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好きの理由
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非モテ人生を歩んできた俺と違って、向坂は一年の頃から三年の今に至るまでモテまくりだった。
入学式からゴールデンウィークまでの一ヶ月ちょっとで、一クラス分の女の子を全員振ったなんて伝説もある。休み明けにはミスコン二連覇の三年の先輩と付き合ってたから、向坂はかなりの面食いだって噂が一時期流れた。
その向坂が、薄ぼんやりした顔の無表情地味男のことを好きになる。その確率は天文学的な数字なんじゃないかって思うけど、現に向坂は俺と付き合っている。
「不思議がいっぱいだ」
ポツリとこぼせば、隣でサンドイッチを頬張っていた向坂の手が止まった。
「あ、ごめん。ひとりごと」
「……」
「……今日天気いいね」
「……そうだな」
「……明後日から雨続くらしいよ」
「へぇ」
明るくてキラキラしてるイメージの向坂は、二人きりの時は意外と無口だった。俺が口下手なのもあって、基本的に俺たちは会話が続かない。
なんならちょっと気まずいなとか思ってしまうけど、向坂はどうなんだろう。
こうしてお昼に誘ってくれるってことは、この空気があんまり気にならないのかもしれない。
「いいね」
「……」
無言でも居心地がいい関係っていいね。そんなニュアンスのことを言いたかったけど、うまく言語化できなかった。
向坂は相変わらず無口だ。つまんなくないかなって心配して勝手に気まずくなってたけど、向坂が気にしてないならそれでいいかと思えた。なんなら、頑張って話題を探さなくていいから助かるまである。
この日から、向坂の隣が居心地よく感じるようになった。
お昼を一緒に食べる以外、カップルらしいことは何もしていなかった。
連絡先は交換しただけで特に連絡は取り合っていない。俺からしたら迷惑かも、とか、何を送ったらいいんだろう、とか、ウダウダ悩んでいる間に朝が来て結局送れないを繰り返している。
『今日の放課後空いてる?』
初めて向坂から連絡が来たのは、付き合って二ヶ月が経った頃だった。
帰宅部の俺と違って向坂はバスケ部に入っている。放課後は部活があるから会えないだろうなと思っていただけに、まさかのお誘いにテンションが上がった。
『空いてるよ』
『ホームルーム終わったら迎え行く』
『わかった』
おお、これはいわゆる放課後デートというやつなんじゃないか。
漫画やドラマで見た憧れのシチュエーションにわくわくした。早く放課後にならないかなってソワソワしてたせいか、その日の五限と六限はやけに先生に当てられてしまった。
ホームルームが長引いたから、向坂を待たせてしまった。
校門で待っていてくれた向坂に小走りで駆け寄る。
「お待たせ」
「別に」
「ごめん」
「……別にって言ってんじゃん」
「……うん」
俺が美少年だったら可愛げがあったかもしれない。でも、フツメンの俺に怒りの鎮静効果はない。
待たされて怒っているらしく、向坂は長い足を活かしてズンズンと歩き始めた。隣に並びたかったけど、ピリピリした空気を感じて二歩後ろをついていくことしかできなかった。
「俺、こっちだから」
「あ、うん」
放課後デートは勘違いだったらしい。
どこにも寄り道せず、五分足らずで駅に着いて解散の運びになった。反対側のホームに向かう向坂の背中に、寂しいな、なんて思ってしまった。
だからつい、ブレザーの裾を掴んで引き留めていた。
「あ、の」
「……何?」
めんどくさそうな顔と声。
ツキンと胸が痛んだ。わかってる。向坂はクールだから、これはきっと怒ってるんじゃない。
怯みそうになる自分に言い聞かせて、なんとか掠れた声を絞り出した。
「駅前に、カフェ、できたっ……から、その……」
「……」
「お、俺っ、奢る、から」
「……」
「い、行きたい……向坂と」
緊張しすぎてほとんど日本語になってなかった気がする。
向坂の顔を見る勇気はなかった。
「……いいよ」
「え、」
「行きたいんだろ? カフェ。行こう」
