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尋ね人
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王様はとにかく仕事が早かった。
まず、お茶会が終わってすぐ、俺のお世話をしてくれていた侍女の皆さんがそれぞれ別の持ち場につくことになった。
「は~、落ち着く」
周りに人の気配がない。たったそれだけのことで、こんなに居心地がいいんだと感動すら覚えた。
ふかふかのベッドに寝そべり、夢見心地で目を閉じる。
窓から差し込む木漏れ日と、微かに聞こえる葉擦れの音。ゆっくりとした時の流れる空間は心地よくて、自然と眠気がやってくる。
──意識が奥底に沈みかけた時、控えめに扉をノックする音がした。
「はい! どうぞ」
慌てて居住まいを正して扉の方に向き直る。
少しの間があって扉が開いた。
「お迎えにあがりました」
現れたのは、やけに姿勢のいい男性だった。
年は三十代半ばくらいだろうか。真面目そうなキリッとした面立ちに、引き結ばれた唇。黒に青を溶かしたような深い色の髪はオールバックでぴっちりセットされていて、髪と同じ深い色の瞳と意思の強そうな眉がより印象的に感じられた。
佇まいに隙がないというのか。自然とこちらの背筋も伸びてしまうような風格があった。
「あっ、はい。えっと……」
「申し遅れました。近衛騎士団副長を務めております、ユルゲンと申します。以後、お見知り置きを」
「ご丁寧にありがとうございます。僕は……」
「お名前は存じております」
「……そう、ですよね、すみません」
気まずい沈黙が流れる。
次の言葉を探して視線を彷徨わせていると、徐にユルゲンさんが口を開いた。
「申し訳ありません。私は……」
「は、はい」
「……世間話が、不得手なのです。ご不快に思われる」
「いえ! 全く、全然! 不快ではないです!」
思わず、ユルゲンさんの言葉を遮るように食い気味で答えてしまった。
確かに不自然に会話が途切れて気まずかったけど、そのことを気に病んでわざわざ謝罪してくれるような優しい人なんだ。ユルゲンさんの誠実さが伝わってきて、不快どころかむしろ好感でしかない。
僕の反応が意外だったのか、ユルゲンさんが僅かに瞠目した。その顔に、遅れて羞恥心がやってきた。
「すみません、急に大きい声を出してしまって……」
「いえ、お気になさらないでください」
「ありがとうございます」
「礼には及びません」
真面目を絵に描いたような返答になんだかほっこりしてしまった。
「……ユルゲンさんって、面白い方なんですね」
今度こそ、ユルゲンさんの目が限界まで見開かれた。
でも目以外の部位はぴくりとも動かないから、それが余計に面白くて思わず吹き出してしまった。
「はは、ユルゲンさんって意外と顔に出るタイプなんですね」
「……初めて言われました」
「そうなんですか? 僕もよく顔に出やすいって言われるので、似た者同士だと分かりやすいのかもしれないです」
「……」
「あ、すみません。似た者同士なんて失礼ですよね」
近衛騎士団の副長だなんて肩書きからしてすごい人だ。
偽物と揶揄される僕なんかと一緒にされるなんてプライドが許さないかもしれない。
慌てて謝罪すると、ユルゲンさんが言葉を選びあぐねるように視線を彷徨わせた。
「……ユルゲンさん?」
「私は騎士です」
「は、はい」
「貴方のなさることで、私が不快に思うことなど何一つありません」
真っ直ぐに注がれる視線に射竦められて、何も言えなくなってしまった。
ユルゲンさんの目には、確かな忠誠心が宿っていた。
「それから、私に敬語は不要です」
「え? いや、でも……」
「一介の騎士に過ぎない私に敬語は不要です。ですが、貴方がお気になさるのでしたら無理にとは言いません」
「いえっ、そんな! ただその、何かの間違いでこの世界に来てしまっただけで、僕は普通の人間なんです。聖女様だなんて、本当に肩書だけのただの凡人です」
「……私は、肩書で人を判断するほど浅短な人間ではありません。貴方だから、忠義を尽くしたいと思ったまでです」
そういえば、この人は一度も僕を"聖女様"とは呼んでいない。たったそれだけのことが、涙が出そうなくらいに嬉しかった。
それと同時に、ユルゲンさんならもしかしたら……と言う淡い期待を抱かずにはいられなかった。
「あの、ユルゲンさんさえよろしければ、聖女としてではなく普通の人として接していただけると有り難いのですが……」
「それは無理です」
「あ、ですよね……」
やはり簡単にはいかないか。
落胆しかけたその時、ユルゲンさんが口を開いた。
「……フェリクス殿下の婚約者であらせられる貴方を、他の者と同等には扱えません」
なるほど。聖女云々は関係なく、そこが引っかかる部分だったらしい。
