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無関心
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思った通り、フェリクスと聖女様は庭園の東屋にいた。
二人に気づかれないように、こっそり近くの木にとまる。耳を澄ませると、少し怒ったような硬い声と、困惑を滲ませたような声が聞こえてきた。
「それはどういう意味だ。マコトが俺のことを嫌っていると言いたいのか」
「い、いえ、少し言葉が過ぎましたね。ただその、夜のお誘いを何度も断るというのは、お相手の方にとっては好ましくないことだからなのかなと思ったんです」
「好ましくない?」
「はい。いくら疲れているとしても、好きな人から求められたら拒み続けることなんて普通はできません。少なくとも私は、フェリクス様からのお誘いなら拒む理由はありませんわ」
ポッと頰を染めた聖女様が、白魚のような指先でフェリクスの腕に触れる。
気恥ずかしそうに目を伏せた姿はいじらしくて、男なら思わず守ってあげたくなってしまうような庇護欲を掻き立てられた。
フェリクスも例に漏れず、聖女様の顔をじっと見つめている。
「フェリクス様……」
聖女様がうっとりとフェリクスを見上げた。そのままゆっくりと二人の距離が縮まっていく。
これ以上はもう見ていられなくて、パッと視線を逸らした。
やっぱり、聖女様はフェリクスが好きなんだ。そしてきっと、フェリクスも……。
もうこれ以上は耐え切れなくて、逃げるように飛び立とうとした時だった。
「何故、君の話が出てくる」
「え……?」
「俺は今マコトの話をしているんだ。君が男を受け入れようが拒もうが、俺とマコトにはなんら関係のないことだろう」
ピシリと空気が凍った気がした。
心底解せないといった様子のフェリクスに、こっちまでハラハラしてしまう。
だってその言い方じゃまるで、フェリクスは一切聖女様に興味がなくて、関心があるのは僕のことだけみたいじゃないか。
「ピ~……」
僕相手ならまだしも、聖女様相手にも口下手を遺憾なく発揮させるフェリクスに助け舟を出したくなった。
きっとフェリクスは、僕との関係はもう終わっていて、聖女様が気にすることは何もないって言いたかったんだ。話の流れと噛み合ってない気もするけど、ニュアンス的にはきっとそうだろう。うん、きっとそうだよねフェリクス。
案の定、悪い方向に受け取ってしまったらしく、聖女様は悲しげに眉を垂らした。
「フェリクス様、酷いです。こうして毎日私のことをお誘いしてくださるのに、二人きりでお話しすることといえばマコトさんとのことばかりで……蔑ろにされているようで傷つきます」
そうなのフェリクス!? それはダメだよ!
せっかくのデートなのに、僕の話ばかり聞かされたら辟易して当然だ。アプローチの方向を間違えてるにも程があるよ。
ハラハラする僕とは裏腹に、フェリクスは不愉快そうに顔を顰めた。
「……そんなつもりはない」
「では、なぜマコトさんの話ばかりされるのですか? 私と話をしているのに、他の方のことばかり口にされては悲しくなります。婚約者のことが気になる気持ちはわかります。でもせめて、私と二人きりの時だけは、あの方のことは忘れてください」
聖女様の声は震えていた。今にも泣き出しそうに瞳を潤ませながらも、彼女は気丈にフェリクスを見上げている。
誰しもが心を打たれるような聖女様を見ても尚、フェリクスの表情は硬い。むしろ、さっきよりも眉間の皺が深くなったように見える。
「マコトのこと以外で君と何を話せばいい」
「お互いの趣味や好きなものについてお話ししませんか? 私、もっとフェリクス様のことが知りたいんです。それに私のことも、フェリクス様にたくさん知っていただきたいです」
「……互いの趣味を知ったところで何になる」
「え?」
「いや、君がしたいなら話してくれて構わない」
「ふふ、ありがとうございます。じゃあまずは趣味のお話からですかね。私、お菓子作りとピアノが趣味なんです。日本にいた頃は家族の誕生日にケーキを焼いていたんですけど、フェリクス様は甘いものはお好きですか? もしよろしければ、フェリクス様にも食べていただきたいです。それにピアノも、特技というほどではないですが、コンクールで何度か賞をいただいたことがあるので、ぜひフェリクス様にも聴いていただきたいです。それから私──」
