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12 恋に落ちた友人
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ガラティーンは、順調に女性としての人生を歩みだしているように見えていた。まずはエッジウェア伯ハーバート・ハリスの娘のコーネリア、ハーバートの妻のエリザベスも順調に『たらし込み』、続いて彼女らと気が合う女性たちに紹介をされて、少しずつ女性の友達が増え、付き合い方や、とりつくろい方を覚えてきた。しかしガラティーンはやはりもうすこし気楽な恰好をして、大股で歩き回って、馬にもまたがって乗りたいという思いは消えることはなかった。
なんだかんだ言ってもガラティーンに甘い侍女のリンダは「屋敷の中ならまた以前と同じ格好でも問題ないのでは」と言ってくれたので、ガラティーンはまたシャツとトラウザーズという恰好に戻ることもあった。
そして、コーネリアが「プリンス・チャーミングにお会いしてみたかった!」としばしば言ってくるので、ガラティーンはその「プリンス・チャーミング」というのは納得がいかないけれどもお茶会で楽な恰好をして良いという誘惑には勝てず、青年紳士の姿でコーネリアを家に迎えることになった。
その日にはガラティーンの義父のダニエルも家にいたので、ガラティーンは一緒にコーネリアを出迎えようとダニエルに頼んでいた。ダニエルは若い女性に挨拶をするということには乗り気ではなかったが、ガラティーンが「私の初めてできた女友達に、私の父を紹介したいんです!」と熱弁したのに根負けしたのだ。
ダニエルはガラティーンと同じく金の髪に緑の瞳だが、少し顔立ちが厳しく見える。そして筋骨たくましい、というような姿だからなのか、なぜか本人がやたらと若い女性を怖がっているのだ。
「父上、私も若い女性の一人ではあるのですが」
「お前は娘だろ!」
「ほら、そうやって私には気楽に話せるのに」
ダニエルは、自分に対していつも明るく接してくれるガラティーンを見ると、どことなく胸が痛くなることが多かった。自分が「若い女性」というものに苦手意識を抱きすぎているがために、彼女を女性として育てることから彼は逃げていたのだ。意識的に「女性として育てなければいけない」ということを避けていたのは本当に最初の2年程度だったが、その後は懐いてくれたガラティーンが「父上と同じがいいです」というのに甘えて――甘えすぎてしまったのだ。
「旦那様、ガラティーン様。エッジウェア伯ハーバート・ハリス様のお嬢様、の、コーネリア様がいらっしゃいました」
「ああ、お通ししてくれ」
ダニエル、声をかけてきた執事に返事をする。
「本日はお招きありがとうございます」
微笑むコーネリアは、ダニエルとガラティーンの顔を見て頬を染める。
「コーネリア、こちらは私の父、義父のダニエルだよ。気楽に接してあげて欲しいんだけど、どうかな」
ダニエルはいきなり仏頂面になり、ぶっきらぼうにあいさつをする。
「ガラティーンの父のラトフォード伯ダニエル・クーパーです。お会いできて光栄です、コーネリア嬢」
ガラティーンは、自分の父の対応の変わりように、今までこの人はどうやって生きて来たのか、夜会などもやり過ごしてきたのかと驚いてしまった。
「ごめんねコーネリア、父はあなたがきれいすぎて緊張している」
「まあ」
コーネリアはそれを世辞ではあるとわかっているはずだが、それでも恥ずかしそうに下を向いてしまう。それを見てガラティーンはおっ、と思った。これはコーネリアもダニエルのことを悪く思っていないのだろうと考えたのだ。
「エッジウェア伯ハーバート・ハリスの娘のコーネリアと申します」
「ガラティーンのことをよろしくお願いいたします」
ダニエルはそれを伝えて、さっさと部屋の外へと向かう。その背中に向かってコーネリアははい、と明るく声をかける。
ダニエルが部屋を出て行ったあと、 コーネリアは、ガラティーンが今まで見たこともないほど晴れやかな顔で笑っている。
「ガラティーン様」
「何ですか?」
「トラウザーズ姿のガラティーン様は、やっぱりプリンス・チャーミングですわ」
唐突なコーネリアの言葉にガラティーンは目を丸くする。
「でも、ダニエル様には後光が差したように見えました」
一瞬ガラティーンの動きが止まる。家令も、聞いていないふりをしながらその言葉はしっかり耳に入れていたらしい。
ガラティーンはコーネリアの目を見る。彼女の青い瞳が、今までにないくらいに輝いて見える。
