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王様はお見通し

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「おお、よく来てくれたな。なに、そう硬くなることはない。いずれは義理の父になるかもしれんしな。予行演習がてら、お義父様と呼んでも良いのだぞ」

 ハッハッハ、とよく通るバリトンボイスで笑う王様はやっぱりオーラがあった。なんというか、この人には逆らっちゃダメだ、みたいな本能的に訴えかけてくるものがある。
 これがカリスマ性というやつなんだろうか。王様のオーラに若干気圧されていると、隣からぼそりと「心にもないことを」という呟きが聞こえてきた。

「フェリクスもご苦労だったな。どうだ? 婚約者らしく、聖女殿と親交を深めているのか」
「……ええ、それなりには」

 あ、嘘ついた。
 どうやらフェリクス殿下は嘘が苦手らしい。わざとらしく視線を逸らしたから、きっと王様にもお見通しなはずだ。

「フェリクス、お前は昔から正直な奴だな。それが美点でもあるが、たまには嘘も必要だ。王族が嘘をつくのも処世術だぞ」
「……ええ、賢王と名高い父上は、民や臣下を欺くことに長けていらっしゃいますからね」
「言うようになったなあ、フェリクス。よいぞ、私はお前のそういうところが好きなんだ」

 またしても豪快な笑い声を上げる王様は実にご機嫌だ。一方で、フェリクス殿下の口角はぴくりとも上がらない。
 なんとなく察してはいたけど、良好な父子関係とはいえないらしい。
 居心地の悪さに膝を擦り合わせていれば、不意に黄金色の瞳が僕を見据えた。
 王様の目もフェリクス殿下と同じ金色だ。でも、美しさよりも猛禽類のような獰猛さが優っていた。

「聖女殿、其方はニッポンという国から来たのだろう? 奥ゆかしい民族だと聞くが、偶には其方からも積極的に動かねばな。このままでは、形ばかりの婚約者になってしまいかねんぞ」
「……僕は、それでもいいかなと、思っていたりするのですが……はは」
「いいや、何も良いことなどない。言っただろう。聖女の生命力は王族の精力によって保たれる。フェリクスとはまだ何も進展していないのだろう? であれば其方の生命力は枯渇する一方だ。いずれ、其方の体に限界が来る。早死にしたくなくば、フェリクスから精力を分け与えてもらえ。それが其方の為にもなる」

 王様の言っていることは概ね正しいのかもしれない。でもそれは、僕が聖女様だったら、の話だ。

「お言葉ながら、僕は本物の聖女様ではありません。なので、王族の方の精力がなくても問題なく生きていけると思います」

「ふむ、それも一理あるな。だが、これまで男の聖女が召喚されたという前例はない。前例がないということは、いかなる事態が起こりうるか、誰にも予測できぬということだ。最悪を想定して、事前に手を打つべきだとは思わぬか? 異世界人がこの世界で生きる為には、聖女であるか否かに関わらず、等しく王族の精力が必要という可能性もあるだろう」

 賢王というのは伊達じゃないらしい。
 王様の言葉には、確かにそうかも、と思わせるような説得力があった。
 ぐうの音もでなくなった僕に、くつくつと王様が喉を鳴らした。
 近くにあった杯に口をつけ、張り出た喉仏を鳴らす。鷹揚なその所作から、悠々とした余裕が感じられた。

「まあ、今すぐとは言わん。考えておくことだ。なに、其方は恐らく我が国に留まる道を選ぶだろう。ならば早かれ遅かれ、そういう流れにはなるのだから」
「それは……」
「悪いことは言わん。結果が変わらんのなら、何事も早く着手するに限るぞ。なに、案じずとも、フェリクスには王族としての性教育は十分に施してある。其方は見るからに初心だからな。初夜の床では、生娘の如くフェリクスに身を委ねるといい」
「しょっ……え、あの、え?」

 突然のダイレクトなセクハラ発言に頭が混乱した。
 目を点にして口をぱくぱくさせる僕に、「これはいい」と王様が口角を上げた。その笑みは、大人の色香がドロリと溢れ出したような、壮絶にセクシーなものだった。

「生娘より初心なようだな。どうだ? フェリクスが気に入らんのなら、この私が相手になってやっても良いぞ」
「え!?」
「……父上、お戯れは程々に。迂闊に手を出せば、いつかの二の舞になりますよ」
「冗談だ。それにしても、聖女殿は良い反応をする。器量がいいとは言えんが、多少目を瞑れば愉快な時を過ごせそうだ。案外、エヴァンは惜しいことをしたかもしれんな」

 凍てついた表情のフェリクス殿下に対して、王様は無邪気な少年のように愉しげに笑っている。
 でも僕は笑えない。こんな直接的に性的なお誘いを受けたことがなくて、冗談だと笑い飛ばせなかった。
 どう反応するのが正解なんだろう。言葉が見つからずに閉口していると、目尻を下げた王様が流し目で僕を見た。

「すまないな、フェリクスの言う通り戯れが過ぎた」
「あ、いえ。こちらこそ上手い返しができずすみません」
「はっはっ、気にするな。其方はそのまま、私を愉しませてくれればそれで良い」
「わかり、ました……?」

 曖昧に頷いた僕を見て、王様は鷹揚に頷いた。
 不思議なことに、最初の頃に感じていたような威圧感や息苦しさは感じなくなっていた。
 ゆらゆらと金の杯を揺らした王様が、すっと目を細める。その目はまるで、僕の奥底を覗き込もうとしているようだった。

「実はな、ここに呼び出したのには訳がある。無論、其方らの関係の希薄さも問題ではあるが、それとは別に頼み事があってな」
「頼み事って、僕にですか?」
「ああ、其方にしか頼めないことだ」
「僕にできることであればお引き受けいたしますが……」

 なんでも持ってる王様がわざわざ僕に頼み事だなんて、一体どんな内容だろうか。
 好奇心半分、不安半分。妙にドキドキしていると、王様が「簡単なことだ」と口を開いた。
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