罰ゲームから始まる不毛な恋とその結末

すもも

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近づく

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 付き合ってから一週間。告白の日以来、柿谷とは一度も顔を合わせていなかった。
 このまま自然消滅してくれればいい。内心で安堵する俺とは裏腹に、河原たちは罰ゲームの甲斐がないと不満を漏らした。

「つまんねーの。てっきり柿谷の方から押しかけてくるもんだと思ってたのにさぁ」
「まぁアイツ何考えてっかわかんねぇからなー。でもこのまんま終わんのもつまんねぇしなぁ。あ、そうだ。付き合ってんだしさ、昼飯くらい一緒に食えば?」
「あー、それいいな。ついでに米粒付いてたっつってチューしちゃえばよくね?」
「バカお前、ドラマでもさぶいっつの」

 ケラケラ笑いながらも、河原たちの目は本気だった。
 拒否することは簡単だ。ただ、揉め事を起こすと後が面倒くさい。
 後数ヶ月もすれば自由登校が始まってコイツらと絡む機会も減る。今だけの辛抱だと、河原たちの要望に応えることにした。

「昼、一緒に食べない?」
「えっ、あ、うん!」

 予告なく現れた俺に、珍しく柿谷は動揺をあらわにしていた。と言っても、表情は相変わらず無だったけど。
 遠巻きに俺たちのやり取りを眺めていた連中が何やら耳打ちしあっている。

「どういう関係?」「柿谷と王子って仲良かったん?」「いいなー、アタシも向坂君にお昼お迎え来てほしい」

 時折漏れ聞こえる声を無視しながら教室を後にする。
 不思議そうにしながらも、柿谷は弁当片手に大人しく後をついてきた。

「屋上って入れるんだ」

 なるべく人気のない場所がよかった。妙な噂を立てられても困るし、あまり柿谷と二人でいるところを見られたくない。
 そんな最低な理由で本来は立ち入り禁止の屋上を選んだ。初めて屋上に入ったらしい柿谷は、子供のようにキョロキョロと辺りを見回している。

「鍵、どうしたの?」
「……内緒のツテ」

 教育実習で来ていた女大生に取り入って合鍵を作った。
 素直に白状したら柿谷はどんな顔をするだろう。流石の柿谷も無表情ではいられないだろうか。
 じっと見つめすぎたせいか、柿谷がしきりに瞬きした。

「何かついてる?」
「いや、別に」
「そっか」

 それきり、互いに無言のまま昼食をとり始めた。
 柿谷はどう思っているか分からない。ただ俺は、この時間が嫌いじゃないと思った。
 気を遣って興味のない話題に花を咲かせるより、何も考えずにぼーっとしている時間の方が心地いい。
 その日から、平穏を求めて柿谷を昼に誘うようになった。


 付き合ってすること。デートして、キスをして、そういう雰囲気になったらセックスをする。
 それが今までの恋人としてきたことだ。大抵の場合、一ヶ月足らずでセックスに至ることが多かった。そういった意味で柿谷の存在は異例だった。
 仮初とはいえ付き合って二ヶ月。セックスはおろかデートもしていない。昼休みに無言の時間を過ごすだけのこの関係は、下手をすれば友人関係より希薄かもしれない。

「テコ入れしとくかな……」

 このままでは、罰ゲームで告白したことがバレるかもしれない。自分から告白したくせに積極性皆無の俺に、流石の柿谷も思うところはあるはずだ。

「やらねぇとアイツらうるさそうだし」

 誰に言うでもなく言い訳を口にする。
 実のところ、河原たちは進展のない俺たちの関係に飽き始めていた。
 俺がこのまま行動を起こさなければ、卒業まで何事もなく過ごすこともできたはずだ。
 それなのに俺は、誰に強制されたわけでもなく行動を起こそうとしていた。
 気を遣わなくていい相手。後になって思えば、この時にはすでに失い難いと感じ始めていたのかもしれない。

『今日の放課後空いてる?』

 連絡先を交換してから初めて柿谷にメッセージを送った。既読はすぐについた。けれど、五分経っても十分経っても返事がこない。
 連絡したことを後悔し始めた頃、ようやくスマホが振動した。

『空いてるよ』
『ホームルーム終わったら迎え行く』
『わかった』

 感情は不明だが、柿谷の文章には毎回動物の絵文字がついていた。
 犬だったり猫だったり、ハリネズミやナマケモノまで。脈絡のない絵文字が文末に必ずついている。

「謎センスすぎ」

 "楽しみ"という言葉の後にはなぜかパンダの絵文字がついていた。


 誘ったはいいものの、プランが決まっているわけではなかった。そもそも、何のつもりで誘ったのか自分自身でも計りかねていた。
 普通の恋人のように放課後デートするため? かつて元カノに連れられて行った雑貨屋に柿谷と入る自分を想像して首を横に振った。

「別に、そこまでしてやる必要ないだろ」

 ほんの一瞬でもバカなことを考えた自分に言い聞かせる。
 わがまま放題の元カノと違って、柿谷は多少ぞんざいに扱っても文句を言ってこない。無理して興味のない雑貨屋デートをする必要はないのだ。

「……ダルくなってきたな」

 自分から誘ったくせに、あれこれ考えるうちに面倒くさくなってきた。
 部活のミーティングが入ったと嘘をついてドタキャンしようか。最低なことを考え始めたタイミングで、頭ひとつ分低い位置から耳慣れた声がした。

