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第6章 並木リナ
第28話 ファラウェイ・ワールド・オンライン
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ある日、たまたま早く目が覚めたので、霧雨くんの家に寄って登校しようと思った。別につきあっているとかそういうわけではなく、もしかすると、またお姉さんの美奈子さんに生身で会えるかなと思ったからだ。実際、携帯端末で連絡を取り合うことで、霧雨くんの家に行く前にふたりのクラスメートとも合流して、3人揃って霧雨家に向かったわけなのだが。
「拓也くん、いってらっしゃーい!」
「だあああ、それやめろー!」
日を追うごとに、美奈子さんのブラコンぶりが酷くなっているのは気のせいではあるまい。最近、霧雨くんをついに『くん』付けで呼ぶようになった。弟の呼び方としてはもちろんアリなのだが、それまで呼び捨てだったのがそれである。霧雨くんとの関係が変化している、とてもわかりやすい証拠である。いいぞもっとやれ、である。
「あれ、お姉さん、学校行かないのか?」
「姉さんの高校、創立記念日で休みだってよ」
「へー、二度寝もせずに、可愛い弟をお見送りか」
「ばっ…! い、いや、弁当作って渡すんだからついでにって」
「で、霧雨くんは、それがとっても嬉しいと」
「…」
「否定も肯定もなしか。正直だな」
「そりゃあなあ。俺だって、あんな姉がいたら…!」
「前にも聞いたが、もしお前が美奈子さんの弟だったら、今日、学校に行けるか?」
「行くわけないだろ! 家でずっと拝んで過ごすぜ!」
「そういうことだ」
美奈子さんは相変わらずの美少女で、その嫌味のかけらもない立ち居振る舞いで、老若男女に大人気である。まるで、VRゲームで作られた理想のNPCがそのまま現実に現れたかのような容姿と性格であるが、実際には、VRゲームのアバター『コナミ・サキ』や『ミリアナ・レインフォール』の方が『霧雨美奈子』という現実を模倣しているという、ある意味凄まじい立ち位置である。
『ファラウェイ・ワールド・オンライン』でアバターの彼女に会った人が、現実世界で初めて『霧雨美奈子』に会った時の衝撃は筆舌に尽くし難い。
実際、私がそうだったのである。
◇
私の名前は並木リナ。家はそれなりにお金持ちで、父は、大手にして老舗のVRMMORPG『ファラウェイ・ワールド・オンライン』の運営会社、フォークロア・コーポレーションの社長である。社長といっても、この会社を十数年前に立ち上げた張本人で、言わば成り上がりである。
父としては、自分が理想とするVRゲームを立ち上げたかっただけだという。すなわち、『遥かなる世界を共に歩む』。窮屈で単調な繰り返しの日々から解放され、新たな世界で人々と触れ合う、ゲームを越えたゲーム。しかし、現実世界のユーザがアバターとして集まっても、それは現実世界の延長でしかなく、真の意味で解放されない。では、どうするか? 新たな世界の住民、高度なノン・プレイヤー・キャラクター達の創出である。
父はその理想を実現するため、人工知能を研究している多くの研究者と交流し、新しいVRゲームの構想を熱く語った。しかし、研究者達に例外なく言われたのが、『しょせんはプログラムやデータ』であるということ。自ら知能を創出するという存在を人間は作り出すことができず、結局は人間の知能を模倣するだけ。人間の考えが及ばないことを人間が生み出すことなど、到底できないというわけである。
真の意味でのNPCの高度化ができないとわかった父は、それでも協力者達と、できるだけのことをやってみた。集合知の活用、再帰的な自己解決、思考パターンの蓄積、そういった、機械でも扱える知的活動の組合せにより、NPCの性格を特徴づける。更に、全てのNPCを統括して定期的になんらかの指示を与えることで、意志をもっているかのように動作させる仕組みも作り上げた。後者は『NPC制御システム』と呼ばれ、NPCを総動員したクエスト生成の役割も担った。ここに、VRゲーム『ファラウェイ・ワールド・オンライン』がようやく誕生したわけである。
新しく誕生したVRゲームは、NPCの生き生きとした反応と多種多様なクエストで人気を博し、あっという間に膨大なユーザ数を獲得した。とはいえ、『しょせんはプログラムやデータ』。ゲームを越えたゲームとはなり得ず、他のVRゲームよりも自由度の高い優れたゲームでしかなかった。運営会社としては少数精鋭で開発を進めてきたこともあり、それなりの利益が出た。とはいえ、あと数年も経てば類似のVRゲームが次々と誕生し、大資本が関わればあっという間に追い抜かれてしまうだろう。それまでに、新しい要素を取り入れた『第二期』が生み出せるかどうか。それが、『ファラウェイ・ワールド・オンライン』というVRゲームの想定される未来だった。
