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本当の気持ち
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一緒にいると楽だから。そんな理由だけで、何度も好きでもない男にキスしたりしない。
柿谷だからキスしたくなった。そこに特別な感情がないだなんて、もう言えない。
認めざるを得ない感情に気付かされた時、柿谷は忽然と俺の前から姿を消した。
『向坂、バイバイ』
八年経った今でも、最後に見た柿谷の姿が頭から離れなかった。
卒業式の日、当たり前のように同じ大学に通うと信じて疑わなかった俺を嘲るように、柿谷はいなくなった。
『好き』
最後の日も、柿谷は真っ直ぐに俺を見て想いを伝えてくれた。
その言葉が、ずっと胸に突き刺さったままだ。
忘れたい。忘れるべきだとわかっているのに、思い出ばかりが頭を過る。その度に痛みを訴える胸に、未だに柿谷への気持ちが残っているのだと嫌でも自覚させられた。
そんな時だ。鹿野から同窓会の誘いがあった。
「久しぶりぃ、秀君。相変わらずカッコいいね」
八年ぶりに再会した鹿野は別人のようにケバくなっていた。
ナチュラルメイクと自称していた化粧はホステスのように派手なものになっている。
黒髪ロングだった髪は痛々しい金髪に染まり、着崩した襟元から派手な下着が覗いていた。
「みんな太ったりハゲ始めたりしてるのにさぁ、秀君ってば全然変わらないっていうか、むしろ大人の色気っていうの? なんかカッコよくなっててびっくりしたぁ」
「はは、鹿野も変わらないな」
「え~、もぉそんなお世辞やめてよぉ。子供三人も産んだら体型キープすんのとかしんどいしさぁ、最近飲んでたダイエットドリンクなんてね、違法成分入ってるとかニュース流れて笑っちゃった」
肌艶が悪いのは無理なダイエットの後遺症なのかもしれない。
かつての輝きを失ったその姿に、クスクスと嘲笑を漏らす奴らもいた。そのことを少しだけ気の毒に思う。
八年も経って、いまだに他人を嘲ることで快感を覚えるだなんて哀れだ。大人になりきれなかった子供のようで、いっそのこと痛々しい。ああいう奴らは、社会に出ても大した成功を収められないだろう。
「そういえば秀君さ、あのコとは今でも仲良いの?」
まるで今思い出したような口ぶりだったが、鹿野の目はそれが本題だと言いたげな好奇心に満ちていた。
「……誰のこと?」
「柿谷君」
咄嗟に顔を顰めそうになった。鹿野が懐かしげに目を細めた。
「秀君否定してたけどさ、私らといるより柿谷君といる方が楽しそうだったじゃん。いっつもお昼一緒に食べてたし、部活引退してからは登下校も一緒だったよね」
「……昔のことだよ」
「今も好きなんだ?」
ほとんど確信的なその問いに、曖昧に微笑み返す。それだけで鹿野は全てを察したらしかった。
「今更だけど、あの頃の私たちって最低だったよね。罰ゲームとか、バカみたい」
どうやら鹿野が変わったのは見た目だけじゃないらしい。
凛とした横顔は、八年前よりもずっと美しく見えた。
「河原とか私は救いようがないけどさ、秀君はあの頃からちょっと違ってた。多分、柿谷君も気付いてたと思う。秀君が本当に優しい人だって、柿谷君も気付いてたよ」
そんな大層なもんじゃない。あの頃の俺は、善人のフリをした最低のクズだった。
傷つけちゃいけない相手を傷つけた。最後まで柿谷が俺を責めなかったことで、謝罪の場すら与えられずに今も後悔し続けている。
そんな俺の気持ちを察してか、鹿野はそれ以上何も言わずに曖昧に笑った。
「あれ、もしかして向坂? ヤベェ、超久しぶりじゃん。相変わらず腹立つくらい男前だなぁ」
突然割り込んできた声に、鹿野がビクリと肩を跳ねさせた。
声の方に視線を向ければ、今一番会いたくない男がこちらに歩み寄ってくるのが見えた。
「……河原」
「大学別々になってからマジ会わなくなったもんなぁ。谷口も言ってたぜ? 有名な私大入ってチョーシ乗ってんじゃねぇかって。まーアイツ女孕ませて中退したから学歴コンプなんだろうけどさぁ。つか昔っからあからさまにお前に嫉妬してたしな」
相変わらず話し方も話題も何もかも下品な男だ。
河原が笑う度、弛んだ腹がユサユサと揺れる。強いアルコールの匂いに思わず顔が引き攣った。
「河原、飲み過ぎなんじゃないか」
「いやいや全然。まだ三杯目? いややっぱ五杯目? まーとにかくさ、全然酔ってないからヘーキヘーキ。つか向坂は? まさか飲まねーわけねぇよな?」
