7 / 14
最悪の選択
しおりを挟む
柿谷幸多。名前の割に無口無表情で、幸せそうに笑ってるところなんか誰も見たことがない。中学の時には、不幸多とか鉄仮面なんてあだ名をつけられていたらしい。
その上、誰が言い始めたのか、ゲイという噂があるせいで少しばかり周りから浮いていた。でもそれだけだ。
ほんの少し他と違うというだけで、柿谷は哀れにも罰ゲームのターゲットに選ばれた。
「柿谷のこと好きだから、付き合ってほしいんだけど」
噂の通り、柿谷の表情はぴくりとも動かなかった。せめて驚くくらいはしてほしい。
真顔のまま、うんともすんとも言わない柿谷に居心地が悪くなる。
「返事は?」
急かすように視線を向ければ、柿谷が僅かに息を呑んだ。ような気がしたけど、相変わらず俺を見る目は蝋人形のように無感情だ。
その反応からして、この告白は失敗に終わると予想がついた。
心底安堵して肩の力が抜けた。その直後、柿谷が予想外の言葉を口にした。
「俺でよければ、お願いします」
まさかの返事にも驚かされたが、その表情にも目を見張った。
ぎこちないなんてものじゃない。いっそのこと不気味なくらいの邪悪な笑みを浮かべていたのだ。例えるならそう、般若のお面だ。
かろうじて口角は上がっているものの、引き攣りすぎて怒りに震えてるようにも見えた。
その表情に圧倒されて忘れかけていたが、今、よろしくお願いしますと言ったか?
そんな馬鹿な。聞き間違いであってくれと願わずにいられなかった。
「それって、付き合うってこと?」
「うん。俺でよければ」
「……俺、男だけど」
「知ってるよ。あ、俺も男だけど大丈夫?」
「……マジかよ」
どうやらゲイというのは本当らしい。
あまりにもあっからかんとしているから、無神経だと思いつつも確認せずにはいられなかった。
「……柿谷ってやっぱゲイなんだ?」
「うん」
「……俺のこと好きなの?」
ゲイだからって、男なら誰でもいいってわけじゃないだろう。
俺たちは今この瞬間まで言葉すら交わしたことがなかったんだ。好きになる理由なんてどこにもない。
「好き」
「……マジか」
最悪だ。まさかの事態に頭痛がしてきた。
額を押さえて俯く俺を見ても、柿谷は相変わらず無表情だ。
「これからよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた柿谷のつむじは綺麗な渦巻き模様を描いていた。
ああ、最悪だ。頭を抱えたい衝動に駆られたのはいうまでもない。
かくして俺は、一ミリも恋愛感情のない男との偽りのお付き合いを始めることになった。
「マジウケる! つーか柿谷ガチでホモだったんだなぁ」
「ヤベーッ、これ女子泣くだろ。みんなの王子様がよりによって鉄仮面と付き合ったとかもはや怪奇現象じゃん」
ギャハハッと下品に笑う河原たちから目を逸らす。
なまじ顔がいいだけにスクールカーストの上位に居座っているが、性格だけで言えば底辺も底辺だ。そんな奴らと連む俺も大概だと自嘲していれば、泣きそうな顔をした鹿野が駆け寄ってきた。
「秀君! アイツ、じゃなくてあのっ、柿田君と付き合ったって本当なの!?」
「柿谷だよ。多分、付き合ってる、と思う」
「何それっ。今すぐ罰ゲームだったって言って別れなよっ」
「いやぁ美鈴ちゃん、それじゃ罰ゲームになんねぇじゃん。せめてキスくらいはしてくんねぇとさぁ、付き合うだけなら誰でもできんでしょ」
「でも、秀君が嫌がってるのに可哀想だよ」
うるうると瞳を揺らして訴える鹿野を見て、無性に苛立ちが募った。
昔からそうだ。こういうあざとい女は生理的に受け付けない。
その顔が歪む様を見たいがためだけに、思ってもない言葉を口にしていた。
「ありがとう鹿野。でも大丈夫。昨日の今日でネタバラシしたら柿谷だって傷付くだろうし、本当のことは頃合いを見計らって言うよ」
「秀君……」
ネタバラシをするなら早い方がいい。下手に付き合って期待を持たせるより、早く本当のことを伝えてやるべきだ。