驚くほどに饒舌な聖女様に対し、フェリクスは相槌すら打たずに遠くを見つめている。
だけど聖女様は気にしていないみたいだった。むしろ言葉を重ねるうちにどんどん頰が緩んでいく。
いよいよフェリクスの顔がチベットスナギツネみたいになった頃、聖女様がハッとしたように口元を手で覆った。
「あ……ご、ごめんなさい! 私ったら一人で勝手に喋ってしまって……フェリクス様とお話しできるのが嬉しくて、つい浮かれてしまいました」
ポッと頰を赤らめて俯く聖女様は可愛い。でも、チラと聖女様を一瞥したフェリクスの眼差しは乾ききっていた。
「あ、あの、フェリクス様?」
「なんだ」
「いえ、その……つまらなかった、ですか?」
「ああ」
率直すぎるフェリクスの答えに、聖女様の表情が強張る。
「そうですよね……私ったら、自分のことばかり話して……ごめんなさい、嫌な気持ちにさせてしまいましたよね」
しゅんと肩を落とした聖女様は庇護欲を誘ったけど、フェリクスには通用しないみたいだった。
「君の話に特別何か思うことはない」
「え?」
「話したければ好きにしてくれ」
ああフェリクス、君はやっぱり言葉足らずすぎるよ!
聖女様の話を聞いて嫌な気持ちになることなんてないよって言いたいんだろうけど、今の言い方じゃまるで聖女様の話に興味がないからなんとも思わないって言ってるみたいだ。
それに、好きにしろだなんて言って、本当は聖女様の話をたくさん聞きたいからもっとお話ししてって言いたいんじゃないのかな。
不器用すぎるフェリクスを見ていられなくて、咄嗟に体が動いていた。
二人に気づかれないように、こっそり近くの木にとまる。耳を澄ませると、少し怒ったような硬い声と、困惑を滲ませたような声が聞こえてきた。
「それはどういう意味だ。マコトが俺のことを嫌っていると言いたいのか」
「い、いえ、少し言葉が過ぎましたね。ただその、夜のお誘いを何度も断るというのは、お相手の方にとっては好ましくないことだからなのかなと思ったんです」
「好ましくない?」
「はい。いくら疲れているとしても、好きな人から求められたら拒み続けることなんて普通はできません。少なくとも私は、フェリクス様からのお誘いなら拒む理由はありませんわ」
ポッと頰を染めた聖女様が、白魚のような指先でフェリクスの腕に触れる。
気恥ずかしそうに目を伏せた姿はいじらしくて、男なら思わず守ってあげたくなってしまうような庇護欲を掻き立てられた。
フェリクスも例に漏れず、聖女様の顔をじっと見つめている。
「フェリクス様……」
聖女様がうっとりとフェリクスを見上げた。そのままゆっくりと二人の距離が縮まっていく。
これ以上はもう見ていられなくて、パッと視線を逸らした。
やっぱり、聖女様はフェリクスが好きなんだ。そしてきっと、フェリクスも……。
もうこれ以上は耐え切れなくて、逃げるように飛び立とうとした時だった。
「何故、君の話が出てくる」
「え……?」
「俺は今マコトの話をしているんだ。君が男を受け入れようが拒もうが、俺とマコトにはなんら関係のないことだろう」
ピシリと空気が凍った気がした。
心底解せないといった様子のフェリクスに、こっちまでハラハラしてしまう。
だってその言い方じゃまるで、フェリクスは一切聖女様に興味がなくて、関心があるのは僕のことだけみたいじゃないか。
「ピ~……」
僕相手ならまだしも、聖女様相手にも口下手を遺憾なく発揮させるフェリクスに助け舟を出したくなった。
きっとフェリクスは、僕との関係はもう終わっていて、聖女様が気にすることは何もないって言いたかったんだ。話の流れと噛み合ってない気もするけど、ニュアンス的にはきっとそうだろう。うん、きっとそうだよねフェリクス。
案の定、悪い方向に受け取ってしまったらしく、聖女様は悲しげに眉を垂らした。
「フェリクス様、酷いです。こうして毎日私のことをお誘いしてくださるのに、二人きりでお話しすることといえばマコトさんとのことばかりで……蔑ろにされているようで傷つきます」
そうなのフェリクス!? それはダメだよ!