「明日早いから」
「かーっ、相っ変わらず冷めてるっつーかノリ悪ぃよなお前。お前といると女釣れるから助かってたけど、真面目くん過ぎてちょいちょいウザかったもんなぁ。あーそれこそなんだっけ、あのホモのぉ、なんかモサい奴いたじゃん。なんかアイツのこと言うとマジんなってキモかったもん。向坂もホモなん? みたいな」
ギャハハッと大口を開けて笑う河原に、腹の底が冷えていくのを感じた。
頭に血が昇るを通り越して、いっそのこと冷静だった。
「奇遇だな。俺も同じこと思ってたよ」
「え? なにそれ、どゆこと?」
「そのままの意味。高校の時からずっと、お前と谷口のこと低俗で低脳で、救いようのないクズだと思って軽蔑してたよ」
「は? なに?」
「お前みたいな底辺のクズが柿谷の名前を口にすんなって言ってんだよ。他人を見下して自分が優位に立った気にならないとプライドが保てないような哀れな奴に、柿谷のことを馬鹿にする資格なんてないよ」
俺の言葉に河原が顔を真っ赤にさせた。パクパクと口を動かして何事か訴えていたが、生憎俺の耳には届かなかった。
そのまま踵を返す俺に、背後で喚き立てる声が突き刺さったが振り返る気にもならない。
「秀君」
会場を出てすぐに鹿野に呼び止められた。
「ごめん、嫌な空気にして。せっかく鹿野が主催してくれたのに、俺のせいで台無しだよな」
「ううん、むしろはっきり言ってくれてスッキリした。後これ、秀君に会ったら渡そうと思ってたんだ」
そう言って鹿野がくれたのは一枚の名刺だった。
そこに綴られていた名前に、ドクンッと心臓が強く鼓動した。
「旦那の取引先の人なの。本当は名刺勝手に横流しにするとかダメなんだろうけど、でも私にできることってこれくらいだから」
「ありがとう」
「お礼なんて言わないで。二人が別れたの、私のせいだから。厚かましいお願いだけど、もし柿谷君に会えたら私が謝ってたって伝えてください。本当に、申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げた鹿野に胸が熱くなる。
柿谷はやっぱりすごい奴だ。その純粋さが、俺だけじゃなく、鹿野のことも真っ当な大人にしてくれたらしい。
今すぐに会いたくてたまらなかった。あの優しくて真っ直ぐな目を見て、きちんと謝りたかった。
そして今度こそ、本当の気持ちを伝えたかった。
柿谷だからキスしたくなった。そこに特別な感情がないだなんて、もう言えない。
認めざるを得ない感情に気付かされた時、柿谷は忽然と俺の前から姿を消した。
『向坂、バイバイ』
八年経った今でも、最後に見た柿谷の姿が頭から離れなかった。
卒業式の日、当たり前のように同じ大学に通うと信じて疑わなかった俺を嘲るように、柿谷はいなくなった。
『好き』
最後の日も、柿谷は真っ直ぐに俺を見て想いを伝えてくれた。
その言葉が、ずっと胸に突き刺さったままだ。
忘れたい。忘れるべきだとわかっているのに、思い出ばかりが頭を過る。その度に痛みを訴える胸に、未だに柿谷への気持ちが残っているのだと嫌でも自覚させられた。
そんな時だ。鹿野から同窓会の誘いがあった。
「久しぶりぃ、秀君。相変わらずカッコいいね」
八年ぶりに再会した鹿野は別人のようにケバくなっていた。
ナチュラルメイクと自称していた化粧はホステスのように派手なものになっている。
黒髪ロングだった髪は痛々しい金髪に染まり、着崩した襟元から派手な下着が覗いていた。
「みんな太ったりハゲ始めたりしてるのにさぁ、秀君ってば全然変わらないっていうか、むしろ大人の色気っていうの? なんかカッコよくなっててびっくりしたぁ」
「はは、鹿野も変わらないな」
「え~、もぉそんなお世辞やめてよぉ。子供三人も産んだら体型キープすんのとかしんどいしさぁ、最近飲んでたダイエットドリンクなんてね、違法成分入ってるとかニュース流れて笑っちゃった」
肌艶が悪いのは無理なダイエットの後遺症なのかもしれない。
かつての輝きを失ったその姿に、クスクスと嘲笑を漏らす奴らもいた。そのことを少しだけ気の毒に思う。
八年も経って、いまだに他人を嘲ることで快感を覚えるだなんて哀れだ。大人になりきれなかった子供のようで、いっそのこと痛々しい。ああいう奴らは、社会に出ても大した成功を収められないだろう。
「そういえば秀君さ、あのコとは今でも仲良いの?」
まるで今思い出したような口ぶりだったが、鹿野の目はそれが本題だと言いたげな好奇心に満ちていた。
「……誰のこと?」