「お待たせ」

 ホームルームが長引いていると連絡が来たのが十分前。どうやら柿谷の担任は話が長いらしい。
 走ってきたのか、柿谷の肩は上下していた。相変わらず無表情だけど顔が赤い。髪の毛も散らかっていて、普段は前髪に隠されている額が見えていた。

「別に」

 某エリカ様さながらの素っ気なさに、ぴくりと柿谷の肩が揺れた。
 遅ぇよ、と肩を小突くほど気安い間柄じゃない。全然待ってないよ、と優しくしてやるほど手のかかる相手でもない。
 結果としてひどく素っ気ない返事になった俺をどう思ったのか、柿谷が気まずそうに視線を逸らした。

「ごめん」
「……別にって言ってんじゃん」
「……うん」

 気を遣わなくていい分、柿谷の隣はそれなりに居心地が良かった。けれど時々、言いようのない苛立ちが込み上げてくる。
 舌打ちしたくなる衝動を堪えて踵を返した。少し離れた位置から小走りで駆け寄ってくる足音がする。
 もし相手が他の奴だったなら、子供じみた苛立ちを鎮めて歩幅を合わせていたはずだ。けれど、柿谷相手にはそうする気になれなかった。
 必死に俺の後をついて来る姿に溜飲が下がる。どれだけ邪険に扱っても懸命に俺を追いかける姿を見て、愚かにも安心していたのだ。

 コイツは心底俺に惚れている。だから何をしても大丈夫。
 そう思うことで、もし罰ゲームがバレたら─その不安を無意識のうちに和らげようとしていた。


 軽いイタズラ心だった。
 放課後デートする気満々で来た柿谷を揶揄ってやりたい。そんな気持ちで、あっさり駅のホームで別れを告げた。

「俺、こっちだから」
「あ、うん」

 肩透かしを食らったような、あからさまに落胆を滲ませた声。表情こそ変わらないものの、俺を見上げる柿谷の目が戸惑いに揺らいだ。
 じわじわと胸が満たされていくのを感じる。
 鉄仮面だなんて揶揄される柿谷が、些細な俺の言動一つで一喜一憂している。その変化に、先ほどまでの苛立ちは嘘のように消え去った。
 もう少しその顔を見ていたい。けれど、惜しむ素振りもなく踵を返した方がショックは大きいはずだ。
 にやけそうになる口元を押さえて柿谷に背を向けた。
 そのまま、一度も振り返ることなく反対側のホームに向かう。その、はずだった。

「こうさか」

 ひどく心許なくて、風にかき消されてしまいそうなくらいにか細い声。
 くん、と控えめな力加減でブレザーの裾を引かれた。

「あ、の」
「……何?」

 ビクンと柿谷の肩が跳ねた。
 同じ男なのに男心がわかっていないな。そういう反応されると、余計にいじめたくなる。

「駅前に、カフェ、できたっ……から、その……」
「……」
「お、俺っ、奢る、から」
「……」
「い、行きたい……向坂と」
「……いいよ」
「えっ」

 柿谷が弾かれたように顔を上げた。
 感情の乗らないガラス玉みたいな目が、今は涙で潤んでいる。
 つぶらな瞳を目一杯開いたかと思えば、ふにゃりと顔を緩めた。
 鉄仮面と揶揄される男が初めて笑った。その時の感情は上手く言葉にできない。
 ザワザワと全身の血が騒ぎ立つような、高揚感にも似た何か。総毛立つほどの興奮に、細胞の一つ一つが生まれ変わるような錯覚すら覚えた。
 その変化を、柿谷にだけは悟られたくなかった。

「行きたいんだろ? カフェ。行こう」

 乾いた喉から絞り出した声はわずかに震えていた。幸いなことに、有頂天の柿谷はそのことに気づかなかったらしい。
 ふにゃふにゃの笑顔が、余計締まりのないものになった。

「……うん!」

 ああコイツ、本当に俺のこと好きすぎだろ。そう思うと勝手に口元が緩んでいた。

 カフェで向かい合わせで座ったからといって会話が増えるわけでもない。
 互いに無言のままゆったりとした時間が流れる。その心地よさに眠気すら感じ始めた頃、思い切ったように柿谷が声をかけてきた。

「向坂はさ」
「何?」
「なんで俺のこと好きになったの?」

 心臓の辺りがヒヤッとした。
 そうか、俺は今、目の前の男を騙しているんだ。見るからに純朴で、人を疑うことを知らなそうな善良なお人好しを騙している。
 その事実に罪悪感が刺激される。その一方で、心の奥底では安堵していた。
 大丈夫、嘘はまだバレていない。このまま嘘を突き通せば、騙していた事実すら有耶無耶にできる。
 ズルい考えが、罪悪感に勝ってしまった。

「……柿谷は? なんで俺のこと好きなの」

 明確な答えを避けた俺を非難することもなく、柿谷は奥二重の目をくすぐったそうに細めた。

「上手く言えないけど、向坂には笑っててほしいって思う。それが、好きってことなんだと思う」
「……それ、理由になってない」
「ご、ごめん」

 なんで好き? という問いの理由にはなっていない。ただ、柿谷が本気で俺を好きだという気持ちは痛いほど伝わってきた。

「……楽だから」
「へ?」
「柿谷といると肩肘張らなくてよくて楽だから」

 罰ゲームで付き合っているだけ。それ以外にこの茶番を続ける理由があるとするなら、柿谷の隣は居心地がいいから、という答えに落ち着いた。

「……俺も、向坂といると居心地いい」
「ふぅん」

 ああダメだ。にやけそうになる口元を咄嗟に手の甲で隠した。
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