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代償と願い

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 まるで小さな子が甘えるように、僕の肩口に額をすり寄せた。

「フェリクス殿下?」
「……」
「えっと……お疲れですか? でしたらお部屋でお休みになった方が……」
「……力を使いすぎたのかも」
「え?」

 ぽつりとこぼしたのはミリウス殿下だ。

「兄様の力は、体にすごくフタンがかかるの」
「え、でも、フェリクス殿下はそんなこと……」
「マコトが、助けてっていったからだよ。兄様は、やさしいから」

 ああ、そうだ。ぶっきらぼうだけど、本当は優しい人だって分かっていた。

「ごめんね、マコト」
「どうしてミリウス殿下が謝るんですか?」
「……兄様の力のこと、マコトにおしえたの、僕だから。だから、ごめんなさい」

 しゅんと肩を落とすミリウス殿下につられて、僕の心まできゅっと縮んだ気がした。

「そんな顔しないでください。フェリクス殿下に助けを求めることを選んだのは僕です。それに、ミリウス殿下は僕のためを思って教えてくださったんですよね?」
「……うん」
「ありがとうございます。その優しさのおかげで、あのワンちゃんは救われたんです。だから謝らないでください。フェリクス殿下に謝らなきゃいけないのは僕だけです」
「……兄様の、そばにいてあげて」
「え?」
「僕、さびしかったの。でも、マコトが一緒にいてくれたから、さびしくなくなったの」

 ミリウス殿下が、「おねがい」と小さな手で僕の手を握った。

「兄様が元気になるまで、そばにいてあげて」
「はい、そうします」

 僕の答えに、ほっとしたようにミリウス殿下が微笑んだ。
 正直、フェリクス殿下が僕にそばにいてほしいと思っているかは分からない。それでも、僕にできることはなんでもしたかった。

「ユルゲンさん、手伝っていただけますか? 僕一人じゃフェリクス殿下をお部屋に運べないので」
「担架を用意します」

 それだけ言って猛スピードで走り去ったユルゲンさんが、またしても猛スピードで戻ってきた。その後ろを担架を抱えた兵士たちが一生懸命追いかけている。

「失礼いたします」

 意識のないフェリクス殿下に一声かけて、ユルゲンさんがそっと殿下の体を僕から引き離した。
 僕の体に回った腕が、まるで縋り付いているように感じたのは気のせいだろうか。

「マコト……」
「はい」
「……兄様を、おねがいね」

 それは、懇願だった。心の底から願うような切実な声音に胸が締め付けられるようだった。
 僕はちゃんと笑えただろうか。
「はい」とだけ答えて、震える唇を強く噛みしめた僕を見て、ミリウス殿下が安心したように微笑んだ。



 ***

 お医者さんにも診てもらったけど、体力と魔力が回復するまで安静にするほかないという診断だった。
 死にそうな顔でフェリクス殿下の枕元に立つ僕を心配してくれたのかもしれない。ミリウス殿下は「大丈夫だよ」としきりに僕を励ましてくれた。

「ミリウス殿下、そろそろお休みになられないと」
「うん。マコト、またね」
「はい。おやすみなさい」

 お迎えに来たアリシアさんに連れられて、ミリウス殿下は離宮へと戻って行った。

「少しお休みになられてはいかがですか?」
「……ありがとうございます。でも今は、フェリクス殿下のそばにいたいんです」
「……廊下で控えていますので、何かあればお声掛けください」
「はい。ありがとうございます」

 ユルゲンさんに夜通し付き合ってもらうのは申し訳なかったけど、何かあった時に僕一人では対処できない。
 ご厚意に甘えることにした僕を残して、ユルゲンさんが部屋を後にした。

「ごめんなさい」

 二人きりの室内には、掠れた僕の声もやけによく響いた。
 真っ青で正気の感じられないフェリクス殿下の頬に、恐る恐ると手を当てる。ひんやりとして、けれど確かな温もりを感じてほっとした。

「早く目を覚まして、ちゃんと目を見て謝らせてください」

 お願いだから、このままいなくなってしまわないで。
 縋りつくように額を合わせた。自分の目からこぼれた雫がぽたぽたと落ちて殿下の頰を濡らす。
 殿下の長い睫毛にも涙が落ちて、まるで殿下が泣いてるみたいだった。

「っ……」
「フェリクス殿下?」

 殿下が小さく息を漏らした。
 まさかと思って顔を離した瞬間だった。ぎゅっと眉を寄せたフェリクス殿下がうっすらと目を開いたのだ。

「殿下! よかっ」
「行くな」
「え?」
「どこにも、行くな」

 低く掠れた声が、確かに僕を求めていた。
 頼りなげに宙を彷徨った殿下の手が僕の手首を掴む。

「そばに……」

 その言葉を最後に、殿下は再び目を閉じた。一瞬見えた殿下の金の瞳。その双眸が赤く擦れて見えて、悲痛な眼差しが脳裏に焼き付いて離れなかった。
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