「…また、我が家でのお茶会に来てくださいますか。コーネリア様」
「もちろんよ!」
始まってもいないお茶会で、次回のお茶会の約束をしてからガラティーンはコーネリアを強く抱きしめる。
「いけないわガラティーン様、私、ガラティーン様を好きになってしまいそう」
コーネリアはけらけら笑いながらガラティーンを抱きしめ返す。
淡い胡桃色のまっすぐな髪がガラティーンの腕の中で揺れている。
ガラティーンは、この愛らしい友人が恋に落ちるところを見てしまったらしい。彼女の恋の成就と、父に家庭を持つという一般的な幸せが共に訪れる日を夢見るが、それとともに彼女の父親に恨まれることも覚悟しておかないといけないのだなと考えると、それはそれでなかなか厳しいかもしれない。
その日のお茶会では、ガラティーンはコーネリアとの会話の間にダニエルの話をはさんで情報を与えることに徹した。コーネリアもその配慮には気づいていただろう。いつも以上にガラティーンに質問をする会話となっていた。
その後も、ガラティーンはダニエルが在宅の時を狙ってコーネリアを家に呼ぶようになった。ダニエルも、コーネリアと何回か顔を合わせているうちに、だいぶ彼女の顔を見て挨拶をすることができるようになってきた。
ダニエルとコーネリアの様子を見て、ガラティーンだけでなく家令やメイドたちもこっそりと微笑む。この二人が今後どうなるかというのはまだわからないが、ダニエルがよその女性に人間らしい態度を取ることができるようになったことがまず喜ばしいことだった。
ガラティーンは、家令に「なぜ父上はあんなに女性を苦手にしているのだろう?」と聞いたことがあったが、家令も知らないうちにそうなっていたというのだ。パブリックスクール時代に何かあったのだろうと怪しんではいるが、ダニエルも語らないし、ダニエルの友人達も語らないので身内は理由がわからずにいるのだ。
クーパー家は総出でコーネリアとダニエルをまとめたいと思っているが、コーネリアのハリス家の方はどう思ってくれるかというのがなんともわからない。コーネリアは父にはまだ何も話していない、というよりもさすがに話せないということで、これはダニエルをどうにかするしかない。
ダニエル本人は、コーネリアのことはガラティーンの友人としか考えていないだろう。ただ、顔を合わせる回数が増えたので少し慣れてきただけだ。そこからまず一歩踏み出させるためには何が必要なのだろうかと、ガラティーンとコーネリア、たまにはクーパー家のメイドや家令も参加して作戦会議を行う日々だった。
なんだかんだ言ってもガラティーンに甘い侍女のリンダは「屋敷の中ならまた以前と同じ格好でも問題ないのでは」と言ってくれたので、ガラティーンはまたシャツとトラウザーズという恰好に戻ることもあった。
そして、コーネリアが「プリンス・チャーミングにお会いしてみたかった!」としばしば言ってくるので、ガラティーンはその「プリンス・チャーミング」というのは納得がいかないけれどもお茶会で楽な恰好をして良いという誘惑には勝てず、青年紳士の姿でコーネリアを家に迎えることになった。
その日にはガラティーンの義父のダニエルも家にいたので、ガラティーンは一緒にコーネリアを出迎えようとダニエルに頼んでいた。ダニエルは若い女性に挨拶をするということには乗り気ではなかったが、ガラティーンが「私の初めてできた女友達に、私の父を紹介したいんです!」と熱弁したのに根負けしたのだ。
ダニエルはガラティーンと同じく金の髪に緑の瞳だが、少し顔立ちが厳しく見える。そして筋骨たくましい、というような姿だからなのか、なぜか本人がやたらと若い女性を怖がっているのだ。
「父上、私も若い女性の一人ではあるのですが」
「お前は娘だろ!」
「ほら、そうやって私には気楽に話せるのに」
ダニエルは、自分に対していつも明るく接してくれるガラティーンを見ると、どことなく胸が痛くなることが多かった。自分が「若い女性」というものに苦手意識を抱きすぎているがために、彼女を女性として育てることから彼は逃げていたのだ。意識的に「女性として育てなければいけない」ということを避けていたのは本当に最初の2年程度だったが、その後は懐いてくれたガラティーンが「父上と同じがいいです」というのに甘えて――甘えすぎてしまったのだ。
「旦那様、ガラティーン様。エッジウェア伯ハーバート・ハリス様のお嬢様、の、コーネリア様がいらっしゃいました」
「ああ、お通ししてくれ」
ダニエル、声をかけてきた執事に返事をする。