そう、思われていた。あの事件が起こるまでは。
「拓也くん、いってらっしゃーい!」
「だあああ、それやめろー!」
日を追うごとに、美奈子さんのブラコンぶりが酷くなっているのは気のせいではあるまい。最近、霧雨くんをついに『くん』付けで呼ぶようになった。弟の呼び方としてはもちろんアリなのだが、それまで呼び捨てだったのがそれである。霧雨くんとの関係が変化している、とてもわかりやすい証拠である。いいぞもっとやれ、である。
「あれ、お姉さん、学校行かないのか?」
「姉さんの高校、創立記念日で休みだってよ」
「へー、二度寝もせずに、可愛い弟をお見送りか」
「ばっ…! い、いや、弁当作って渡すんだからついでにって」
「で、霧雨くんは、それがとっても嬉しいと」
「…」
「否定も肯定もなしか。正直だな」
「そりゃあなあ。俺だって、あんな姉がいたら…!」
「前にも聞いたが、もしお前が美奈子さんの弟だったら、今日、学校に行けるか?」
「行くわけないだろ! 家でずっと拝んで過ごすぜ!」
「そういうことだ」
美奈子さんは相変わらずの美少女で、その嫌味のかけらもない立ち居振る舞いで、老若男女に大人気である。まるで、VRゲームで作られた理想のNPCがそのまま現実に現れたかのような容姿と性格であるが、実際には、VRゲームのアバター『コナミ・サキ』や『ミリアナ・レインフォール』の方が『霧雨美奈子』という現実を模倣しているという、ある意味凄まじい立ち位置である。
『ファラウェイ・ワールド・オンライン』でアバターの彼女に会った人が、現実世界で初めて『霧雨美奈子』に会った時の衝撃は筆舌に尽くし難い。
実際、私がそうだったのである。
◇
私の名前は並木リナ。家はそれなりにお金持ちで、父は、大手にして老舗のVRMMORPG『ファラウェイ・ワールド・オンライン』の運営会社、フォークロア・コーポレーションの社長である。社長といっても、この会社を十数年前に立ち上げた張本人で、言わば成り上がりである。
父としては、自分が理想とするVRゲームを立ち上げたかっただけだという。すなわち、『遥かなる世界を共に歩む』。窮屈で単調な繰り返しの日々から解放され、新たな世界で人々と触れ合う、ゲームを越えたゲーム。しかし、現実世界のユーザがアバターとして集まっても、それは現実世界の延長でしかなく、真の意味で解放されない。では、どうするか? 新たな世界の住民、高度なノン・プレイヤー・キャラクター達の創出である。
父はその理想を実現するため、人工知能を研究している多くの研究者と交流し、新しいVRゲームの構想を熱く語った。しかし、研究者達に例外なく言われたのが、『しょせんはプログラムやデータ』であるということ。自ら知能を創出するという存在を人間は作り出すことができず、結局は人間の知能を模倣するだけ。人間の考えが及ばないことを人間が生み出すことなど、到底できないというわけである。
真の意味でのNPCの高度化ができないとわかった父は、それでも協力者達と、できるだけのことをやってみた。集合知の活用、再帰的な自己解決、思考パターンの蓄積、そういった、機械でも扱える知的活動の組合せにより、NPCの性格を特徴づける。更に、全てのNPCを統括して定期的になんらかの指示を与えることで、意志をもっているかのように動作させる仕組みも作り上げた。後者は『NPC制御システム』と呼ばれ、NPCを総動員したクエスト生成の役割も担った。ここに、VRゲーム『ファラウェイ・ワールド・オンライン』がようやく誕生したわけである。
新しく誕生したVRゲームは、NPCの生き生きとした反応と多種多様なクエストで人気を博し、あっという間に膨大なユーザ数を獲得した。とはいえ、『しょせんはプログラムやデータ』。ゲームを越えたゲームとはなり得ず、他のVRゲームよりも自由度の高い優れたゲームでしかなかった。運営会社としては少数精鋭で開発を進めてきたこともあり、それなりの利益が出た。とはいえ、あと数年も経てば類似のVRゲームが次々と誕生し、大資本が関わればあっという間に追い抜かれてしまうだろう。それまでに、新しい要素を取り入れた『第二期』が生み出せるかどうか。それが、『ファラウェイ・ワールド・オンライン』というVRゲームの想定される未来だった。
そう、思われていた。あの事件が起こるまでは。
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