罰ゲームから始まる不毛な恋とその結末

すもも

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嘘ついてごめん

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 向坂は、やっぱり俺のことが好きなんだと思う。
 毎日一緒にご飯を食べてくれるし、部活を引退してから放課後デートの回数も増えたし、キスもしてくれる。
 時々冷たく感じるのは、多分きっと照れ隠しだ。なんて浮かれポンチだった俺の頭に雷が落ちたのは、ある日突然だった。

「柿谷君って、ほんとに秀君と付き合ってるの?」

 秀君……。ああ、向坂のことか。秀星だから秀君、なるほど。

「ねえ、聞いてる?」
「あ、うん」
「……で? 付き合ってるの?」
「うん」
「ふぅん」

 つまらなそうに目を細めた顔も可愛い。
 クラスの男子が学年で一番可愛いって噂してた子だ。それと、二年の頃に向坂と付き合ってたらしい。
 秀君って呼ぶのも、その時の名残なのかも。

「まさかとは思うけど、本気にしてないよね?」
「え?」
「秀君が柿谷君に告白したの、罰ゲームだから」
「罰ゲーム……」

 そんなはずない。否定したい気持ちとは裏腹に、スッと腹落ちした。
 だって全部説明がつく。告白の時イライラしてたのも、俺に対して素っ気ないのも、不機嫌がデフォルトなのも。
 照れ隠しだとかクールだからとか理由を作って無理矢理納得してたけど、本当はもうとっくに気づいてた。
 向坂は、俺のことなんかこれっぽっちも好きじゃない。

「柿谷君でも、そういう顔するんだ」
「……」
「秀君のこと、本気だったんだね」

 可哀想、と彼女は言った。その顔には、見下したような笑みが浮かんでいた。
 そうか、彼女はまだ向坂のことが好きなのか。だから俺のことが目障りなんだな。
 向坂はどうなんだろう。向坂も罰ゲームがなければ彼女と付き合っていたかったのかな。
 もしそうなんだとしたら、俺の存在は向坂にとって邪魔でしかない。

「秀君、優しいでしょ。だから罪悪感で自分から言い出せないんだと思う。私が言いたいこと、わかるよね?」
「……うん」

 わかるよ。向坂と別れろって、そう言うために来たんだって、声かけられた瞬間にわかってた。
 頭の中は色んな感情がグルグル巡ってて纏まらないのに、体は熱を失ったみたいに冷たかった。

「なんかごめんね? でもほら、何も知らないまま笑い者にされてる方が可哀想かなって」
「……笑い者にされてるんだ」
「そりゃそうでしょ。だって罰ゲームだし。みんな、柿谷君が騙されてるの見て笑ってるんだよ」
「……向坂も?」
「さぁ。秀君は嫌々だったみたいだし、怒ってるんじゃない? 少なくとも、楽しくはないでしょ」

 多分、今の俺なら、向坂にキスされても真顔でいられると思う。
 好きな人に嫌々キスされても虚しいだけだ。向坂には笑っていてほしい。だから、この不毛な関係を終わらせることにした。


 自由登校が始まってから、向坂と会う機会は激減した。
 そのせいで、別れを切り出すタイミングを掴めなかった。ていうのは単なる言い訳で、本当はただ、別れを切り出す勇気が持てなかっただけだ。

『今何してんの?』
『次郎と遊んでる』
『誰? 俺の知ってる奴?』
『ハスキーだよ』

 向坂から気まぐれに送られてくるメッセージ。
 その合間に、『罰ゲームだって気づかなくてごめん。別れよう』そう送ればいいだけだ。

「うあぁ~っ」

 ベッドにダイブして枕に顔を埋めた。
 向坂のためを思うなら、こんな関係さっさと終わらせるべきだ。そんなことはわかってる。
 でも無理だ。向坂のことが好きで好きで仕方ないから、フるなんてできるわけなかった。

「あーもうっ!」

 スマホを放り投げてベッドの上でジタバタする。
 耳元で「ヘッヘッヘッ」と次郎の息遣いが聞こえる。ああ次郎、お前は俺を慰めてくれるんだな。

「次郎~」
「クゥン」

 六匹兄弟の長男なのに次郎。微妙にズレたネーミングだけどそこが可愛い。
 ふわふわの頭頂部に顔を埋めると独特な香りが鼻腔に広がった。そろそろお風呂に入る頃合いかな。

「よしよし、そろそろお風呂入るか」
「ウォン!」

 次郎が嬉しそうにお尻を向けて尻尾を振った。
 次郎はちょっとおバカさんだから、何かしようって言うと全部散歩と勘違いして喜ぶのだ。お風呂だとわかった時の絶望顔もまた可愛い。
 ああ、このプリプリしたお尻を見てるだけで癒される……。

「……て、ダメだ! 現実逃避するな俺!」

 次郎の誘惑に耐えて起き上がると、タイミングを見計らったようにスマホが鳴った。

『犬と遊ぶ時間あるならデートしよ』

 ああもう、こんなの勘違いしちゃうじゃんか。
 前はもっとぶっきらぼうだったのに、最近はちゃんと"デート"って言葉を使ってくれる。それだけで馬鹿みたいに浮かれちゃうんだよ俺。

『したい』

 たった三文字。それを送るのに十分かかった。

『散歩デートする?』
『向坂も犬飼ってるの?』
『飼ってるよ。レトリバーと豆柴』

 少しの間があって、綺麗な毛並みのゴールデンレトリバーとマロ眉が可愛い黒の豆柴のツーショットが送られてきた。
 大きいのとちっちゃいのの凸凹コンビで可愛い。

『仲良しで可愛いね』
『柿谷の犬は?』
『次郎と俺も仲良しだよ』

 お礼に次郎と俺のツーショットを送ってみた。
 うむ、やっぱりウチの次郎はめちゃくちゃハンサムだ。
 チャームポイントのオッドアイにキリッとした眼差し。写真越しでもハンサムオーラを放っている。
 その隣でデレデレしてる俺の顔が余計に間抜けに見える。でも次郎の引き立て役になれるなら本望だ。

