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弱さを見せられる人

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「僕はマコトと二人きりでいたいんだ。他の奴は必要ない」
「殿下、そんなこと仰らずに」
「ダメだ。今日は二人きりで出かける約束だろう」
「でも、せっかくですし」
「近衛騎士、お前は下がっていろ。これは命令だ」
「殿下、そんな強く言ったら失礼ですよ……」

 いつになく強気なアレクシス殿下にオロオロしてしまう。
 一方のユルゲンさんはといえば、いつも通りの冷静な顔で、「かしこまりました」と頭を下げた。

「それでは、私はこれで失礼致します」
「待ってくださいユルゲンさん、せめてお礼だけでも─」

 引き留める僕の声を待たずにユルゲンさんが背を向ける。追いかけようとした僕の手をアレクシス殿下が掴んだ。

「行かせてやれ。ああでも言わないと、休暇にも関わらず僕たちの護衛をし続けるだろうからな」

 大人びた横顔の殿下に、ようやく合点がいった。
 我儘を言ったわけじゃなくて、ユルゲンさんをためを思ってあえてキツくあたったんだな。

「お優しいですね。でも、素直にゆっくり休んで大丈夫ですよと伝えたほうが、殿下のお気持ちが伝わるかもしれませんよ?」
「そういうのは柄じゃない。でも、マコトが言うなら、これからは善処する」

 きゅっと繋いだ指に力がこもった。
 僕の言葉を聞き入れてくれるあたり、やっぱり殿下は優しくて根が素直な良い子だ。

「殿下、誰かみたいになろうとする必要なんてありませんよ。殿下には殿下のいいところが沢山あって、それは殿下が努力してきた証です。立派な人になろうと努力する殿下のお姿を、きちんと見てくれている人はちゃんといますから」
「……僕は別に、普通のことをしているだけだ。人の上に立つ身分に生まれたのなら、その身分に相応しい人間にならなければいけないからな」
「そんな風に思って、実際に努力できるのは一握りの人だけですよ。殿下にとっては当たり前のことでも、それは本当にすごいことなんです」

 不器用なところは兄弟そっくりだ。人一倍努力家で、それを人に見せようとしないところも。
 でも、少しは弱さを周りに見せてほしいと思う。少しでも伝わってくれたらいいなと思いながら、繋いだ手にそっと力を込めた。

「殿下、もう少しだけ僕に付き合ってくださいませんか?」
「行きたいところがあるのか?」

「はい。特別な場所があるんです」
「いいぞ、特別に付き合ってやる」
「ありがとうございます」

 はぐれないように手を繋ぎ直して、夕暮れの道を進む。
 夕日に照らされて伸びる影は、離れることなくぴったりと寄り添っていた。


 ***

「殿下、着きましたよ」

 長い石段を上った先、少し開けたその場所は高台にあった。
 手すりに手をついて身を乗り出せば、夕日の色に染まった街並みが一望できた。

「ここは……」
「前にフェリクス殿下に連れて来てもらったんです。この景色を、どうしても殿下にも見ていただきたくて」

 赤に黄色、オレンジに紫。夕日に染まる街並みはまるで宝石をちりばめたみたいにキラキラと輝いている。
 その美しさに目を奪われていると、ふいに袖口を引かれた。

「マコト」
「どうされましたか?」
「……この国は、綺麗だな」

 よかった。僕の伝えたかったことはちゃんと伝わったみたいだ。

「はい、とても綺麗です。キラキラ光ってて、宝石みたいですよね」
「そうだな」
「宝石って硬くて簡単には傷がつかないけど、叩いたら結構簡単に割れてしまうんですって」
「それがどうかしたのか?」
「頑張りすぎなくていいってことです。傷ついたり挫けたりするのは普通のことで、そこから立ち直れるなら、誰かに頼ったり甘えたりしていいんですよ。ちょっと休んだら、また頑張ればそれでいいんです」
「なんだか哲学的だな」
「あはは、すみません。でも、殿下には頑張りすぎていっぱいいっぱいななだね欲しくないんです。我慢強い人ほど、心に負担がかかってしまいますから」
「……そうか」
「すみません、お節介過ぎましたかね」
「いや……兄様は、お前に出会えて救われたんだな」
「え?」

 手すりに腕をついて静かに街を見つめるアレクシス殿下の横顔は真剣そのものだった。
 サファイアのように透き通った瞳が、ふいに僕を映した。

「兄様が弱さをさらけ出せる相手はマコトだけだ。……お前がこの世界に来た理由が今、分かった気がする」

 偽物の聖女である僕がこの世界に喚ばれた理由──。
 もし僕が今ここにいることが必然なんだとしたら、神様は一体僕に何を望んでいたんだろう。この美しい国のために、この国を守る人たちのために、僕は何ができるんだろう。

「殿下、僕は─」

 その先の言葉が続くことはなかった。
 視界の端に、鋭い光が飛び込んできたからだ。

「マコトっ!」

 ドンッと突き飛ばされるような衝撃の後、「ぐ……っ」と低い呻き声がした。
 ハッとして顔を上げれば、真っ赤な鮮血が視界を染めた。
 なんで、どうして──

「フェリクスっ!」
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