まさかの了承にビックリして顔を上げた。向坂は不機嫌そうに顔を顰めてたけど、その頬は少し赤かった。照れてる? ちょっと嬉しいと思ってくれたのかな? そうだったらいいな。
「……うん!」
勢いよく頷けば、向坂の口元が微かに緩んだような気がした。
駅前にできたカフェは地元ではちょっと有名なお店だった。実際気になっていたのは本当だし、一人だと入りにくいから丁度良かった。
窓際の席に案内されて、向坂が難しい名前のオシャレコーヒーを頼んだから俺も同じものを注文した。
俺が奢るって言ったけど、借りを作りたくないからと結局向坂が俺の分まで払ってくれた。こういうところもモテる理由なんだろうな。
「向坂はさ」
「何?」
「なんで俺のこと好きになったの?」
ずっと不思議に思っていたことを口にすれば、向坂は少し不機嫌そうに眉をひそめた。でも俺は怯まなかった。だって気になるし。
「……柿谷は? なんで俺のこと好きなの」
あ、そうか。告白された時、向坂のこと好きってことにしたんだった。
本当は好きでも嫌いでもなかったって言ったら、向坂ショックかな。それは嫌だな。向坂には、嫌な思いしてほしくない。
「上手く言えないけど、向坂には笑っててほしいって思う。それが、好きってことなんだと思う」
「……それ、理由になってない」
「ご、ごめん」
好きの理由を言葉にするのは難しい。
ただ漠然と、そばにいたいって思うし、笑ってくれると嬉しいし、今日みたいに放課後誘われただけで有頂天になる。
それが好きってことなら、俺は完全に向坂に惚れている。理由は言えなくても、そうなんだ。
「……楽だから」
「へ?」
「柿谷といると肩肘張らなくてよくて楽だから」
さっきの質問の答えだって気づくのに少しかかった。
そうか、向坂は楽だから俺のことが好きなのか。
嬉しいはずなのに、どうしてか胸の辺りがモヤッとした。
「……俺も、向坂といると居心地いい」
「ふぅん」
素っ気ない返事。いつもは気にならないそれが、今日に限って冷たく感じるのはどうしてだろう。
……向坂は、本当に俺のことが好きなのかな。
クールなんだなって納得してたことが、ただ蔑ろにされているだけなのかもしれないと感じるようになった。
向坂は、本当は俺のことが好きじゃないのかもしれない。
入学式からゴールデンウィークまでの一ヶ月ちょっとで、一クラス分の女の子を全員振ったなんて伝説もある。休み明けにはミスコン二連覇の三年の先輩と付き合ってたから、向坂はかなりの面食いだって噂が一時期流れた。
その向坂が、薄ぼんやりした顔の無表情地味男のことを好きになる。その確率は天文学的な数字なんじゃないかって思うけど、現に向坂は俺と付き合っている。
「不思議がいっぱいだ」
ポツリとこぼせば、隣でサンドイッチを頬張っていた向坂の手が止まった。
「あ、ごめん。ひとりごと」
「……」
「……今日天気いいね」
「……そうだな」
「……明後日から雨続くらしいよ」
「へぇ」
明るくてキラキラしてるイメージの向坂は、二人きりの時は意外と無口だった。俺が口下手なのもあって、基本的に俺たちは会話が続かない。
なんならちょっと気まずいなとか思ってしまうけど、向坂はどうなんだろう。
こうしてお昼に誘ってくれるってことは、この空気があんまり気にならないのかもしれない。
「いいね」
「……」
無言でも居心地がいい関係っていいね。そんなニュアンスのことを言いたかったけど、うまく言語化できなかった。
向坂は相変わらず無口だ。つまんなくないかなって心配して勝手に気まずくなってたけど、向坂が気にしてないならそれでいいかと思えた。なんなら、頑張って話題を探さなくていいから助かるまである。
この日から、向坂の隣が居心地よく感じるようになった。
お昼を一緒に食べる以外、カップルらしいことは何もしていなかった。
連絡先は交換しただけで特に連絡は取り合っていない。俺からしたら迷惑かも、とか、何を送ったらいいんだろう、とか、ウダウダ悩んでいる間に朝が来て結局送れないを繰り返している。
『今日の放課後空いてる?』
初めて向坂から連絡が来たのは、付き合って二ヶ月が経った頃だった。