『変な顔』
『次郎はハンサムだよ!』
『犬じゃなくて柿谷』
『それはすみません』
『面白いから保存していい?』

 すぐ別れるから要らなくなるよ。
 打ちかけた文字を慌てて消す。別に、別れた後に写真を消すかどうかは向坂の自由だ。

『向坂がしたいならいいよ』
『なんかそれ、エロいな』

 まさかの返信に目玉が飛び出すかと思った。

「えっ!」
「ウォウ!?」
「あ、ごめん次郎。おっきい声出しちゃって」

 仰向けで気持ち良さそうに寝息を立てていた次郎が飛び起きた。
 キョロキョロ辺りを見回す次郎の背中をポンポン撫でて落ち着かせる。落ち着かなきゃいけないのは俺の心臓もだ。
 バクバク高鳴る鼓動を抑えるために深呼吸する。

『変な意味じゃないよ』
『知ってる』

 スマホの向こうでイタズラっぽく笑う向坂の顔が思い浮かんだ。
 ああダメだ。別れなきゃいけないのに、どんどん好きが大きくなっていく。


 自分で思うよりもずっと、俺は意気地無しでずるい奴だった。
 早く別れなきゃって思いながらズルズル関係を続けて、気づけばもう高校の卒業式だ。

「あっという間だな」
「うん」
「……大学でも会えるし、そんな顔すんなよ」

 鏡がないから、今の自分がどんな顔をしてるのかはわからない。
 でもきっと、情けない顔をしてるんだろうな。だって今日で最後だ。向坂の恋人でいられる最後の日。
 向坂には、地元の大学に行くって嘘をついた。本当は、うちの高校からは誰も行かないような、田舎にある県外の大学に通うのに。
 そうでもしないと、俺は一生向坂に別れを切り出せない。向坂に罪悪感を抱かせたまま、不毛なこの関係を強要し続けることになる。
 だから、最初で最後の嘘をついた。
 いや、違うな。この関係自体、俺のズルい嘘から始まったんだ。

「ごめん」
「何が?」
「告白された時、本当は向坂のこと好きじゃなかった」
「は、」
「彼氏が欲しくて、向坂じゃなくても相手は誰でも良かった。嘘ついてごめん」

 あの日、向坂のことは好きでも嫌いでもないと素直に伝えていたなら、きっと向坂も罰ゲームだとネタバラシできたはずだ。
 でも、俺が向坂のことが好きだって嘘をついたから、優しい向坂は本当のことが言えなかったんだ。
 ごめん。嘘ついて、無理矢理付き合わせてごめん。デートもキスも、本当は可愛い女の子としたかったはずなのに。

「ごめんなさい」

 深々と頭を下げる。目尻に滲んだ涙が、重力に従って零れ落ちた。
 パタパタと地面が濡れていく。最後の一滴が、突然視界に入り込んだローファーの上に落ちた。
 向坂がすぐ目の前に立ってる。顔を上げる勇気はなかった。

「……今は?」
「え?」

 向坂にしては珍しく、心許ない声だった。
 何かに怯えてるようなその声にパッと顔を上げる。思ったより近くに向坂の綺麗な顔があった。
 俺の目が涙で滲んでるせいかな。向坂も泣きそうな顔をしてるように見えた。

「今は、俺のこと好き?」

 そうだと言ってと、懇願しているように聞こえたのは俺の気のせい。だけど、気のせいでも、向坂がそれを望むなら、俺の答えは一つしかない。

「好き」

 そのたった二文字を言うだけで、死にそうなくらい勇気がいった。
 それがもう答えだ。俺はどうしようもなく向坂が好きで──好きで、好きで、どうしようもないんだ。

「向坂、ありがとう」
「柿谷、」

 向坂が何かを言いかけた。その声を遮るように、「秀君」と向坂を呼ぶ声がした。
 鈴の音を転がしたように綺麗な声。俺とは似ても似つかない可愛らしい女の子の声。弾かれたように向坂が視線を向ける。

「秀君、そんなところで何してるの? みんな待ってるよ」
「……今行く」

 うん、これで良かったんだ。俺はただ、身の程知らずな恋をしただけ。
 だから、これでいい。

「向坂、バイバイ」
「後で連絡する」
「……うん」

 もう連絡しなくていいよ。もう、嘘つかなくていいんだよ。俺、全部知ってるから。だからもう、無理しなくていいよ。
 そう言わなきゃいけないって分かってる。でも、言えなかった。
 バカだな俺。嫌な奴だ。嘘つきでズルい奴。ごめん向坂。好きになってごめん。最後まで意気地無しでごめんなさい。

 卒業式が終わってすぐ、最寄駅の携帯ショップに駆け込んだ。

「機種変更させてください。データ移行はしたくないです。電話番号もメールアドレスも全部変えます」
「は、はぁ」

 いきなりやって来ておかしなことを言う俺を見て、店員さんは不思議そうに瞬きしていた。
 勝手に機種変更したことがバレたら母さんに怒られそうだな。でも許してほしい。これが俺にできる精一杯の逃げ方なのだ。
 別れを切り出す勇気がないのなら、住む場所も連絡先も変えて、向坂の前から消えてしまえばいい。短絡的だけど、それが俺にできる最善だった。
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