんわ」

 毅然とした声は、語尾でかすかに震えた。精一杯虚勢を張って婚約者として振る舞っているのだ。

 そう。彼女はいつもそうだ。凱旋後、王子の護衛として側に仕えていたジェイドはアリシアと面識があった。

 つり気味の勝ち気な眼をして一見生意気そうな印象を受ける。しかし、言葉少なだが、もとが裕福な家庭の子女だからだろう、王族とまた違ったどこかのんびりとした品がある。それに王族に名を連ねる者として懸命に王妃教育をこなしてきたのだろう。マナーも立ち場もきちんと弁えている。彼女がでしゃばったりするところを、少なくともジェイドは見たことがない。

 すみれ色の眼は澄んで明るく、手入れの行き届いた銀糸の髪は豊かな艶をたたえている。コルセットに締め上げられて窮屈そうに押し上げられた胸元は、白く陽射しに映え、成熟する前のみずみずしい果実のように膨らんでいる。
 ジェイドがこんなふうに不躾な視線を送るのは、アリシアただ一人だった。もっともアリシアは王子しか見ていないのか、その視線に気づくことはなかった。

 一年ほど前のある日の、郊外の別邸で昼下がりのティータイムでのこと。王子は青年らしく欲求に唆され、アリシアに婚前交渉を迫った。しかし彼女は頑として譲らず、きっぱりと拒絶した。常に王子の少し後ろを歩き、意見することも主張することもなかった彼女が、自らの貞操を立派に守り抜いたのだ。
 王子の寝室から泣きながら飛び出してきた彼女に何事かあったのか訊ねたが、決して真相を話すことはなかった。

 ことのあらましは王子から聞いた。というか、聞かされた。年上とはいえ同年代の気安さからか、王子はジェイドによくこういった武勇伝を聞かせるのを好んだ。
 大戦が終わり、剣の腕を誇示する武勇伝は過去のものとなり、今では色恋沙汰に関することが王侯貴族の男たちの中での武勇伝となっている。
 王子は自分の一物に恐れ慄いたのだと笑っていたが、ジェイドからすればありふれたどこにでもありそうな平均的な一物だ。そんなものに恐れ慄いたアリシアはよほど、無知で初心だったのだろう。

 王子から話を聞かされながら、腸が煮えくり返る思いがした。なんとくだらない輩だろうか。戦乱の世なら、戦火に紛れて闇討ちしてやりたいほどだった。

 仕方なく曖昧に微笑み、まだ、その時ではない。そう自らを窘め、その場をやり過ごした。

 その日から意志が強く貞淑で美しいアリシアは、剣術と戦しか知らなかったジェイドの心を占めた。そして、ただひたすら時を待った。

 王子がこの一件のあと、言い寄ってきたマリアンヌにあっさり落ちた。ジェイドがなにかしなくとも勝手にあちらが動いていった。


 そして、その時がきたのだ。


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