「本日はお招きありがとうございます」
微笑むコーネリアは、ダニエルとガラティーンの顔を見て頬を染める。
「コーネリア、こちらは私の父、義父のダニエルだよ。気楽に接してあげて欲しいんだけど、どうかな」
ダニエルはいきなり仏頂面になり、ぶっきらぼうにあいさつをする。
「ガラティーンの父のラトフォード伯ダニエル・クーパーです。お会いできて光栄です、コーネリア嬢」
ガラティーンは、自分の父の対応の変わりように、今までこの人はどうやって生きて来たのか、夜会などもやり過ごしてきたのかと驚いてしまった。
「ごめんねコーネリア、父はあなたがきれいすぎて緊張している」
「まあ」
コーネリアはそれを世辞ではあるとわかっているはずだが、それでも恥ずかしそうに下を向いてしまう。それを見てガラティーンはおっ、と思った。これはコーネリアもダニエルのことを悪く思っていないのだろうと考えたのだ。
「エッジウェア伯ハーバート・ハリスの娘のコーネリアと申します」
「ガラティーンのことをよろしくお願いいたします」
ダニエルはそれを伝えて、さっさと部屋の外へと向かう。その背中に向かってコーネリアははい、と明るく声をかける。
ダニエルが部屋を出て行ったあと、 コーネリアは、ガラティーンが今まで見たこともないほど晴れやかな顔で笑っている。
「ガラティーン様」
「何ですか?」
「トラウザーズ姿のガラティーン様は、やっぱりプリンス・チャーミングですわ」
唐突なコーネリアの言葉にガラティーンは目を丸くする。
「でも、ダニエル様には後光が差したように見えました」
一瞬ガラティーンの動きが止まる。家令も、聞いていないふりをしながらその言葉はしっかり耳に入れていたらしい。
ガラティーンはコーネリアの目を見る。彼女の青い瞳が、今までにないくらいに輝いて見える。
「…また、我が家でのお茶会に来てくださいますか。コーネリア様」
「もちろんよ!」
始まってもいないお茶会で、次回のお茶会の約束をしてからガラティーンはコーネリアを強く抱きしめる。
「いけないわガラティーン様、私、ガラティーン様を好きになってしまいそう」
コーネリアはけらけら笑いながらガラティーンを抱きしめ返す。
淡い胡桃色のまっすぐな髪がガラティーンの腕の中で揺れている。
ガラティーンは、この愛らしい友人が恋に落ちるところを見てしまったらしい。彼女の恋の成就と、父に家庭を持つという一般的な幸せが共に訪れる日を夢見るが、それとともに彼女の父親に恨まれることも覚悟しておかないといけないのだなと考えると、それはそれでなかなか厳しいかもしれない。
その日のお茶会では、ガラティーンはコーネリアとの会話の間にダニエルの話をはさんで情報を与えることに徹した。コーネリアもその配慮には気づいていただろう。いつも以上にガラティーンに質問をする会話となっていた。
その後も、ガラティーンはダニエルが在宅の時を狙ってコーネリアを家に呼ぶようになった。ダニエルも、コーネリアと何回か顔を合わせているうちに、だいぶ彼女の顔を見て挨拶をすることができるようになってきた。
ダニエルとコーネリアの様子を見て、ガラティーンだけでなく家令やメイドたちもこっそりと微笑む。この二人が今後どうなるかというのはまだわからないが、ダニエルがよその女性に人間らしい態度を取ることができるようになったことがまず喜ばしいことだった。
ガラティーンは、家令に「なぜ父上はあんなに女性を苦手にしているのだろう?」と聞いたことがあったが、家令も知らないうちにそうなっていたというのだ。パブリックスクール時代に何かあったのだろうと怪しんではいるが、ダニエルも語らないし、ダニエルの友人達も語らないので身内は理由がわからずにいるのだ。
クーパー家は総出でコーネリアとダニエルをまとめたいと思っているが、コーネリアのハリス家の方はどう思ってくれるかというのがなんともわからない。コーネリアは父にはまだ何も話していない、というよりもさすがに話せないということで、これはダニエルをどうにかするしかない。
ダニエル本人は、コーネリアのことはガラティーンの友人としか考えていないだろう。ただ、顔を合わせる回数が増えたので少し慣れてきただけだ。そこからまず一歩踏み出させるためには何が必要なのだろうかと、ガラティーンとコーネリア、たまにはクーパー家のメイドや家令も参加して作戦会議を行う日々だった。
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