せっかくのデートなのに、僕の話ばかり聞かされたら辟易して当然だ。アプローチの方向を間違えてるにも程があるよ。
ハラハラする僕とは裏腹に、フェリクスは不愉快そうに顔を顰めた。
「……そんなつもりはない」
「では、なぜマコトさんの話ばかりされるのですか? 私と話をしているのに、他の方のことばかり口にされては悲しくなります。婚約者のことが気になる気持ちはわかります。でもせめて、私と二人きりの時だけは、あの方のことは忘れてください」
聖女様の声は震えていた。今にも泣き出しそうに瞳を潤ませながらも、彼女は気丈にフェリクスを見上げている。
誰しもが心を打たれるような聖女様を見ても尚、フェリクスの表情は硬い。むしろ、さっきよりも眉間の皺が深くなったように見える。
「マコトのこと以外で君と何を話せばいい」
「お互いの趣味や好きなものについてお話ししませんか? 私、もっとフェリクス様のことが知りたいんです。それに私のことも、フェリクス様にたくさん知っていただきたいです」
「……互いの趣味を知ったところで何になる」
「え?」
「いや、君がしたいなら話してくれて構わない」
「ふふ、ありがとうございます。じゃあまずは趣味のお話からですかね。私、お菓子作りとピアノが趣味なんです。日本にいた頃は家族の誕生日にケーキを焼いていたんですけど、フェリクス様は甘いものはお好きですか? もしよろしければ、フェリクス様にも食べていただきたいです。それにピアノも、特技というほどではないですが、コンクールで何度か賞をいただいたことがあるので、ぜひフェリクス様にも聴いていただきたいです。それから私──」
驚くほどに饒舌な聖女様に対し、フェリクスは相槌すら打たずに遠くを見つめている。
だけど聖女様は気にしていないみたいだった。むしろ言葉を重ねるうちにどんどん頰が緩んでいく。
いよいよフェリクスの顔がチベットスナギツネみたいになった頃、聖女様がハッとしたように口元を手で覆った。
「あ……ご、ごめんなさい! 私ったら一人で勝手に喋ってしまって……フェリクス様とお話しできるのが嬉しくて、つい浮かれてしまいました」
ポッと頰を赤らめて俯く聖女様は可愛い。でも、チラと聖女様を一瞥したフェリクスの眼差しは乾ききっていた。
「あ、あの、フェリクス様?」
「なんだ」
「いえ、その……つまらなかった、ですか?」
「ああ」
率直すぎるフェリクスの答えに、聖女様の表情が強張る。
「そうですよね……私ったら、自分のことばかり話して……ごめんなさい、嫌な気持ちにさせてしまいましたよね」
しゅんと肩を落とした聖女様は庇護欲を誘ったけど、フェリクスには通用しないみたいだった。
「君の話に特別何か思うことはない」
「え?」
「話したければ好きにしてくれ」
ああフェリクス、君はやっぱり言葉足らずすぎるよ!
聖女様の話を聞いて嫌な気持ちになることなんてないよって言いたいんだろうけど、今の言い方じゃまるで聖女様の話に興味がないからなんとも思わないって言ってるみたいだ。
それに、好きにしろだなんて言って、本当は聖女様の話をたくさん聞きたいからもっとお話ししてって言いたいんじゃないのかな。
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