頭ではそう分かっていた。それなのに、気に入らない女の歪む顔が見たいから、なんて幼稚な理由で一番最悪な選択をしてしまった。
その上、誰が言い始めたのか、ゲイという噂があるせいで少しばかり周りから浮いていた。でもそれだけだ。
ほんの少し他と違うというだけで、柿谷は哀れにも罰ゲームのターゲットに選ばれた。
「柿谷のこと好きだから、付き合ってほしいんだけど」
噂の通り、柿谷の表情はぴくりとも動かなかった。せめて驚くくらいはしてほしい。
真顔のまま、うんともすんとも言わない柿谷に居心地が悪くなる。
「返事は?」
急かすように視線を向ければ、柿谷が僅かに息を呑んだ。ような気がしたけど、相変わらず俺を見る目は蝋人形のように無感情だ。
その反応からして、この告白は失敗に終わると予想がついた。
心底安堵して肩の力が抜けた。その直後、柿谷が予想外の言葉を口にした。
「俺でよければ、お願いします」
まさかの返事にも驚かされたが、その表情にも目を見張った。
ぎこちないなんてものじゃない。いっそのこと不気味なくらいの邪悪な笑みを浮かべていたのだ。例えるならそう、般若のお面だ。
かろうじて口角は上がっているものの、引き攣りすぎて怒りに震えてるようにも見えた。
その表情に圧倒されて忘れかけていたが、今、よろしくお願いしますと言ったか?
そんな馬鹿な。聞き間違いであってくれと願わずにいられなかった。
「それって、付き合うってこと?」
「うん。俺でよければ」
「……俺、男だけど」
「知ってるよ。あ、俺も男だけど大丈夫?」
「……マジかよ」
どうやらゲイというのは本当らしい。
あまりにもあっからかんとしているから、無神経だと思いつつも確認せずにはいられなかった。
「……柿谷ってやっぱゲイなんだ?」
「うん」
「……俺のこと好きなの?」
ゲイだからって、男なら誰でもいいってわけじゃないだろう。
俺たちは今この瞬間まで言葉すら交わしたことがなかったんだ。好きになる理由なんてどこにもない。
「好き」
「……マジか」
最悪だ。まさかの事態に頭痛がしてきた。
額を押さえて俯く俺を見ても、柿谷は相変わらず無表情だ。
「これからよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた柿谷のつむじは綺麗な渦巻き模様を描いていた。
ああ、最悪だ。頭を抱えたい衝動に駆られたのはいうまでもない。
かくして俺は、一ミリも恋愛感情のない男との偽りのお付き合いを始めることになった。
「マジウケる! つーか柿谷ガチでホモだったんだなぁ」
「ヤベーッ、これ女子泣くだろ。みんなの王子様がよりによって鉄仮面と付き合ったとかもはや怪奇現象じゃん」
ギャハハッと下品に笑う河原たちから目を逸らす。
なまじ顔がいいだけにスクールカーストの上位に居座っているが、性格だけで言えば底辺も底辺だ。そんな奴らと連む俺も大概だと自嘲していれば、泣きそうな顔をした鹿野が駆け寄ってきた。
「秀君! アイツ、じゃなくてあのっ、柿田君と付き合ったって本当なの!?」
「柿谷だよ。多分、付き合ってる、と思う」
「何それっ。今すぐ罰ゲームだったって言って別れなよっ」
「いやぁ美鈴ちゃん、それじゃ罰ゲームになんねぇじゃん。せめてキスくらいはしてくんねぇとさぁ、付き合うだけなら誰でもできんでしょ」
「でも、秀君が嫌がってるのに可哀想だよ」
うるうると瞳を揺らして訴える鹿野を見て、無性に苛立ちが募った。
昔からそうだ。こういうあざとい女は生理的に受け付けない。
その顔が歪む様を見たいがためだけに、思ってもない言葉を口にしていた。
「ありがとう鹿野。でも大丈夫。昨日の今日でネタバラシしたら柿谷だって傷付くだろうし、本当のことは頃合いを見計らって言うよ」
「秀君……」
ネタバラシをするなら早い方がいい。下手に付き合って期待を持たせるより、早く本当のことを伝えてやるべきだ。
頭ではそう分かっていた。それなのに、気に入らない女の歪む顔が見たいから、なんて幼稚な理由で一番最悪な選択をしてしまった。
69
お気に入りに追加
473
あなたにおすすめの小説

