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溢れる本音

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「……泣いているのか」
「えっ?」

 どれだけそうしていたんだろう。呆然と立ち尽くす僕を訝しむように、いつのまにか現れたフェリクス殿下が眉を寄せていた。

「いえっ、全然大丈夫です! ちょっとボーッとしちゃって、はは、すみません」

 慌てて首を横に振る僕に、フェリクス殿下は余計顔をしかめた。

「顔を見せろ」
「あっ、ダメですっ。見ても楽しいものじゃないので!」

 ベールを取られまいと両手で顔を隠す僕に、フェリクス殿下が苛立たしげに舌打ちをする。

「お前が不器量なことは知っている。今更隠す必要などない」
「あ……っ」

 両手を一纏めにして拘束されてしまい、あっさりとベールを取られてしまった。
 思ったよりも至近距離で目が合う。フェリクス殿下の形のいい双眸が細められた。

「……何があった」
「な、なにも」
「なら、何故そんな顔をしている」

 どんな顔だろう。鏡がないから自分では分からない。でもきっと、碌な顔をしていないんだろうな。
 これ以上情けない顔を見られたくなくて、パッと顔を背けた。

「本当に、なんでもないです」
「俺には言えないことか」
「いえ、フェリクス殿下が気になさるようなことは何もありません」
「どんなことでも構わん。言え」

 強い口調だけど、そこに込められた感情は怒りではない気がした。
『言え』という命令形の中に『何故話してくれないのか』という僅かな不安が滲んでいるように思えた。

「……アイツに会ったのか」
「へ……?」
「分かりやすい奴だな。拒絶されて傷ついたのか?」
「ち、違います」
「言ったはずだ。お前は聖女ではない」
「っ……」

 なら、どうして僕はここにいるんだろう。
 どうして、エヴァン殿下にだけは嫌われたくないと思ってしまうんだろう。
 どうして、今もまだ触れ合った熱が消えてくれないんだろう。

「──聖女じゃないなら、帰りたい……っ」

 胸の奥底にしまい込んでいた思いがぽろりと溢れ落ちた。
 誰にも言うつもりはなかったのに。弱音を吐くつもりもなかったし、できないことを言うつもりもなかった。
 元の世界に帰る方法がないなら仕方ないって、諦めていたはずなんだ。
 それなのに、どうしてだろう。フェリクス殿下の前では、自分に嘘をつき続けられなかった。

「元の世界には帰せない」
「……はい、分かってます」
「……いつか、方法が見つかる、かもしれない」

 いつもハッキリものを言う殿下にしては珍しく、歯切れの悪い言葉だった。
 気まずそうに視線を逸らすのもらしくない。それはまるで、僕を慰めようとしてくれているみたいだった。

「やっぱり、殿下は優しいですね」
「……俺に取り入りたいなら、もっとマシなことを言え」
「ふふ、そうします」
「……」
「どうかしましたか?」
「……やはりお前は不細工だな」
「え」

 突然のストレートな悪口に面食らってしまった。
 ぽかんとする僕を一瞥して、フェリクス殿下は何も言わずに踵を返した。そのままスタスタと歩き出した、かと思えば、ぴたりと歩みを止めた。

「……遅い」
「へ?」
「父上を待たせる気か?」
「あ! すみません、忘れてましたっ!」

 どうやら一緒に王様のところに行ってくれるらしい。そういえば、今日のお茶会にはフェリクス殿下も来るって言われてた気もする。
 慌てて駆け寄れば、「……短足め」とまたしても悪口を言われてしまった。
 虫の居所が悪いのだろうか。だとしたら離れて歩いたほうがいいかもしれない。
 なるべく怒らせないように、二歩後ろを着いていくことにした。

「……マコト」
「はい」
「……鈍間め」

 やっぱり虫の居所が悪いみたいだ。
 背中から発せられるイライラオーラに胃が痛くなった。
 早く王様のところに行きたいな……。
 一秒でも早くこの気まずさから解放されたい。その一心でとぼとぼ歩いていれば、ふと隣にフェリクス殿下が並んでいることに気づいた。

「あれ?」
「……なんだ」
「あ、いえ、なんでもないです」

 離れて歩いていたはずなのにどうしてだろう。
 不思議に思いながら少し歩いたところでようやく気づいた。どうやら、僕に合わせて殿下が歩調を緩めてくれていたらしい。
 まさかの気遣いに、実は上機嫌なのかもしれないと思い直した。
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