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王と聖女

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 青白い光によって脈動を繰り返す陣に一滴の血が落ちる。その瞬間、カッと眩い光が陣から溢れ出した。

「あれ、ここどこですか?」

 間の抜けた声が広い空間に反響した。
 床に描かれた円陣の中心で、可憐な少女がキョトンとした顔で辺りを見回している。
 透き通るように白い肌に烏の濡れ羽色の艶やかな髪。黒曜石のように澄んだ瞳はこぼれ落ちそうなほどに大きく、桃色の頬と唇はその可憐さを際立たせていた。

 伝承に違わぬ見目麗しい少女が現れたことで、陣を囲んでいた神官達が一様に歓声を上げた。

「おお! ついに儀式が成功したぞ!」
「聖女様がいらっしゃったのだ!」
「ああ、やはり真に王の器に相応しいのはフェリクス殿下であったか」
「一時はどうなることかと思ったが、これでこの国は安泰だ」
「聖女様、どうぞこちらに」
「え、あ、あの……」

 神官達に囲まれ、少女は狼狽えるように視線を彷徨わせた。
 助けを求めるように周囲を見回していた視線が、ある一点で止まり、大きく見開かれる。

「貴方が、私を呼んでくださったのですか?」

 本能でそれを理解したかのように、少女がこの場で唯一冷静を保つ男に声をかけた。
 一方の男─フェリクスは、ぴくりとも表情を変えることなく、少女に一瞥をくれることすらなかった。

「神官、後は任せたぞ」

 たったそれだけを言い残して、フェリクスは颯爽と踵を返した。
 その背中を呼び止めたのはやはり、戸惑いに揺らぐ少女の声だった。

「待ってください! 私、学校から帰る途中で急に光に包まれて、気付いたらここにいたんです……っ。お願いです、私を一人にしないで……!」

 誰もが胸を打たれるような悲痛な声だった。にも関わらず、フェリクスは一切の興味を示すことなく、歩みを止める素振りすら見せない。
 そのことに焦ったのか、少女が慌てたようにフェリクスの背に駆け寄った。

「お願いしますっ、行かないで……っ!」

 涙を堪え、両手を振って駆け寄る少女。悲劇のヒロインさながらに広い背中に縋れば、ようやくフェリクスが足を止めた。
 ほっとしたように少女が息を吐く。けれど、振り返ったフェリクスの顔には、何の表情も浮かんでいなかった。

「離せ」
「え……?」
「離せと言っているのが聞こえないのか」

 何の感情も見せない平淡な声だった。そこには一片の熱もなく、ただただ無感動に少女を見下ろすばかりの無機質な瞳があるだけだった。

「え、あ、私を、呼んでくださったんじゃないんですか……?」
「俺の意思ではない」

 ピシャリと切り捨てたフェリクスが、傍らに立つ神官に目を向けた。

「貴様、突っ立っていないでこの女をどうにかしろ」
「あ、いや、しかし……」
「言ったはずだ。儀式が成功したとして、この女に構うつもりはないと。後のことはお前達が対処しろ」
「っ、しかし! 聖女様は真の王たる貴方を求めていらっしゃいます! フェリクス殿下、貴方も聖女様を見て魂が震えるような感動を覚えたのではありませんか?」

 古来より、王の器と聖女は魂で惹かれ合うとされている。その証拠に、フェリクスを見上げる少女の瞳には隠し切れない熱が宿っていた。

「殿下、貴方は間違いなく王の器。この御方は、貴方の隣に在るべき御方なのです!」

 興奮気味に語る神官に、しかしフェリクスが浮かべたのは嘲笑だった。

「くだらん。馬鹿馬鹿しいにも程がある」
「なっ……!」

 侮蔑すらこもった冷たい声に、神官達が絶句する。
 それを尻目に少女に向き直ったフェリクスは、ぞっとするほど冷めた声で吐き捨てた。

「この先二度と、許可なく俺に触れるな」

 不愉快そうに少女の手を払い除け、フェリクスは再び歩みを進める。それを阻んだのはやはり少女であった。

「待って! お願いです、話を聞いてください!」
「……」
「お願いします。私、何も分からないんです……っ! いきなり知らない場所にいて、どうしたらいいのか……!」

 引き留めるようにフェリクスの服の裾を握る少女。縋るような指先は僅かに震えている。
 少女の悲痛な訴えを受け、やがて諦めたようにフェリクスが振り返った。

「……その程度でこの俺を籠絡できるとでも思ったか」
「え……?」
「俺をみくびるな。貴様が下手な小芝居を打ったところで、それを見抜けないほど愚かではない」

 吐き捨てるような言葉に、元より大きな少女の目が更に見開かれた。

「な、なんのこと、ですか?」
「身に覚えがあるだろう。それとも、白を切るつもりか?」
「っ……、な、なんのことか分かりません。私はただ、不安なだけなんです。ここがどこかも分からないし、いきなりで混乱していて……でも、貴方の目を見ると安心できるんです。ね、貴方もそうでしょう……?」
「……」
「だから、お願いです。私を一人にしないでください……!」
「他人に縋りたいなら他の男にしろ」
「っ……」

 冷え切った眼差しを向けられ、少女の喉が引き攣ったような音を立てた。それでも必死に取り繕ろおうとぎこちない笑みを浮かべる少女に対し、フェリクスは容赦なく追い打ちをかける。

「お前に騙される奴の気が知れんな」
「だ、騙すなんてそんな……! 私はただ、貴方と一緒にいたいだけで……」
「ならばまずはその猫撫で声をやめろ。媚諂うような作り笑いも、わざとらしい上目遣いも不愉快だ。言っておくが、俺にその手は通じんぞ」
「ッ!」

 バッサリと切り捨てたフェリクスに、少女が愕然としたように硬直した。
 震える手で口元を覆いながら、信じられないと言いたげな面持ちでとフェリクスを見上げている。不意に、その目が鋭いものに変わった。
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