火傷の跡と見えない孤独
リコ井
BL
顔に火傷の跡があるユナは人目を避けて、山奥でひとり暮らしていた。ある日、崖下で遭難者のヤナギを見つける。ヤナギは怪我のショックで一時的に目が見なくなっていた。ユナはヤナギを献身的に看病するが、二人の距離が近づくにつれ、もしヤナギが目が見えるようになり顔の火傷の跡を忌み嫌われたらどうしようとユナは怯えていた。
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

君の恋人
risashy
BL
朝賀千尋(あさか ちひろ)は一番の親友である茅野怜(かやの れい)に片思いをしていた。
伝えるつもりもなかった気持ちを思い余って告げてしまった朝賀。
もう終わりだ、友達でさえいられない、と思っていたのに、茅野は「付き合おう」と答えてくれて——。
不器用な二人がすれ違いながら心を通わせていくお話。



片桐くんはただの幼馴染
ベポ田
BL
俺とアイツは同小同中ってだけなので、そのチョコは直接片桐くんに渡してあげてください。
藤白侑希
バレー部。眠そうな地味顔。知らないうちに部屋に置かれていた水槽にいつの間にか住み着いていた亀が、気付いたらいなくなっていた。
右成夕陽
バレー部。精悍な顔つきの黒髪美形。特に親しくない人の水筒から無断で茶を飲む。
片桐秀司
バスケ部。爽やかな風が吹く黒髪美形。部活生の9割は黒髪か坊主。
佐伯浩平
こーくん。キリッとした塩顔。藤白のジュニアからの先輩。藤白を先輩離れさせようと努力していたが、ちゃんと高校まで追ってきて涙ぐんだ。

いつも優しい幼馴染との距離が最近ちょっとだけ遠い
たけむら
BL
「いつも優しい幼馴染との距離が最近ちょっとだけ遠い」
真面目な幼馴染・三輪 遥と『そそっかしすぎる鉄砲玉』という何とも不名誉な称号を持つ倉田 湊は、保育園の頃からの友達だった。高校生になっても変わらず、ずっと友達として付き合い続けていたが、最近遥が『友達』と言い聞かせるように呟くことがなぜか心に引っ掛かる。そんなときに、高校でできたふたりの悪友・戸田と新見がとんでもないことを言い始めて…?
*本編:7話、番外編:4話でお届けします。
*別タイトルでpixivにも掲載しております。

楽な片恋
藍川 東
BL
蓮見早良(はすみ さわら)は恋をしていた。
ひとつ下の幼馴染、片桐優一朗(かたぎり ゆういちろう)に。
それは一方的で、実ることを望んでいないがゆえに、『楽な片恋』のはずだった……
早良と優一朗は、母親同士が親友ということもあり、幼馴染として育った。
ひとつ年上ということは、高校生までならばアドバンテージになる。
平々凡々な自分でも、年上の幼馴染、ということですべてに優秀な優一朗に対して兄貴ぶった優しさで接することができる。
高校三年生になった早良は、今年が最後になる『年上の幼馴染』としての立ち位置をかみしめて、その後は手の届かない存在になるであろう優一朗を、遠くから片恋していくつもりだった。
優一朗のひとことさえなければ…………
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる