罰ゲームから始まる不毛な恋とその結末

すもも

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君は優しい人

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 向坂との八年ぶりの再会から一夜明けて、もう会うことはないだろうなと気持ちの整理をつけた。
 いつも通り仕事をして、急な資料作成を手伝ったりなんやらしていたらあっという間に二十時になっていた。
 ぐーぐー鳴るお腹を押さえながら会社を出る。自炊する元気はないし、今日はお惣菜を買って帰ろうかな。
 ちょっと贅沢に外食もいいなぁなんて思いながら曲がり角を曲がったところで、そこにいるはずのない人物と目が合った。

「向坂……?」
「ごめん、待ち伏せなんかして。ただどうしても話がしたかったんだ」

 スーツ姿でこっちに歩み寄ってくる姿がカッコ良すぎて、恋する乙女みたいにぽけーっとしてしまう。
 目の前に来た向坂に「柿谷?」と呼びかけられてハッとした。

「あ、は、話って、なに?」
「ゆっくり話せるところに行きたい。二人きりは嫌?」
「っ……」

 向坂はズルい。というか、大人になって自分の武器を磨いたというべきか。
 身を屈めて、目線を俺と同じ高さに合わせて小首を傾げる。
 顔面の良さを分かっているからこその仕草にバカみたいに胸が高鳴った。

「い、や、じゃ、ない、です」
「良かった」

 ふっと表情を和らげた向坂が、するりと指を絡めてきた。
 ナチュラルに手を繋がれてギョッとする。

「こ、向坂っ、人、人がいる」
「うん? 俺は別に気にならないけど、柿谷は嫌?」
「へ、平気、だけど、でも、向坂、誤解される」
「誤解じゃないよ。言っただろ、柿谷が好きだって」
「あ、ぅ……」

 人通りの多い場所で手を繋ぐなんて、あの頃は考えられなかった。
 俺たちが触れ合うのはいつも人目につかない場所で、最後に手を繋いだのはもうずっと前のことだ。
 記憶の中よりも、向坂の手の平は少し硬い気がする。
 もう立派な大人なんだ。
 そんな当たり前のことに胸が締め付けられて泣きそうになった。


 穴場だからと連れて行かれたのは、シックなムード漂う隠れ家的なバーだった。
 上等なスーツに身を包んだ見るからにできるビジネスマンな向坂にはお似合いの場所だけど、俺みたいな未だにスーツに着られてるようなちんちくりんには分不相応な場所に感じた。

「そんなに畏まらなくても大丈夫だよ。ここ、俺の知り合いの店だから」
「あ、そう、なんだ」
「うん。ここ、飯も結構美味いんだよ。カルボナーラとかおすすめ」
「カルボナーラ……」

 なんとなく、女の子が好きそうなメニューだと思った。
 チリ、と胸の奥にけぶる嫉妬心に気づいてブンブンと首を振った。

「悪い、カルボナーラ嫌いだった?」
「あ、ううん。お腹は、あんまり空いてない」
「そっか。……昨日はいきなりごめん。羽多野さん、だっけ? 彼にも謝ってたって伝えてほしい」
「う、うん」
「……八年前に俺のこと捨てたのは、罰ゲームのこと知ってたからだよな」
「ち、違う」
「知らなかったのか?」
「あ、や、知ってた。じゃなくて、捨ててない。その、向坂は優しいから、俺から終わらせなきゃと思って。あの、俺全然平気だから。気にしてないし。だから向坂も、もう気にしなくていい、から」

 自分でも何を言っているのか分からなかった。ただこれ以上向坂に罪悪感を感じてほしくなくて、必死だった。

「向坂は、俺のこと忘れて。俺はもう、一生会わないから」

 そう言ってから、自分の失言にハッとした。一生会わないって何だそれ。当て付けみたいな嫌な言い方だ。
 違うと言い訳しようとした俺の手を、向坂が優しく握った。

「分かった」

 静かな声が耳朶を打った瞬間、心臓が押し潰されそうになった。
 息が詰まるほどに胸が苦しくて仕方ないのに、この時間が永遠に終わらないでほしいとバカなことを思ってしまう。苦しくてもいいから、俺はやっぱり向坂のそばにいたかった。

「柿谷が二度と俺の顔を見たくないって思うのは当然だし、本当は会うべきじゃなかったって頭では分かってる」
「っ……」
「でも、ごめん。柿谷の望む通りにしなきゃいけないって分かってるのに、それができない。好きなんだ。どうしても、諦められない」
「向坂、待って」
「もう二度と、あんな最低なことしない。酷い嘘で傷つけないって約束するし、柿谷の嫌がることももうしない。世界で一番大切にするって約束する。なんなら、同じことをしてくれても構わない。騙されててもいいから、柿谷のそばにいたいんだ」

 懇願するような声が鼓膜を震わした瞬間、全身が熱くなるのを感じた。ドキドキして苦しくて何も考えられない。
 この人の恋人になりたいと心の底から思った。この人のものになりたかった。
 でも、怖いんだ。もう一度信じて裏切られることが怖い。今度こそ、向坂を手放せなくなりそうで怖い。
 だって俺、向坂が今でも罪悪感に苦しんでるって知って、辛いはずなのにちょっとだけ嬉しかったんだ。向坂にとって、俺の存在がちっぽけなものじゃなかったって知って、嬉しいと思ってしまったんだよ。
 こんな最低な奴、向坂には釣り合わない。優しい向坂には、心から向坂の幸せを願ってくれるような素敵な人じゃなきゃダメだよ。

「今すぐにとは言わない。ただ、もう一度だけ本気で考えてほしい。その上でもう二度と会いたくないっていうなら、ちゃんと受け入れられるように努力する。だから、俺にチャンスをください」

 ここで、ノーと言わなきゃいけないことは分かってる。
 向坂はきっと、罪悪感のあまり俺を好きだと錯覚してるだけだ。だって向坂は元々女の子が好きで、俺と付き合ったのもデートしたのもキスしたのも、全部全部罰ゲームで仕方なくだったんだ。
 だけら向坂には、早く俺のことなんか忘れて、素敵なお嫁さんを見つけて幸せになってほしい。
 それなのに、身勝手な気持ちを抑えきれなかった。

「……考える。向坂とのこと、ちゃんと、考えたい」
「うん、ありがとう」

 俺の手を握りながらホッとしたように顔を綻ばせた向坂を見て、罪悪感に胸が押し潰されそうだった。
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