帰宅部の俺と違って向坂はバスケ部に入っている。放課後は部活があるから会えないだろうなと思っていただけに、まさかのお誘いにテンションが上がった。
『空いてるよ』
『ホームルーム終わったら迎え行く』
『わかった』
おお、これはいわゆる放課後デートというやつなんじゃないか。
漫画やドラマで見た憧れのシチュエーションにわくわくした。早く放課後にならないかなってソワソワしてたせいか、その日の五限と六限はやけに先生に当てられてしまった。
ホームルームが長引いたから、向坂を待たせてしまった。
校門で待っていてくれた向坂に小走りで駆け寄る。
「お待たせ」
「別に」
「ごめん」
「……別にって言ってんじゃん」
「……うん」
俺が美少年だったら可愛げがあったかもしれない。でも、フツメンの俺に怒りの鎮静効果はない。
待たされて怒っているらしく、向坂は長い足を活かしてズンズンと歩き始めた。隣に並びたかったけど、ピリピリした空気を感じて二歩後ろをついていくことしかできなかった。
「俺、こっちだから」
「あ、うん」
放課後デートは勘違いだったらしい。
どこにも寄り道せず、五分足らずで駅に着いて解散の運びになった。反対側のホームに向かう向坂の背中に、寂しいな、なんて思ってしまった。
だからつい、ブレザーの裾を掴んで引き留めていた。
「あ、の」
「……何?」
めんどくさそうな顔と声。
ツキンと胸が痛んだ。わかってる。向坂はクールだから、これはきっと怒ってるんじゃない。
怯みそうになる自分に言い聞かせて、なんとか掠れた声を絞り出した。
「駅前に、カフェ、できたっ……から、その……」
「……」
「お、俺っ、奢る、から」
「……」
「い、行きたい……向坂と」
緊張しすぎてほとんど日本語になってなかった気がする。
向坂の顔を見る勇気はなかった。
「……いいよ」
「え、」
「行きたいんだろ? カフェ。行こう」
まさかの了承にビックリして顔を上げた。向坂は不機嫌そうに顔を顰めてたけど、その頬は少し赤かった。照れてる? ちょっと嬉しいと思ってくれたのかな? そうだったらいいな。
「……うん!」
勢いよく頷けば、向坂の口元が微かに緩んだような気がした。
駅前にできたカフェは地元ではちょっと有名なお店だった。実際気になっていたのは本当だし、一人だと入りにくいから丁度良かった。
窓際の席に案内されて、向坂が難しい名前のオシャレコーヒーを頼んだから俺も同じものを注文した。
俺が奢るって言ったけど、借りを作りたくないからと結局向坂が俺の分まで払ってくれた。こういうところもモテる理由なんだろうな。
「向坂はさ」
「何?」
「なんで俺のこと好きになったの?」
ずっと不思議に思っていたことを口にすれば、向坂は少し不機嫌そうに眉をひそめた。でも俺は怯まなかった。だって気になるし。
「……柿谷は? なんで俺のこと好きなの」
あ、そうか。告白された時、向坂のこと好きってことにしたんだった。
本当は好きでも嫌いでもなかったって言ったら、向坂ショックかな。それは嫌だな。向坂には、嫌な思いしてほしくない。
「上手く言えないけど、向坂には笑っててほしいって思う。それが、好きってことなんだと思う」
「……それ、理由になってない」
「ご、ごめん」
好きの理由を言葉にするのは難しい。
ただ漠然と、そばにいたいって思うし、笑ってくれると嬉しいし、今日みたいに放課後誘われただけで有頂天になる。
それが好きってことなら、俺は完全に向坂に惚れている。理由は言えなくても、そうなんだ。
「……楽だから」
「へ?」
「柿谷といると肩肘張らなくてよくて楽だから」
さっきの質問の答えだって気づくのに少しかかった。
そうか、向坂は楽だから俺のことが好きなのか。
嬉しいはずなのに、どうしてか胸の辺りがモヤッとした。
「……俺も、向坂といると居心地いい」
「ふぅん」
素っ気ない返事。いつもは気にならないそれが、今日に限って冷たく感じるのはどうしてだろう。
……向坂は、本当に俺のことが好きなのかな。
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