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幼い王子

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 それから三日間、フェリクス殿下は目を覚まさなかった。一日経っても、二日経っても、三日経った今日になっても。
 その間、毎日主治医のカーソンさんに診てもらって、その度に同じ答えが返ってきた。

「体力は問題ありませんね。ですが、魔力の枯渇状態が続いているようです。目を覚ますまで時間がかかるかもしれません」
「そうですか……」
「はい。以前にもお伝えしましたが、魔法は決して万能ではありません。特に治癒魔法は使用者に大きな負担がかかるのです。瀕死の重傷を負った者を助けたのですから、殿下のご負担は相当なものだったとお見受けします」
「……はい」
「聖女様、貴方も少し休まれた方がいい。殿下が倒れられてからというもの、満足に食事や睡眠をとっていないと聞きました。聖女様が倒れてしまっては元も子もありませんよ」
「……はい、ありがとうございます」

 カーソンさんはよく僕の顔を見てから去っていった。僕の顔がよほど酷かったのだろう。自分でもひどい顔をしている自覚があったから、何も言えなかった。

 寝台の横に置いた椅子に座り込み、そっと眠るフェリクス殿下に手を伸ばした。その頰に触れる直前で、思いとどまるみたいに手を握る。

「……ごめんなさい」

 殿下のために何もすることができない自分が情けなくて仕方なかった。
 こうしてただ、殿下が目覚めることを祈ってそばにいることしかできない。
 無力な自分が情けなくて不甲斐なくて、どうしようもない感情を堪えるようにさらに強く手を握る。
 握りしめた拳から一筋の血が流れた時、ぴくりと殿下の瞼が震えた。

「ぅ……ん」
「殿下!?」

 殿下が微かに呻いた。長い睫毛が震えて、薄い瞼がピクピクと痙攣した。
 僕は椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がった。

「フェリクス殿下……っ!」

 祈るような気持ちで、その目をまっすぐに見つめた。
 やがて長い睫毛の下から金の瞳が現れる。
 ぼんやりと天井を眺めていた視線がさまよい、徐々に焦点が定まっていくのがわかった。

「……マコト?」

 掠れた低い声が僕の名前を呼んだ。
 美しい金の瞳に確かな生気が宿るのを見て、思わず膝から崩れ落ちてしまった。

「っ……」
「どうした、気分が悪いのか」

 感極まって泣いてしまいそうだった。その衝動をぐっと堪えて、なんとか笑ってみせた。
 不格好な笑みだったと思う。それでも、優しい殿下に心配をかけたくなかった。

「……よかっ……た」

 殿下が小さく息を呑む気配がした。

「よかった……です。目を覚ましてくれて……本当に、っよかった」

 情けないことこの上ないけれど、本当に怖かったのだ。フェリクス殿下の目が二度と覚めなかったらと思うと不安で仕方なかった。
 結局は堪えきれなくなった涙が僕の頰を流れていった。手の甲で目元を拭う僕を見て、フェリクス殿下は固まったように動かなくなってしまった。
 僕が泣いているからびっくりしてしまったのかもしれない。慌てて謝ろうとした時、不意に手を握られた。

「この傷はどうした」
「あ、これは……」

 拳を強く握り過ぎて、自分の爪で手のひらを切ってしまったのだ。
 傷はそれほど深くないし、血もほとんど止まっている。殿下の目に触れないように、もう片方の手で傷を隠した。

「いえ、なんでもありません。少し擦っただけですので」
「……俺のせいか」
「え?」

 フェリクス殿下は苦しげに眉を寄せると、そのまま僕の手を引き寄せた。

「っ!?」

 引かれるままに立ち上がった僕は、次の瞬間にはフェリクス殿下の腕の中にいた。痛いほどに抱きしめられて息が詰まる。

「で、殿下、あの」
「……魔力が足りない」
「え?」
「少し我慢しろ。こうしていればいずれ治る」

 そう言ってさらに強く抱きしめられる。
 触れ合った場所がぽかぽかと温かくなって、僕たちの全身を淡い光が包んでいることに気がついた。その光が緩やかに流れながら僕の傷口に集まっていく。
 そこでようやく、殿下が力を振り絞って僕の傷を治そうとしてくれていることに気づいた。

「フェリクス殿下! ダメです、やめてくださいっ」
「何故だ」

 大人びた殿下にしては珍しく、ムッとしたような声だった。
 小さな子供が拗ねているような声にドキリとする。

「俺に触れられるのが嫌か」
「い、いえ、そんなことありません」
「なら大人しくしていろ」

 ぐりぐりと肩口に額を押し付けれて、胸の奥がキュンと締め付けられた。
 ……可愛い。なんて本人に言ったら怒らせてしまうことは目に見えている。
 それに何より、これ以上殿下に負担をかけるわけにはいかないのだ。そっと殿下の肩に手を置いて、控えめな力加減で押してみた。

「殿下、これ以上はいけません。僕のために魔法を使ったらまた倒れてしまいます。こんなのただの擦り傷ですから、放っておけばそのうち治ります、ね?」
「……俺を置いて行くのか」
「え?」
「魔法が使えない俺は必要ないのか」

 殿下の声は僕を責めているようで、どこにも行かないでと縋っているようにも聞こえた。
 こんなの普段の殿下からは考えられないことだ。もしかしたら、まだ意識が朦朧としていて、言動が少し幼くなっているのかもしれない。
 ぎゅっと僕の体を強く抱きしめた殿下に、思わずその頭を両腕で抱き込んでいた。

「どこにも行きません」
「……本当か?」
「はい」

 安心したように、殿下が僕の胸に頰を寄せた。
 そのことほっとしながら、優しく殿下の頭を撫でて囁いた。

「殿下、魔法は使わなくて大丈夫です。僕のことを心配してくれる気持ちはすごくすごく嬉しいです。でも、僕のせいで殿下が倒れてしまったらその何倍も悲しいんです」
「……わかった」

 窺うように僕の目を覗き込んだ殿下が小さく頷いた。それと同時に、僕たちの体を包んでいた光が空気に溶けて消えていった。

「これでいいか」
「はい。ありがとうございます、殿下」

 お礼を言うと、フェリクス殿下はまた僕の体に強く抱きついた。まるでもうどこにも行かないでと懇願されているようだった。
 そんな殿下の様子が愛おしくてたまらないと思ったのは秘密だ。
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