本物の聖女が現れてお払い箱になるはずが、婚約者の第二王子が手放してくれません

すもも

文字の大きさ
上 下
9 / 85

王様の頼み事

しおりを挟む
「私の四番目の息子に会ってやってほしいのだ」
「……そんなことでいいんですか?」

 無理難題を覚悟していただけに、思わず拍子抜けしてしまった。

「昔から大人しい奴でな。近頃は尚のこと塞ぎ込んで、子供らしい溌剌さが皆無と言っていい」
「それぞれ個性がありますからね」
「個性というにも限度がある。よく一人で何処ぞに出掛けてはふらっと帰って来るような奴なのだが……どうやらこのところは裏の森に通っているらしい」
「自然がお好きなんですね」
「いや、あの森にはかつて魔物が巣食っていてな、今もまだ辺りを瘴気が覆っているのだ。よもや、瘴気に充てられて悪しき者に取り憑かれているやもしれぬ。そこで其方の出番というわけだ」

 王様がニヤッと笑った。それはもう愉しそうに。
 悪い予感に背筋が凍ったのはいうまでもない。

「聖女殿の力で息子を救ってやってくれ」
「む、無理です」
「何故だ。私の可愛い息子が哀れだとは思わぬのか」
「いえ、本当に魔物に憑かれているならお労しいことだと思います。ただその、僕には聖女様が持つような神聖な力はないんです。もし本当に何かに取り憑かれているなら、きちんとお祓いができる方に見ていただいた方が息子さんのためになると思います」
「確かに、其方は本物の聖女ではないのかもしれん。だがな、この世界に導かれたことには必ず意味があるはずだ。例え悪しき者を祓えぬとしても、息子を救う活路を見出せる。其方を見ているとそんなふうに思えて来るのだ」

 いったい僕のどこを見てそう思ったんだろう。
 不思議で仕方ないけど、それ以上に頼ってもらえたことが嬉しかった。この世界に来て初めて、誰かに必要としてもらえた気がしたから。

「僕にはなんの力もありませんが、息子さんのためになるなら頑張りたいです」
「そう言ってくれて嬉しいぞ。息子には既に其方の話を通してある」
「が、頑張ります」
「なに、そう身構えることはない。我ら王家の血筋は強運だ。例え何かに取り憑かれているとしても、悪いようにはならんだろうさ」

 快活に笑う王様に、やんわりと微笑み返す。
 フェリクス殿下だけは、難しい顔をして眉間に皺を刻んでいた。

「父上、ミリウスは極度の人見知りです。無理にマコトと引き合わせれば、尚のこと心を閉ざしかねません」
「ほお」

 王様が意外そうに目を瞬いた。

「マコトと呼んでいるのか。これはめでたい進展だな」
「……話を逸らさないでいただきたい」
「ああ、そうカッカするな。私もあの子の父親だ。これでもあの子の性分は理解しておる。無理強いをしては余計に口を利かなくなることもな。だが、そのリスクを差し引いても尚、それが最善であると私の直感が告げている」

 やっぱり、この人の言葉には有無を言わせない何かがある。
 フェリクス殿下も同じことを思ったのかもしれない。不服そうではあったものの、それ以上食い下がることはなかった。

「よし、長話が済んだところで茶会としよう。ああ、酒が良ければもちろん構わないぞ」

 金の杯を差し出されてぶんぶんと首を横に振る。

「いえっ、大丈夫です」
「はっはっ、そう身構えるな。毒など入っておらんぞ」

「いえっ、そういう意味じゃないんです! ただあまりお酒が得意ではないものでっ」
「揶揄っただけだ。そう慌てふためかれると余計に揶揄いたくなる」
「す、すみません」
「謝ることはないだろう。……其方、何か望みはないのか?」

 まただ。全てを見透かすような目。まるで遠くの獲物に狙いを定める鷲のような目に心臓が縮こまった。

「過分なほどのご厚意をいただき感謝しております。ただ……」
「なんだ、遠慮せず申してみよ」
「こ、この衣装を、もう少し地味な感じといいますか、できればドレスではなくパンツスタイルで、あとベールもなくしていただけると有り難いのですが……」

 純白のドレスにベールだなんてまるで花嫁様だ。
 僕のような人間には不釣り合いなそれをいい加減やめさせてほしかった。……エヴァン殿下にも苦言を呈されてしまったし。

「ふむ、それは少し難しいな」
「……やっぱり、仕来りに背いてはいけませんよね」
「いや、単にその方が愉快だというだけだ」
「へ?」
「簡単に騙されおって。今のも冗談だ。……それ以外に望みはないのか」
「はい、特には」

