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甘い朝

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「んっ……」

 ゆっくりと意識が浮上する。
 働かない頭でぼんやりと天井を見上げているうちに、段々と昨夜の記憶が蘇ってきた。途端にどうしようもない羞恥心が込み上げてきて、ガバリと飛び起きた。

「っ……」

 途端に腰に鈍い痛みが走る。思わず蹲ると、横から伸びてきた腕に再びベッドの中に引きずり込まれた。

「わわっ」
「……朝からうるさいぞ」
「あ……フェリクス」

 背後から抱きすくめられてドキッとする。今までは甘えたな子供みたいで可愛く思えていたそれも、昨夜の出来事を経た今では妙にドキドキしてしまった。

「顔が赤いぞ。熱が出たのか?」

 ヒヤリとした手のひらが額に押し当てられて、ますます顔が熱くなる。

「だ、大丈夫だよ」
「本当か? 受け入れる側は負担が大きいのだろう」
「そうかもしれないけど、フェリクスは優しくしてくれたから」

「……無理をさせたな」

 労るように腰を撫でられる。優しくて少しぎこちない手つきに、胸の辺りがホワホワした。でも同時に、普段の彼からは想像できない優しさにモヤっとしてしまう。
 今まで体を重ねてきた人にも、同じように触れていたのかな。そんな風に、優しい目で見ていたの? なんて、年甲斐もなくヤキモチを妬いてしまう自分が嫌で、そっとフェリクスから視線を逸らした。

「……後悔しているのか?」
「え?」
「昨夜のことだ。俺に抱かれたことを後悔しているのか」

 真剣な声色で問われて、慌てて首を横に振った。後悔なんてするわけがない。
 フェリクスにとっては取るに足らないことだったとしても、他の誰かと同じように扱われていたとしても、それを上回るほどの幸福感に満たされていた。

「してない……その、すごく幸せだった」
「……」
「フェリクスは?」
「分からないのか」
「え?」
「察しの悪い奴だな」

 後ろからぎゅっと抱きしめられて心臓が跳ねる。そのままうなじに軽く歯を立てられて思わず肩を竦めた。

「……マコト」

 熱の篭った声で囁かれる名前にぞくりと背筋が震える。
 吐息混じりの声にドキドキして視線を彷徨わせていると、顎を捉えられて後ろを向かされた。

「あ……」

 フェリクスの顔が近い。そう思った時には唇が重なっていた。何度か啄むように口づけられて、そのまま深く口付けられる。

「ん、ぁ……」

 角度を変えて何度も繰り返されるキスに頭がぼーっとする。下唇を甘噛みされて、自然と舌を差し出せばすぐに絡め取られた。ぬるりとした感触にお腹の奥がジンと熱を持つ。
 フェリクスの舌はまるで別の生き物みたいに動き回って僕を攻め立てた。息継ぎをする間もなく与えられる快楽に翻弄されながら必死に応える。

「ん、ふぅ……ッ、ぁ……」

 だんだん力が抜けていって、気づけばフェリクスにしがみつくように腕を回していた。
 口内を蹂躙する舌の動きに翻弄されているうちに唾液が口の端から零れ落ちていく。それでもフェリクスは貪るようなキスをやめようとはしなかった。

「ぷぁ……はっ……フェリクス……」

 ようやく解放された時には息が上がっていて、ぐったりとしながら目の前の胸板に寄りかかった。
 そんな僕を余所に、フェリクスはどこか不機嫌そうだ。どうしてそんな顔をしているのか分からなくて首を傾げると、フェリクスは無言のまま僕の首元に顔を埋めた。

「んっ、くすぐったいよ……」

 首筋を這う熱い吐息に身を捩る。やがてフェリクスの唇が薄い皮膚を食んで、チクリと痛みが走った。

「っ……」

 何が起きたのか分からないまま固まっていると、しばらくしてようやく顔を上げたフェリクスが、満足げに首筋を撫でた。

「お前の肌は痕が分かりやすいな」
「そこ、見えちゃうところだよ」
「見せつけるために付けたからな」

 当たり前の顔をして言われて言葉に詰まる。じわじわと頰に熱が集まるのを感じながら、首元を押さえた。

「何故隠す」
「恥ずかしいから」
「なら、隠し切れないようもっと付ければいいか?」

「どうしてそうなるの! それにもう、十分すぎるくらい付いてるよ」

 昨夜の行為で散々吸われたり噛まれたり齧られたりしたから、体中至るところに痕が残っていた。

「フェリクスって、噛み癖があったりする?」
「そんなわけないだろう。俺を犬猫と一緒にするな」
「一緒にはしてないけど……噛み癖がないなら、どうしてこんなに付けたの?」
「牽制だ」

 淡々と答えるフェリクスにますます困惑してしまう。牽制って何に対して? と尋ねる前に顎を掬い取られ、唇が重なった。
 ちゅうと下唇を吸って離れた唇を目で追う。赤く色付いたその唇を見ているうちに、なんだか仕返ししたくなってきた。

「フェリクス、僕も君に付けたい」
「……いいぞ」

 驚いたように目を見開いた後、フェリクスがふっと表情を和らげる。
 許可を貰えたので、早速フェリクスの首に唇を寄せる。軽く吸うと白い肌の上に赤い痕が付いた。
 首筋を唇で辿って、鎖骨に至るまでいくつも痕を付けていく。

「マコト、もういい」
「え?」

 胸板にまで差し掛かったところで制止されて首を傾げた。
 見れば、フェリクスが何かに耐えるように眉を顰めている。その頰が微かに紅潮している気がして目を見張った。

「……なんか、ごめんね」
「うるさい」
「うん。もうしないから安心して」
「……やめろとは言っていない。夜なら構わん」
「……気に入ったの?」
「……知らん」

 ふい、と顔を背けたフェリクスはいつもより幼く見えた。それがなんだか可愛くて思わず笑ってしまう。キッと睨まれたけど、全然怖くなかった。

「ふふ、じゃあまた夜にするね」
「……随分こなれているな」
「まさか。キスマークなんて初めて付けたよ」
「……そうか」

 フェリクスはどこか安堵したように息を吐いた。その様子に首を傾げたけど、彼はそれ以上何も答えずに僕を引き寄せて抱きしめてくる。

「ん……どうしたの?」
「マコト」
「うん」
「……やはり、子供なのはお前の方だな」
「え?」
「子供体温と言うんだろう」
「ああ、確かに。体温かぁ、あ、それでいうとフェリクスは優しい人だね」
「どういう意味だ」
「手が冷たい人は、心が優しいんだって」
「身体機能の問題だ」
「はは、そうだね」
「その話が本当なら、お前の手が冷たくないのはおかしい」

 なんの気無しに呟いたであろうその言葉にポカンとしてしまう。

「もしかしてまだ寝ぼけてる?」

 僕の質問にフェリクスが顔を上げる。
 しばらく無言のまま僕を見つめて、ハッとしたように目を見開いた。

「違う。今のは間違いだ」
「そうやって否定すると余計本当に聞こえるよ。僕のこと、優しいって思ってくれてるの?」
「……度が過ぎたお人好しだと言ったんだ」
「はは、うん、そういうことにしようか」

 素直じゃないフェリクスに笑ってぽんぽんと背中を撫でる。フェリクスは少し不服そうだったけど、大人しく受け入れてくれた。

「……そろそろ起きるぞ」
「そうだね」

 仕事熱心なフェリクスの朝は早い。いつもならもう支度を整えている時間だ。
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