上 下
20 / 85

お願い

しおりを挟む
「こちらです」

 カーソンさんが立ち止まったのは、後宮とは少し離れた位置にある大きな建物だった。王宮内部でも、王族やその関係者のみが暮らしている離れの建物の一つだ。

「話をつけてきますので少々お待ちください」
「はい、お願いします」

 突然現れた僕もカーソンさんを見て、立ち番の兵士二人が不審なものを見る目をしている。
 ごくりと喉を鳴らした僕とは違って、カーソンさんはいつも通りの冷静さで門兵さんに声をかけた。
 それからしばらくして、話をつけたらしいカーソンさんが戻ってきた。

「この先へは聖女様のみでお入りください」
「えっ」
「申し訳ありません。私はフェリクス殿下派の人間とされていますので、彼らも迂闊にエヴァン殿下の私室に私を通せないのでしょう」
「な、なるほど。……分かりました、一人でも頑張ってみます」
「はい。万が一のことがありましたらこれを鳴らしてください」

 手渡されたのは手のひらに収まる程度の大きさのベルだった。金色の小さな鐘がぶら下がっていて、振るとリンッと高い音が鳴った。

「護身用の魔道具です。特殊な術式が組み込まれていますので、いざという時に鳴らせば短時間だけ姿を眩ませることができます」
「すごいですね!」
「ええ。使い方は簡単です。このリボンを解いてから、三回ベルを鳴らしてください」

 言われて見れば確かに、持ち手の部分に半透明のリボンが結ばれていた。
 薄いレース素材なのか、目を凝らさないと見えないくらいに透明度が高かった。
 誤ってリボンを解いてしまわないように注意しつつ、そっとベルを懐にしまう。なんだかそれがお守りのように感じて、不安感が多少なりとも薄れた。

「貴重な物をありがとうございます! 何かあったら有り難く使わせていただきますね」

「はい。殿下の部屋は突き当たりを右に曲がった一番奥の部屋です。扉に白百合の模様が彫られているはずですので、そちらを目印にしてください」
「はい、分かりました!」
「それでは、私はここで待機していますので」

 カーソンさんに見送られて建物の中に入ると、広い廊下が続いていた。等間隔に並ぶ大きな窓から外を見れば、王宮の外観を眺めることができた。
 カーソンさんに教えてもらった通りに進めば、すぐに扉に彫られた百合の花が目に止まった。

「ふー……大丈夫、絶対に上手くいく」

 ついにここまで来たんだ、と緊張で高鳴る胸を押さえつつ扉をノックした。

「誰だ」
「あ、あのっ、僕ですっ。あ、いやっ、聖女、というかそのっ、先日この世界に召喚された異世界人の男ですっ!」
「……」

 扉越しに聞こえてきた声に怯みそうになる自分を叱咤して答えれば、思いの外あっさりと扉が開いた。

「入れ」
「お、お邪魔します……」

 招き入れられた部屋の中は薄暗く、キングサイズのベッドと、アンティーク調のローテーブル、それを囲む革張りのソファ以外には何も置かれていなかった。
 部屋に入ったはいいものの、どうするべきか迷って入り口で立ち尽くす僕を冷たい翠眼が見据える。

「いつまでそうしているつもりだ」
「あ、えっと……失礼します」

 視線だけでソファを促されて、恐る恐ると腰掛ける。
 お尻をちょこんと乗せただけで、ほとんど空気椅子状態の僕とは違い、エヴァン殿下は対面のソファに悠々と腰を下ろした。

「自分の名前も忘れたのか?」

 さっきのグダグダな名乗りを揶揄されているのだと分かって、慌てて首を横に振った。

「いえ、エヴァン殿下は僕の名前をご存知ないかと思いましてっ」
「マコト・カガリ」
「あ、はい」
「この王宮内で君の名前を知らないとすれば、それは余程の痴れ者だけだ」
「す、すみません。悪気はなかったのですが……」

 僕たちの間に気まずい沈黙が流れる。
 ああやっぱり、僕はとことんエヴァン殿下に嫌われている。そのことをまざまざと感じて息が苦しくなる。それでも、ここに来たからにはもう引けなかった。

「あの、夜分遅くに申し訳ありません。折り入ってご相談がありまして」
「……」

 エヴァン殿下は無言のまま、僕の次なる言葉を待っているようだった。緊張で乾いた唇を舐めて、大きく息を吸った。

「あ、あのっ! ……っっ」
「……用件を言え」
「うっ。……じ、実はですね、フェリクス殿下が先ほど目を覚まされたんです」
「そうか」
「はい! それで、体力面は問題ないそうなんですが、魔力の回復が正常に行われていないようでして、他の人から魔力を分けてもらわないと危険な状態が続くそうなんです」
「……魔力供給のことか?」
「あ、はい、多分それです! それであの、フェリクス殿下に魔力供給? するには、適合者の方の魔力でなければいけないそうで……」

 言い淀む僕に、元々刻まれていたエヴァン殿下の眉間の皺が更に深くなった。
 ああ、怒っている。チリチリと皮膚を焼くような剣呑さに息が詰まった。

「カーソンに私に頼めと入知恵されたのか」
「は、はい。カーソンさん曰く、適合者はエヴァン殿下しかいらっしゃらないということでしたので、ぜひお力をお貸しいただきたいのですが……」