王に忠誠を誓う近衛騎士団の副長として、王子の婚約者を気安くは扱えないというのは納得できる。それが、本当の婚約者だったらの話だけど。
まず、お茶会が終わってすぐ、俺のお世話をしてくれていた侍女の皆さんがそれぞれ別の持ち場につくことになった。
「は~、落ち着く」
周りに人の気配がない。たったそれだけのことで、こんなに居心地がいいんだと感動すら覚えた。
ふかふかのベッドに寝そべり、夢見心地で目を閉じる。
窓から差し込む木漏れ日と、微かに聞こえる葉擦れの音。ゆっくりとした時の流れる空間は心地よくて、自然と眠気がやってくる。
──意識が奥底に沈みかけた時、控えめに扉をノックする音がした。
「はい! どうぞ」
慌てて居住まいを正して扉の方に向き直る。
少しの間があって扉が開いた。
「お迎えにあがりました」
現れたのは、やけに姿勢のいい男性だった。
年は三十代半ばくらいだろうか。真面目そうなキリッとした面立ちに、引き結ばれた唇。黒に青を溶かしたような深い色の髪はオールバックでぴっちりセットされていて、髪と同じ深い色の瞳と意思の強そうな眉がより印象的に感じられた。
佇まいに隙がないというのか。自然とこちらの背筋も伸びてしまうような風格があった。
「あっ、はい。えっと……」
「申し遅れました。近衛騎士団副長を務めております、ユルゲンと申します。以後、お見知り置きを」
「ご丁寧にありがとうございます。僕は……」
「お名前は存じております」
「……そう、ですよね、すみません」
気まずい沈黙が流れる。
次の言葉を探して視線を彷徨わせていると、徐にユルゲンさんが口を開いた。
「申し訳ありません。私は……」
「は、はい」
「……世間話が、不得手なのです。ご不快に思われる」
「いえ! 全く、全然! 不快ではないです!」
思わず、ユルゲンさんの言葉を遮るように食い気味で答えてしまった。
確かに不自然に会話が途切れて気まずかったけど、そのことを気に病んでわざわざ謝罪してくれるような優しい人なんだ。ユルゲンさんの誠実さが伝わってきて、不快どころかむしろ好感でしかない。
僕の反応が意外だったのか、ユルゲンさんが僅かに瞠目した。その顔に、遅れて羞恥心がやってきた。
「すみません、急に大きい声を出してしまって……」
「いえ、お気になさらないでください」
「ありがとうございます」
「礼には及びません」
真面目を絵に描いたような返答になんだかほっこりしてしまった。
「……ユルゲンさんって、面白い方なんですね」
今度こそ、ユルゲンさんの目が限界まで見開かれた。
でも目以外の部位はぴくりとも動かないから、それが余計に面白くて思わず吹き出してしまった。
「はは、ユルゲンさんって意外と顔に出るタイプなんですね」
「……初めて言われました」
「そうなんですか? 僕もよく顔に出やすいって言われるので、似た者同士だと分かりやすいのかもしれないです」
「……」
「あ、すみません。似た者同士なんて失礼ですよね」
近衛騎士団の副長だなんて肩書きからしてすごい人だ。
偽物と揶揄される僕なんかと一緒にされるなんてプライドが許さないかもしれない。
慌てて謝罪すると、ユルゲンさんが言葉を選びあぐねるように視線を彷徨わせた。
「……ユルゲンさん?」
「私は騎士です」
「は、はい」
「貴方のなさることで、私が不快に思うことなど何一つありません」
真っ直ぐに注がれる視線に射竦められて、何も言えなくなってしまった。
ユルゲンさんの目には、確かな忠誠心が宿っていた。
「それから、私に敬語は不要です」
「え? いや、でも……」
「一介の騎士に過ぎない私に敬語は不要です。ですが、貴方がお気になさるのでしたら無理にとは言いません」
「いえっ、そんな! ただその、何かの間違いでこの世界に来てしまっただけで、僕は普通の人間なんです。聖女様だなんて、本当に肩書だけのただの凡人です」
「……私は、肩書で人を判断するほど浅短な人間ではありません。貴方だから、忠義を尽くしたいと思ったまでです」
そういえば、この人は一度も僕を"聖女様"とは呼んでいない。たったそれだけのことが、涙が出そうなくらいに嬉しかった。
それと同時に、ユルゲンさんならもしかしたら……と言う淡い期待を抱かずにはいられなかった。
「あの、ユルゲンさんさえよろしければ、聖女としてではなく普通の人として接していただけると有り難いのですが……」
「それは無理です」
「あ、ですよね……」
やはり簡単にはいかないか。
落胆しかけたその時、ユルゲンさんが口を開いた。
「……フェリクス殿下の婚約者であらせられる貴方を、他の者と同等には扱えません」
なるほど。聖女云々は関係なく、そこが引っかかる部分だったらしい。
王に忠誠を誓う近衛騎士団の副長として、王子の婚約者を気安くは扱えないというのは納得できる。それが、本当の婚約者だったらの話だけど。
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