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癒し合う

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 猫の姿で会いに行くようになってから、いくつか分かったことがあった。
 まず第一に、マコトは決して聖人君子ではないということだ。人並みに愚痴をこぼし、それなりにストレスを抱えているようだった。

「見てシロちゃん。さっき廊下で足引っ掛けられて転ばされたんだよ」
「ミャウ~」

 シロちゃん、というのはマコトが猫姿のフェリクスに付けた名前だ。
 前髪を上げて赤くなった額をあらわにしたマコトに、全く、とフェリクスは呆れた眼差しを送った。

「ニャオ~、ンナオ、ミャ~(お前は迂闊すぎる。もっと警戒心を持て)」
「うんうん、そうだよね、やっぱり酷いよね」
「ミャゥ」

 仮にも聖女がそんな非道なことをされて黙っているのかという呆れと、いい歳をしてくだらない嫌がらせをする輩への不快感が込み上げる。
 一方のマコトは、癒しを求めてかフェリクスの体をこれでもかと撫で回していた。

「モフモフ……癒される……」
「ニャー」

 フェリクスの毛並みに夢中なマコトの頰に頭をこすり付ければ、くすぐったそうに身をよじった。その笑顔が幸せそうなので、お説教はやめて甘んじてモフられておくことにした。

 マコトがストレスを表に出さない理由。それはどうやら、言葉を発しない動物の前では素直になれるかららしい。

「はぁ、やっぱり慣れない生活って疲れるね」
「ミャウ?」
「悪いことしてるわけじゃないのに粗探しばっかりされると息が詰まるっていうかさ、嫌なら関わらなければいいのにって思わない?」
「ニャー」
「わざわざ嫌がらせしに来るくらいなら無視してくれればいいのに」
「ニャオ~」
「ごめんねシロちゃん。もっと楽しい話しなきゃね」

 そう言ってへらりと笑ったマコトが痛々しくて見ていられない。フェリクスがその頰に擦り寄ると、今度はマコトが甘えるように擦り寄せ返してきた。
 慰めるようにそっと頰を舐めれば、マコトは泣き出しそうに笑った。

「慰めてくれてるの? 優しいんだね、ありがとう」
「ミャウ」
「ん、どうしたの?」

 たし、と肉球でマコトの顔を遠ざける。
 弛んだ腕の隙間からピョンと抜け出して、特大サービスだぞ、と仰向けに寝転んだ。

「ニャーン」
「い、いいんですか……?」

 期待に瞳を輝かせたマコトに「ニャー」と一声鳴いて許可を与えた。
 マコトは恐る恐るといった様子で手を伸ばし、極上の毛並みに触れた。

「わぁ……」

 恍惚としたため息が毛先を揺らした。その手のひらが心地よくて、無意識のうちにもっと撫でろと催促するように尻尾を腕に巻きつけたていた。
 マコトが笑う気配がしたかと思うと、ぽふん、と腹に何かが乗った。

「はぁ、至福……」

 どうやらマコトがフェリクスの腹に顔を埋めたらしい。

「いのちのぬくもり……」
「ミャウ?」
「んー? なんでもないよ」
「ニャー」
「シロちゃんは本当に可愛いねぇ」

 その言葉にカチンとくることはなかった。代わりにゴロゴロと喉が鳴るのも、猫の姿なのだから致し方ないだろう。
 フェリクスの意思ではなく、猫の本能だ。そうに違いない。
 誰に言い訳するでもなく己を納得させながら、至福の時に身を委ねる。次第に瞼がとろんとして穏やかな眠気がやってきた。

「ふふ、眠くなっちゃった? いいよ、おいで」

 猫吸いをやめたマコトがポンポンと膝を叩く。
 マコトの温もりを感じられる場所だけが、フェリクスに安眠をもたらしてくれた。



「おや、お早いお帰りですね」

 食えない笑みを浮かべたカミールが、たっぷり三時間の休息から戻ったフェリクスを出迎える。

「もっとお休みになられても良かったんですよ? 殿下の部下は優秀ですから、一人欠けても支障はありません」
「ああ、いつも助かっている」
「そんな怖い顔で仰られても困りますが……ああ、こんなところに可愛らしい毛が付いていますよ」

 カミールがフェリクスの腰あたりをはらえば、そこには真っ白い毛が付着していた。

「ずいぶん大きな猫と戯れていましたね」
「……相手が戯れついてきたんだ」
「そうですか。聖女様が裏庭で白猫と仲睦まじくされているという報告が上がってきましたが、同じ猫かもしれませんね。ところで、そろそろ変身薬が無くなるのでは? 必要でしたら追加で取り寄せますよ」

 痛いところを突かれ、フェリクスは暫時言葉に詰まった。それを肯定と受け取ったのか、カミールは胡散臭い笑みを浮かべている。

「……ただの気紛れだ」

 苦し紛れに言うと、カミールが益々笑みを深めた。

「気紛れにしては随分とお気に召されているようですが……薬が足りなくなったら仰ってください」

 含み笑いしたカミールに、今後は独自のルートで変身薬を手に入れようと心に決めた。
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