 ゴクリと唾を飲む音がやけに大きく聞こえた。膝の上で硬く握った拳が汗でべたべたした。

「力を貸す、か」

 どこか嘲るように言って、エヴァン殿下が退屈そうに頬杖をついた。
 流し目に窓の外を見やった殿下の瞳が月明かりに煌めく。その美しさとは裏腹に、殿下の横顔は翳って見えた。

「アレを救ったところで私になんのメリットがある?」
「え……?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

罰ゲームから始まる不毛な恋とその結末

すもも
BL
学校一のイケメン王子こと向坂秀星は俺のことが好きらしい。なんでそう思うかって、現在進行形で告白されているからだ。 「柿谷のこと好きだから、付き合ってほしいんだけど」 そうか、向坂は俺のことが好きなのか。 なら俺も、向坂のことを好きになってみたいと思った。 外面のいい腹黒?美形×無表情口下手平凡←誠実で一途な年下 罰ゲームの告白を本気にした受けと、自分の気持ちに素直になれない攻めとの長く不毛な恋のお話です。 ハッピーエンドで最終的には溺愛になります。

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

俺にはラブラブな超絶イケメンのスパダリ彼氏がいるので、王道学園とやらに無理やり巻き込まないでくださいっ!!

しおりんごん
BL
俺の名前は 笹島 小太郎 高校2年生のちょっと激しめの甘党 顔は可もなく不可もなく、、、と思いたい 身長は170、、、行ってる、、、し ウルセェ!本人が言ってるんだからほんとなんだよ! そんな比較的どこにでもいそうな人柄の俺だが少し周りと違うことがあって、、、 それは、、、 俺には超絶ラブラブなイケメン彼氏がいるのだ!!! 容姿端麗、文武両道 金髪碧眼(ロシアの血が多く入ってるかららしい) 一つ下の学年で、通ってる高校は違うけど、一週間に一度は放課後デートを欠かさないそんなスパダリ完璧彼氏! 名前を堂坂レオンくん! 俺はレオンが大好きだし、レオンも俺が大好きで (自己肯定感が高すぎるって? 実は付き合いたての時に、なんで俺なんか、、、って1人で考えて喧嘩して 結局レオンからわからせという名のおしお、(re 、、、ま、まぁレオンからわかりやすすぎる愛情を一思いに受けてたらそりゃ自身も出るわなっていうこと!) ちょうどこの春レオンが高校に上がって、それでも変わりないラブラブな生活を送っていたんだけど なんとある日空から人が降って来て! ※ファンタジーでもなんでもなく、物理的に降って来たんだ 信じられるか?いや、信じろ 腐ってる姉さんたちが言うには、そいつはみんな大好き王道転校生! 、、、ってなんだ? 兎にも角にも、そいつが現れてから俺の高校がおかしくなってる? いやなんだよ平凡巻き込まれ役って! あーもう!そんな睨むな!牽制するな! 俺には超絶ラブラブな彼氏がいるからそっちのいざこざに巻き込まないでくださいっ!!! ※主人公は固定カプ、、、というか、初っ端から2人でイチャイチャしてるし、ずっと変わりません ※同姓同士の婚姻が認められている世界線での話です ※王道学園とはなんぞや?という人のために一応説明を載せていますが、私には文才が圧倒的に足りないのでわからないままでしたら、他の方の作品を参照していただきたいです🙇‍♀️ ※シリアスは皆無です 終始ドタバタイチャイチャラブコメディでおとどけします

生まれ変わりは嫌われ者

青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。 「ケイラ…っ!!」 王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。 「グレン……。愛してる。」 「あぁ。俺も愛してるケイラ。」 壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。 ━━━━━━━━━━━━━━━ あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。 なのにー、 運命というのは時に残酷なものだ。 俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。 一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。 ★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!

【完結】魔力至上主義の異世界に転生した魔力なしの俺は、依存系最強魔法使いに溺愛される

秘喰鳥(性癖:両片思い&すれ違いBL)
BL
【概要】 哀れな魔力なし転生少年が可愛くて手中に収めたい、魔法階級社会の頂点に君臨する霊体最強魔法使い(ズレてるが良識持ち) VS 加虐本能を持つ魔法使いに飼われるのが怖いので、さっさと自立したい人間不信魔力なし転生少年 \ファイ!/ ■作品傾向:両片思い&ハピエン確約のすれ違い(たまにイチャイチャ) ■性癖:異世界ファンタジー×身分差×魔法契約 力の差に怯えながらも、不器用ながらも優しい攻めに受けが絆されていく異世界BLです。 【詳しいあらすじ】 魔法至上主義の世界で、魔法が使えない転生少年オルディールに価値はない。 優秀な魔法使いである弟に売られかけたオルディールは逃げ出すも、そこは魔法の為に人の姿を捨てた者が徘徊する王国だった。 オルディールは偶然出会った最強魔法使いスヴィーレネスに救われるが、今度は彼に攫われた上に監禁されてしまう。 しかし彼は諦めておらず、スヴィーレネスの元で魔法を覚えて逃走することを決意していた。

魔王討伐後に勇者の子を身篭ったので、逃げたけど結局勇者に捕まった。

柴傘
BL
勇者パーティーに属していた魔術師が勇者との子を身篭ったので逃走を図り失敗に終わるお話。 頭よわよわハッピーエンド、執着溺愛勇者×気弱臆病魔術師。 誰もが妊娠できる世界、勇者パーティーは皆仲良し。 さくっと読める短編です。

処理中です...