上 下
4 / 48

4 ドレスを着たくない理由

しおりを挟む
「とうとう父上も気が付いてしまったか」
 エッジウェア伯との面会を終えて帰宅後、ガラティーンは、椅子にどかりと腰かけて、艶やかに輝く金の髪をかき上げる。
「ガラティーン様、お行儀悪いですよ!」
 乳母のマーサの娘、リンダがきっ、と睨む。子供のころからずっと一緒に育ってきているので、二人は気安い間柄だ。
「エッジウェア伯め。よくも父上に余計な知恵を付けたな」
 ため息をついて憎たらしげに文句を言うガラティーンにリンダは反論する。
「こちらとしてはエッジウェア伯にどれだけ感謝しても感謝しきれませんよ!私たちは、旦那様にどうやって話を切り出そうかと悩んでいたんです」
「私はこのままでよかったんだけど。父上のように出仕して、武官になりたい」
「まあ、確かにガラティーン様はとても素敵な紳士でいらっしゃる」
 リンダは首をかしげながらため息をつく。
「ですけれど、さすがに出仕するとなると」
「わかっているよ。結局は隠し切れないと思うんだよね」
 ガラティーンはジャケットとシャツを脱ぎ、胸にしっかりと巻いてある布をほどく。
「まあ、胸も苦しいからなあ。潮時だったのかな…でもコルセットは苦しいから嫌いだ…」
 胸を抑えつけた布をとった後に、胸にパウダーをはたいてから今度はゆったりと抑える胸当てをつける。
「胸の下、こんな時期でも汗疹ができそうだよ…」
「ガラティーン様、お胸大きくていらっしゃいますものねえ」
「背も大きいしね。ああ、ほどほどが良かったな」
 ガラティーンは着替えてからも、結局はシャツとトラウザーズ姿である。
「もっと小柄だったら、もっと早くに諦めて女らしくしていたかもね。ああでも、今の私がドレスなんか着ても、女装にしか見えないだろうしな…」
「そんなことないんですけどねえ。背は大きくていらっしゃるけど」
 ぶつぶつと文句を言い続けるガラティーンを見ながら、リンダは横に首を振る。
「いや、そこなんだよ!こんな大きい女いないよ。化粧もしたくない。もう明日が嫌でしょうがないよ…」
「国王陛下の奥様は大柄らしいですけどねえ」
「大陸の、プロイセン出身の姫だろう?あちらはこちらより大柄な方が多いと聞くけど」
 ガラティーンはリンダと会話をしながら伸びをする。
「気晴らしにピアノを弾くよ。夕食になったら呼んでおくれ」
「わかりました」
 リンダは部屋を辞して、急に入ったとは言え喜ばしい仕事、ガラティーンの社交界デビューの準備を再確認しに行った。

 ガラティーンは女性らしいとされることが嫌いなわけではないのだ。外向きのこと――ドレスを着ることが好きではないだけなのだ。ただ、その「ドレスを着ること」を必要以上に忌避しているのだ。
 ガラティーンの顔立ちは叔父であるダニエルの娘と言っても誰も疑わないほど、彼女の父方の特徴を受け継いだような顔立ちをしている。白に近いような金の髪にくりっとした緑の瞳。そして弓のような形の眉毛だった。背も高く、肩幅も広い。
 細くて小柄なリンダからすれば憧れでしかないすべてが、ガラティーンからしたら男性である父、そして叔父にそっくりだということで、どこか、女性のものを身につけることに忌避感もしくは劣等感があるようだった。
 子供のころから着ていないから、慣れないものに手を出したくないということと、普段より動きにくいものを拒否しているのと、自分が似合わないと思い込んでいる――そこまで考えてリンダはため息をついた。
 大柄と言っても、ガラティーンよりも大柄な男性は少なくはない。恵まれた体格の男性と並べば社交界中の注目を、良い意味で浴びるだろう。
 リンダは、子供のころからガラティーンと一緒に育ってきているのもあり、自分がガラティーンに対して甘いというのはわかっていた。リンダは、ガラティーンが幸せな生き方――女性が必ずしもドレスを着なくてもよい世界――というのがうまく見つけられないだろうかと考えていた。
 それでもガラティーンの社交界デビューの準備は胸が躍る。自分の自慢のお嬢様を見せびらかしてやりたいのだ。
 ダニエルの職場にはガラティーンよりもずっと大柄な男性がそろっているはずだ。別にダニエルの職場でなくても良い。ガラティーンのことをすべて受け入れてくれるような心の広い、そして大柄な男性に巡り合えるようにとリンダは期待しながら、翌日の外出の準備を行っていた。

 その後食事と湯あみを済ませたガラティーンは、もう寝るとリンダに伝えてさっそくベッドに横になる。
「嫌だ嫌だと思ってばかりいては仕方がないが」と思いながらため息をつく。
「父上の希望通りに私が結婚をして子供を産み、その子を時代のラトフォード伯にする、か…」
 声に出さずに、唇だけでつぶやく。
「なぜ父上は自分で結婚して、その子に継がせてくれないのだ」
 これは声に出す。そして深いため息をつく。
「くそったれ。やってらんねえよ」
 子供のころからダニエルについて兵舎に通っていたガラティーンは、汚い言葉もしっかり使えるようになっていた。
 翌日はエッジウェア伯の手配した服飾店と宝飾店、化粧品店を回ることになっている。疲労困憊するのが目に見えているので、ガラティーンは目を閉じて深く呼吸をした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...