 本当は元の世界に帰してほしいけど、無理なお願いだってことはわかってる。
 それ以外には本当に不自由していないし……いや、一つだけあった。

「すみません、我儘が許されるなら、もう一つだけよろしいでしょうか?」
「ああ」
「……侍女の方をつけないでいただきたいんです。その、皆さんとても親切にしてくださるのですが、自分のことは自分でできますし、大した身分でもないのにお世話していただくのは忍びなくて……」

 本当は、彼女たちから感じる悪意に耐えられそうにないだけだ。
 大っぴらに何かを言うわけではないけど、僕を見る目が言外に語っている。
 なぜ、こんな見窄らしい男に傅かねばならないのかと。不満を湛えたその目に晒される毎日に、いい加減ストレスで穴が開きそうだった。
 僕としては切実なお願い。でも、王様にとっては理解できないことだったらしい。形のいい目が不思議そうに瞬きを繰り返した。

「侍従の数が足りないと文句を言う者はいても、数を減らせと言う奴は初めて見たぞ」
「僕は元々庶民も庶民なので……。その、数を減らすというよりも、できればゼロにしていただきたいのですが……」
「……ふむ、面白い頼み事だが、残念ながら聞いてやれんな。最低でも一人は侍従を付けてもらう。聖女とは本来、国で最も貴い身分であるのだからな」
「ですが、僕は本物の聖女様ではありません。間違ってこの世界に喚ばれてしまっただけの、普通の人間です」

 特別扱いをされる度、罪悪感で居た堪れなくなる。
 その気持ちを分かってもらいたい。だけど、王様は理解できないというように首を傾げた。

「其方、知れば知るほどおかしな奴だな」
「そうでしょうか……」
「ああ。だが、変わり者だからこそ気に入った。今いる侍女たちは気に入らんのだろう? ならば、其方が気に入った者を一人、側仕えとして新たに雇うがいい」
「え、ですが……その」
「よい。要らぬと言うのなら無理には押しつけぬが、一人くらい話し相手がいた方が気が休まるだろう。どんな身分の者でも構わん。気に入った者が見つかれば私の前に連れて来い」
「わ、かり、ました」

 正直、この王宮内でそんな人を見つけられる自信はなかった。
 大抵の人は僕のことを疎ましく思っているし、嫌々お世話してもらってもお互いにストレスが溜まるだけだ。だけど、これ以上言い募っても無意味な気がした。
 僕を真っ直ぐに見据える王様の目が、異論は認めない、と言外に語っていたのだ。
しおりを挟む
感想 36

あなたにおすすめの小説

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

生まれ変わりは嫌われ者

青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。 「ケイラ…っ!!」 王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。 「グレン……。愛してる。」 「あぁ。俺も愛してるケイラ。」 壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。 ━━━━━━━━━━━━━━━ あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。 なのにー、 運命というのは時に残酷なものだ。 俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。 一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。 ★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!

転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話

鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。 この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。 俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。 我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。 そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。

初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…? タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。 歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

【完結】悪妻オメガの俺、離縁されたいんだけど旦那様が溺愛してくる

古井重箱
BL
【あらすじ】劣等感が強いオメガ、レムートは父から南域に嫁ぐよう命じられる。結婚相手はヴァイゼンなる偉丈夫。見知らぬ土地で、見知らぬ男と結婚するなんて嫌だ。悪妻になろう。そして離縁されて、修道士として生きていこう。そう決意したレムートは、悪妻になるべくワガママを口にするのだが、ヴァイゼンにかえって可愛らがれる事態に。「どうすれば悪妻になれるんだ!?」レムートの試練が始まる。【注記】海のように心が広い攻(25)×気難しい美人受(18)。ラブシーンありの回には*をつけます。オメガバースの一般的な解釈から外れたところがあったらごめんなさい。更新は気まぐれです。アルファポリスとムーンライトノベルズ、pixivに投稿。

BLゲームのモブに転生したので壁になろうと思います

BL
前世の記憶を持ったまま異世界に転生! しかも転生先が前世で死ぬ直前に買ったBLゲームの世界で....!? モブだったので安心して壁になろうとしたのだが....? ゆっくり更新です。

処理中です...