16 / 85
代償と願い
しおりを挟む
まるで小さな子が甘えるように、僕の肩口に額をすり寄せた。
「フェリクス殿下?」
「……」
「えっと……お疲れですか? でしたらお部屋でお休みになった方が……」
「……力を使いすぎたのかも」
「え?」
ぽつりとこぼしたのはミリウス殿下だ。
「兄様の力は、体にすごくフタンがかかるの」
「え、でも、フェリクス殿下はそんなこと……」
「マコトが、助けてっていったからだよ。兄様は、やさしいから」
ああ、そうだ。ぶっきらぼうだけど、本当は優しい人だって分かっていた。
「ごめんね、マコト」
「どうしてミリウス殿下が謝るんですか?」
「……兄様の力のこと、マコトにおしえたの、僕だから。だから、ごめんなさい」
しゅんと肩を落とすミリウス殿下につられて、僕の心まできゅっと縮んだ気がした。
「そんな顔しないでください。フェリクス殿下に助けを求めることを選んだのは僕です。それに、ミリウス殿下は僕のためを思って教えてくださったんですよね?」
「……うん」
「ありがとうございます。その優しさのおかげで、あのワンちゃんは救われたんです。だから謝らないでください。フェリクス殿下に謝らなきゃいけないのは僕だけです」
「……兄様の、そばにいてあげて」
「え?」
「僕、さびしかったの。でも、マコトが一緒にいてくれたから、さびしくなくなったの」
ミリウス殿下が、「おねがい」と小さな手で僕の手を握った。
「兄様が元気になるまで、そばにいてあげて」
「はい、そうします」
僕の答えに、ほっとしたようにミリウス殿下が微笑んだ。
正直、フェリクス殿下が僕にそばにいてほしいと思っているかは分からない。それでも、僕にできることはなんでもしたかった。
「ユルゲンさん、手伝っていただけますか? 僕一人じゃフェリクス殿下をお部屋に運べないので」
「担架を用意します」
それだけ言って猛スピードで走り去ったユルゲンさんが、またしても猛スピードで戻ってきた。その後ろを担架を抱えた兵士たちが一生懸命追いかけている。
「失礼いたします」
意識のないフェリクス殿下に一声かけて、ユルゲンさんがそっと殿下の体を僕から引き離した。
僕の体に回った腕が、まるで縋り付いているように感じたのは気のせいだろうか。
「マコト……」
「はい」
「……兄様を、おねがいね」
それは、懇願だった。心の底から願うような切実な声音に胸が締め付けられるようだった。
僕はちゃんと笑えただろうか。
「はい」とだけ答えて、震える唇を強く噛みしめた僕を見て、ミリウス殿下が安心したように微笑んだ。
***
お医者さんにも診てもらったけど、体力と魔力が回復するまで安静にするほかないという診断だった。
死にそうな顔でフェリクス殿下の枕元に立つ僕を心配してくれたのかもしれない。ミリウス殿下は「大丈夫だよ」としきりに僕を励ましてくれた。
「ミリウス殿下、そろそろお休みになられないと」
「うん。マコト、またね」
「はい。おやすみなさい」
お迎えに来たアリシアさんに連れられて、ミリウス殿下は離宮へと戻って行った。
「少しお休みになられてはいかがですか?」
「……ありがとうございます。でも今は、フェリクス殿下のそばにいたいんです」
「……廊下で控えていますので、何かあればお声掛けください」
「はい。ありがとうございます」
ユルゲンさんに夜通し付き合ってもらうのは申し訳なかったけど、何かあった時に僕一人では対処できない。
ご厚意に甘えることにした僕を残して、ユルゲンさんが部屋を後にした。
「ごめんなさい」
二人きりの室内には、掠れた僕の声もやけによく響いた。
真っ青で正気の感じられないフェリクス殿下の頬に、恐る恐ると手を当てる。ひんやりとして、けれど確かな温もりを感じてほっとした。
「早く目を覚まして、ちゃんと目を見て謝らせてください」
お願いだから、このままいなくなってしまわないで。
縋りつくように額を合わせた。自分の目からこぼれた雫がぽたぽたと落ちて殿下の頰を濡らす。
殿下の長い睫毛にも涙が落ちて、まるで殿下が泣いてるみたいだった。
「っ……」
「フェリクス殿下?」
殿下が小さく息を漏らした。
まさかと思って顔を離した瞬間だった。ぎゅっと眉を寄せたフェリクス殿下がうっすらと目を開いたのだ。
「殿下! よかっ」
「行くな」
「え?」
「どこにも、行くな」
低く掠れた声が、確かに僕を求めていた。
頼りなげに宙を彷徨った殿下の手が僕の手首を掴む。
「そばに……」
その言葉を最後に、殿下は再び目を閉じた。一瞬見えた殿下の金の瞳。その双眸が赤く擦れて見えて、悲痛な眼差しが脳裏に焼き付いて離れなかった。
「フェリクス殿下?」
「……」
「えっと……お疲れですか? でしたらお部屋でお休みになった方が……」
「……力を使いすぎたのかも」
「え?」
ぽつりとこぼしたのはミリウス殿下だ。
「兄様の力は、体にすごくフタンがかかるの」
「え、でも、フェリクス殿下はそんなこと……」
「マコトが、助けてっていったからだよ。兄様は、やさしいから」
ああ、そうだ。ぶっきらぼうだけど、本当は優しい人だって分かっていた。
「ごめんね、マコト」
「どうしてミリウス殿下が謝るんですか?」
「……兄様の力のこと、マコトにおしえたの、僕だから。だから、ごめんなさい」
しゅんと肩を落とすミリウス殿下につられて、僕の心まできゅっと縮んだ気がした。
「そんな顔しないでください。フェリクス殿下に助けを求めることを選んだのは僕です。それに、ミリウス殿下は僕のためを思って教えてくださったんですよね?」
「……うん」
「ありがとうございます。その優しさのおかげで、あのワンちゃんは救われたんです。だから謝らないでください。フェリクス殿下に謝らなきゃいけないのは僕だけです」
「……兄様の、そばにいてあげて」