「柿谷君」
咄嗟に顔を顰めそうになった。鹿野が懐かしげに目を細めた。
「秀君否定してたけどさ、私らといるより柿谷君といる方が楽しそうだったじゃん。いっつもお昼一緒に食べてたし、部活引退してからは登下校も一緒だったよね」
「……昔のことだよ」
「今も好きなんだ?」
ほとんど確信的なその問いに、曖昧に微笑み返す。それだけで鹿野は全てを察したらしかった。
「今更だけど、あの頃の私たちって最低だったよね。罰ゲームとか、バカみたい」
どうやら鹿野が変わったのは見た目だけじゃないらしい。
凛とした横顔は、八年前よりもずっと美しく見えた。
「河原とか私は救いようがないけどさ、秀君はあの頃からちょっと違ってた。多分、柿谷君も気付いてたと思う。秀君が本当に優しい人だって、柿谷君も気付いてたよ」
そんな大層なもんじゃない。あの頃の俺は、善人のフリをした最低のクズだった。
傷つけちゃいけない相手を傷つけた。最後まで柿谷が俺を責めなかったことで、謝罪の場すら与えられずに今も後悔し続けている。
そんな俺の気持ちを察してか、鹿野はそれ以上何も言わずに曖昧に笑った。
「あれ、もしかして向坂? ヤベェ、超久しぶりじゃん。相変わらず腹立つくらい男前だなぁ」
突然割り込んできた声に、鹿野がビクリと肩を跳ねさせた。
声の方に視線を向ければ、今一番会いたくない男がこちらに歩み寄ってくるのが見えた。
「……河原」
「大学別々になってからマジ会わなくなったもんなぁ。谷口も言ってたぜ? 有名な私大入ってチョーシ乗ってんじゃねぇかって。まーアイツ女孕ませて中退したから学歴コンプなんだろうけどさぁ。つか昔っからあからさまにお前に嫉妬してたしな」
相変わらず話し方も話題も何もかも下品な男だ。
河原が笑う度、弛んだ腹がユサユサと揺れる。強いアルコールの匂いに思わず顔が引き攣った。
「河原、飲み過ぎなんじゃないか」
「いやいや全然。まだ三杯目? いややっぱ五杯目? まーとにかくさ、全然酔ってないからヘーキヘーキ。つか向坂は? まさか飲まねーわけねぇよな?」
「明日早いから」
「かーっ、相っ変わらず冷めてるっつーかノリ悪ぃよなお前。お前といると女釣れるから助かってたけど、真面目くん過ぎてちょいちょいウザかったもんなぁ。あーそれこそなんだっけ、あのホモのぉ、なんかモサい奴いたじゃん。なんかアイツのこと言うとマジんなってキモかったもん。向坂もホモなん? みたいな」
ギャハハッと大口を開けて笑う河原に、腹の底が冷えていくのを感じた。
頭に血が昇るを通り越して、いっそのこと冷静だった。
「奇遇だな。俺も同じこと思ってたよ」
「え? なにそれ、どゆこと?」
「そのままの意味。高校の時からずっと、お前と谷口のこと低俗で低脳で、救いようのないクズだと思って軽蔑してたよ」
「は? なに?」
「お前みたいな底辺のクズが柿谷の名前を口にすんなって言ってんだよ。他人を見下して自分が優位に立った気にならないとプライドが保てないような哀れな奴に、柿谷のことを馬鹿にする資格なんてないよ」
俺の言葉に河原が顔を真っ赤にさせた。パクパクと口を動かして何事か訴えていたが、生憎俺の耳には届かなかった。
そのまま踵を返す俺に、背後で喚き立てる声が突き刺さったが振り返る気にもならない。
「秀君」
会場を出てすぐに鹿野に呼び止められた。
「ごめん、嫌な空気にして。せっかく鹿野が主催してくれたのに、俺のせいで台無しだよな」
「ううん、むしろはっきり言ってくれてスッキリした。後これ、秀君に会ったら渡そうと思ってたんだ」
そう言って鹿野がくれたのは一枚の名刺だった。
そこに綴られていた名前に、ドクンッと心臓が強く鼓動した。
「旦那の取引先の人なの。本当は名刺勝手に横流しにするとかダメなんだろうけど、でも私にできることってこれくらいだから」
「ありがとう」
「お礼なんて言わないで。二人が別れたの、私のせいだから。厚かましいお願いだけど、もし柿谷君に会えたら私が謝ってたって伝えてください。本当に、申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げた鹿野に胸が熱くなる。
柿谷はやっぱりすごい奴だ。その純粋さが、俺だけじゃなく、鹿野のことも真っ当な大人にしてくれたらしい。
今すぐに会いたくてたまらなかった。あの優しくて真っ直ぐな目を見て、きちんと謝りたかった。
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