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秘密の魔法道具

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 シロちゃんが連れて来てくれたのは、フェリクス殿下の寝室、の奥にある私室だった。

「ニャー」
「勝手に入って大丈夫なのかな?」

 開けてとアピールするように、シロちゃんが寝室から繋がる扉をカリカリ引っ掻いた。

「ニャンッ」

 扉の前で迷う僕に焦れたのか、シロちゃんがピョンとジャンプした。
 そのまま前足を器用にドアノブに引っ掛けて、扉を押し開けてしまった。

「わっ! ちょっとシロちゃん!」

 慌ててシロちゃんの後を追う。
 背後で扉が閉まるのと同時に、フンッとシロちゃんが鼻を鳴らした。どうやら開けてやったぞという意思表示らしい。

「勝手に入ったら怒られちゃうよ」
「ミャオ」

 まるで気にするなと言うように一声鳴いて、シロちゃんは我が物顔で部屋の中を闊歩した。
 勝手知ったる様子でクローゼットの前まで来ると、またしても見事なジャンプ力で扉を開けてしまった。開け放たれた扉の向こうにはいくつかのガウンが掛けられている。
 その中の一つ、濃い紫色のローブを咥えたシロちゃんが、つぶらな瞳で僕を見た。まるで、"これを着て"と言っているみたいだ。

「シロちゃん、それはフェリクス殿下のものだから、ちゃんと殿下に許可を取らないとダメだよ」
「ミャウ」
「ごめんねシロちゃん。殿下はきっと今頃お仕事中だろうし、後で着ていいか聞いてみようね」
「……ミャウ」

 シュンと耳を伏せて項垂れてしまったシロちゃんが可哀想で、胸がちくりと痛む。それでもこればっかりは許可できないので心を鬼にして首を横に振った。
 すると突然、シロちゃんが長い爪を剥き出しにしてバリッとローブを引っ掻いた。

「あっ、ダメだよシロちゃん!」

 慌ててシロちゃんの体を抱き上げてローブから引き剥がす。少し破れてしまった布を見て僕は肩を落とした。

「ごめんなさい、殿下」

 謝ってもどうにもならないけど、思わず謝罪の言葉が口をついた。

「誰かにお裁縫道具借りなきゃな」

 破れてしまったローブは後で繕おう。破れ具合を確認するためにローブに軽く袖を通す。そこでふと違和感を覚えた。

「あれ? ん? ええ?」

 どういうわけか、袖を通した感覚はあるのに、そこには何もないのだ。
 慌ててローブから腕を引き抜くと、当たり前だけどそこには見慣れた自分の腕がある。でもローブに袖を通した途端、ローブを纏った部分だけがパッと消えてなくなってしまった。

「こ、これはもしかして……透明マント?」

 映画とかで見たことがあるやつだ。
 まさか本当に存在するなんて。ワクワクドキドキしながら思い切って頭からローブを被ってみた。

「わっ、すごい、本当に消えてる!」

 自分の体を見下ろして思わず歓声を上げてしまった。傍から見れば完全に不審者だ。
 でも、本当にすごい。足先まですっぽりローブに覆われた僕の体は、周りの風景と同化して完全に透明になっていた。

「ニャーン」

 満足げに鳴いたシロちゃんがモゾモゾとローブに潜り込む。そうして僕の体をよじ登って肩まで辿り着くと、ローブのフードをポンと叩いた。

「あ、そっか。フードも被っちゃえば完全に透明になれるんだね」
「ニャオ!」

 その通りだと言わんばかりにシロちゃんが元気よく鳴いた。その頼もしさに僕は思わず笑みを零した。

「ふふ、これを見せたくて僕を連れて来てくれたの?」
「ニャー」

 すりと僕に頬擦りしたシロちゃんが尻尾でペシペシと僕の腕を叩く。
 どうやら抱っこしろということらしい。仰せの通りにシロちゃんを抱っこして、頭からローブを被る。
 全身鏡の前に立ってみれば、ローブに包まれた僕とシロちゃんの姿は完全に見えなくなっていた。

「わあ、すごい」
「ニャーン」
「ありがとうシロちゃん。楽しかったけど、早く破れたところを繕わなきゃ」
「ミャオ」

 ローブを脱ごうとした手に、たしっとシロちゃんの前足が乗せられた。

「シロちゃん?」
「ニャー、ニャオ、ニャーン」

 何かを訴えるようにしきりに鳴きながら、僕と扉とを交互に見ている。
 これはもしかして……

「……この格好でお外に行きたいの?」
「ニャア」
「うーん、でもそれは……」

 殿下の私物を勝手に着て外に出るというのは流石に……。
 難しい顔をした僕を見て、シロちゃんが可愛らしい前足から鋭い爪を覗かせた。

「あっ、ダメダメ! もう引っ掻いちゃダメだよ!」
「ミャウ」
「うっ、分かった、お外に行こう。でも、ちょっとだけだよ?」
「ニャーン」

 ご満悦そうに鳴いたシロちゃんが爪を引っ込めた。満足げに目を細める姿が可愛くて、ふっと肩の力が抜けていた。

「ふふ、ちょっとだけだよ?」
「ミャンッ」

 心得たとばかりに返事をしたシロちゃんを抱っこして私室を出る。
 透明になっているとはいえ、バレないように抜き足差し足で王宮内を移動した。

「すごい、本当に誰にも見えてないんだね」

 すれ違う人たちは誰も僕たちに気づかない。周りの視線を気にせずに堂々と歩けるなんて初めての経験だ。

「ミャ」
「あ、シロちゃん!」

 不意に、シロちゃんが僕の腕から飛び降りた。タタタッと軽い足取りで駆けて行った先は、城門へと続く大きな通路だ。

「シロちゃん、待って!」

 慌てて後を追いかける。途中、通路脇で見張りをしている兵士さんたちに心臓が止まりそうになりながらも、必死で小さな背中を追いかけた。
 やがて大きな城門が見えて来ると、シロちゃんがようやく足を止めた。

「よかったぁ、急に走るからビックリしたよ。ほらシロちゃん、ここから先は危ないからお城に戻ろう?」
「ニャーン」
「……お城の外に行きたいの?」
「ミャウ!」

 僕の質問に、シロちゃんが元気よく鳴いた。それから甘えるように僕の足に擦り寄る。

「……仕方ないなぁ」
「ニャッ」

 しょうがないと言いつつ口元が緩んでしまった。そんな僕に、シロちゃんが得意げにヒゲを揺らした気がした。
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