「え?」
「僕、さびしかったの。でも、マコトが一緒にいてくれたから、さびしくなくなったの」
ミリウス殿下が、「おねがい」と小さな手で僕の手を握った。
「兄様が元気になるまで、そばにいてあげて」
「はい、そうします」
僕の答えに、ほっとしたようにミリウス殿下が微笑んだ。
正直、フェリクス殿下が僕にそばにいてほしいと思っているかは分からない。それでも、僕にできることはなんでもしたかった。
「ユルゲンさん、手伝っていただけますか? 僕一人じゃフェリクス殿下をお部屋に運べないので」
「担架を用意します」
それだけ言って猛スピードで走り去ったユルゲンさんが、またしても猛スピードで戻ってきた。その後ろを担架を抱えた兵士たちが一生懸命追いかけている。
「失礼いたします」
意識のないフェリクス殿下に一声かけて、ユルゲンさんがそっと殿下の体を僕から引き離した。
僕の体に回った腕が、まるで縋り付いているように感じたのは気のせいだろうか。
「マコト……」
「はい」
「……兄様を、おねがいね」
それは、懇願だった。心の底から願うような切実な声音に胸が締め付けられるようだった。
僕はちゃんと笑えただろうか。
「はい」とだけ答えて、震える唇を強く噛みしめた僕を見て、ミリウス殿下が安心したように微笑んだ。
***
お医者さんにも診てもらったけど、体力と魔力が回復するまで安静にするほかないという診断だった。
死にそうな顔でフェリクス殿下の枕元に立つ僕を心配してくれたのかもしれない。ミリウス殿下は「大丈夫だよ」としきりに僕を励ましてくれた。
「ミリウス殿下、そろそろお休みになられないと」
「うん。マコト、またね」
「はい。おやすみなさい」
お迎えに来たアリシアさんに連れられて、ミリウス殿下は離宮へと戻って行った。
「少しお休みになられてはいかがですか?」
「……ありがとうございます。でも今は、フェリクス殿下のそばにいたいんです」
「……廊下で控えていますので、何かあればお声掛けください」
「はい。ありがとうございます」
ユルゲンさんに夜通し付き合ってもらうのは申し訳なかったけど、何かあった時に僕一人では対処できない。
ご厚意に甘えることにした僕を残して、ユルゲンさんが部屋を後にした。
「ごめんなさい」
二人きりの室内には、掠れた僕の声もやけによく響いた。
真っ青で正気の感じられないフェリクス殿下の頬に、恐る恐ると手を当てる。ひんやりとして、けれど確かな温もりを感じてほっとした。
「早く目を覚まして、ちゃんと目を見て謝らせてください」
お願いだから、このままいなくなってしまわないで。
縋りつくように額を合わせた。自分の目からこぼれた雫がぽたぽたと落ちて殿下の頰を濡らす。
殿下の長い睫毛にも涙が落ちて、まるで殿下が泣いてるみたいだった。
「っ……」
「フェリクス殿下?」
殿下が小さく息を漏らした。
まさかと思って顔を離した瞬間だった。ぎゅっと眉を寄せたフェリクス殿下がうっすらと目を開いたのだ。
「殿下! よかっ」
「行くな」
「え?」
「どこにも、行くな」
低く掠れた声が、確かに僕を求めていた。
頼りなげに宙を彷徨った殿下の手が僕の手首を掴む。
「そばに……」
その言葉を最後に、殿下は再び目を閉じた。一瞬見えた殿下の金の瞳。その双眸が赤く擦れて見えて、悲痛な眼差しが脳裏に焼き付いて離れなかった。
115
お気に入りに追加
3,185
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
オメガの僕が運命の番と幸せを掴むまで
なの
BL
オメガで生まれなければよかった…そしたら人の人生が狂うことも、それに翻弄されて生きることもなかったのに…絶対に僕の人生も違っていただろう。やっぱりオメガになんて生まれなければよかった…
今度、生まれ変わったら、バース性のない世界に生まれたい。そして今度こそ、今度こそ幸せになりたい。
幸せになりたいと願ったオメガと辛い過去を引きずって生きてるアルファ…ある場所で出会い幸せを掴むまでのお話。
R18の場面には*を付けます。
生まれ変わりは嫌われ者
青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。
「ケイラ…っ!!」
王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。
「グレン……。愛してる。」
「あぁ。俺も愛してるケイラ。」
壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。
━━━━━━━━━━━━━━━
あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。
なのにー、
運命というのは時に残酷なものだ。
俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。
一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。
★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
30歳まで独身だったので男と結婚することになった
あかべこ
BL
4年前、酒の席で学生時代からの友人のオリヴァーと「30歳まで独身だったら結婚するか?」と持ちかけた冒険者のエドウィン。そして4年後のオリヴァーの誕生日、エドウィンはその約束の履行を求められてしまう。
キラキラしくて頭いいイケメン貴族×ちょっと薄暗い過去持ち平凡冒険者、の予定
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる