上 下
10 / 10

夢に出てきたあの子

しおりを挟む
 茉莉は、外が明るくなったのに気が付いて目が覚める。
 すると、私の目の前にいたのは青い目いっぱいに愛おしさをいっぱいにたたえた、アレクサンダーの顔だった。
 茉莉は、寝顔はともかく薄目を開けている顔を見られたくない!と必死で目を開け、アレクサンダーから顔を隠そうとしたところで、アレクサンダーから瞼にキスをされた。
「おはよう」
「…おはようございます」
 茉莉は、目が覚めても彼がいるということは、ひょっとしたらこれは夢ではない可能性が高くなった、と考えた。しかし、まだ長い長い夢を見ているだけという希望も持っている。
「ずっと一緒にいましょうね」
「トイレ以外ね」
 茉莉の軽口がうけたらしく、アレクサンダーが大口を開けて笑う。
この人はこんな笑い方もするんだな、と、すぐ照れるっていうところ以外の彼を知ることができるのが茉莉は嬉しい。昨夜ベッドを共にしたことで、なんとなく心の距離も縮まったような気がする。
「昨日と昨夜はあんまりいいところ見せられなかったから、今日から頑張ります」
 明るい顔のアレクサンダーは、茉莉から見るととても魅力的だ。ちょっとたれ目気味なのもかわいい。筋肉質で、ハリがある肌。
アレクサンダーは、多分、自分以外の女性にもとても魅力的だっただろうとも思う。まあ彼の過去には嫉妬はするまい、と茉莉は自分に言い聞かせる。自分だって人のことを言えるようなことをしてきたわけではない。
「アレクサンダーはかわいいなあ」
「本当?」
 アレクサンダーが頬を染める。肌が薄いのか、顔が赤くなるのがわかりやすい。
「マリがかわいいんだ。勉強も、仕事もずっと頑張ってきて、セックスも好きになった大人の女性になって、ようやく俺のところにやってきてくれた」
「……は?」
 突然のアレクサンダーの話に、茉莉は雑な返答をする。
何を言い出すんだこの人は。彼は私の人生を知っている…?
「子供のころから君が夢に出てきていた」
 アレクサンダーは茉莉の頭を自分の胸に抱え込み、話を続ける。
「毎年12月6日がマーガレットの祭日なんだけれど、その日の前後にはかならず同じ女の子が夢に出てきた。その子は夢の中で毎年少しずつ成長して、素敵な女性になっていくんだ」
 アレクサンダーはは茉莉の髪を撫でながら、話を続ける。
「夢だからあいまいなこともあるけど――20年くらい前、君は赤くて四角い鞄を背負って学校に通っていなかった?あと、10年くらい前までは、水兵のようなシャツを着て、学校に通っていなかった?」
「…うん」
 茉莉が小学生の頃のランドセルは確かに赤だった。そして、中学と高校の時の制服がセーラー服だった。そうか、こっちの水兵もセーラー服なのかと、情報を茉莉は頭にしまい込む。何かと頭の中で情報をすり合わせると、話自体に集中できないので良くない。
「子供のころは髪は肩につかないくらいの長さだったのが、水兵の服を着なくなったころから髪を伸ばしはじめたでしょう」
「うん」
 茉莉は、アレクサンダーに髪を空かれながら、うっとりと彼の胸に頭を寄せる。髪を撫でられるリズムも、彼の声も耳に気持ちが良い。
「そのあとも学校に通って、その子に恋人ができたんだって気が付いたときに、この黒髪の、背の高い女の子が俺の運命の子だって気が付いた。マリの恋人にすごいやきもちを妬いていたよ…」
 アレクサンダーは茉莉の黒髪に頬を埋める。
「ここ最近はあんまりにもその女性の淫夢を続けて見てしまっていたから、神殿で懺悔をしたんだ」
「えっ」
 会ったこともなかった女の夢――ただの夢でなくて、淫夢。どういうことだと茉莉は眉間にしわを寄せる。
「子供のころから毎年夢に見て、そして気が付いていたら恋してしまっていた女性が他の男と乳繰り合っている夢を毎晩見るのはキツかったんだ。明るい茶色の髪で、緑っぽい目の男」
「それは、あの」
「あんなチャラそうなやつ」
 ひょっとして、マットと毎日セックスしていたのを夢に見られていたのかと、茉莉は頭に血が上る。
 そして、お前だってダークブラウンの髪に水色の瞳でこのルックス、もてなかったわけがないだろうと言ってやろうと思ったら、唇に指を置かれた。
「ごめん、続けさせて。――それで、懺悔をしたら『それは”マーガレットの娘”が来る予兆かもしれない』と神官に言われて、夢を真面目に日記につけることになった。神官にも見られるものだから具体的なことは書かないようにしたけど」
 茉莉は、具体的なことって何だ、と思うがそれもとりあえず黙っておく。
「ここであなたが懺悔に行かなかったらどうなっていたの?」
 自分はあの草むらで野垂れ死んでいたんだろうかと思うと、淫夢を見てもらって良かったんだろうと、恥ずかしいという思いを飲み込むようにする。
 茉莉が恥ずかしがっているのをアレクサンダーは気が付いたらしく、詳しく夢の話はしない。
「どうだったんだろう。それでも僕が見つけたと思うけど。…夢を毎日のように見るようになってから2か月くらいたったら、マリがこちらの世界にくる夢を見るようになった。昨日で5日目だった。夢で見た君がいた場所は知っている場所だったから、ハリエット様に頼んで、昼間は一日何回か抜けさせてもらった。そうしたら昨日、ようやく会えたんだ…」
 アレクサンダーは優しく、そして強く茉莉を抱きしめる。
「ようやく会えた。子供のころからずっと好きだった女性に」
「…私はあなたのことを夢に見たりはしなかったのが、なんとなく申しわけない」
「いいんだ」
 茉莉は、子供のころから自分のことを夢に見て、運命の人だと思ってくれていた人に会えたということに感動に近い撃を受けながらも、アレクサンダーには昨日のうちにその話をしてもらえなかったものだろうかとも考える。
 茉莉の耳元でアレクサンダーは囁く。
「これから俺のことを深く知ってくれるよね?」
「もちろん」
 二人は唇を合わせる。茉莉の唇の間に舌を入れてこようとするアレクサンダーを抑え、茉莉は今は何時かと確認をする。
 押しのけられたアレクサンダーは、顔を茉莉の胸に埋めながら、「朝の6時半過ぎ」と答える。
「この時間にアニーを呼んでも迷惑ではない時間かな」
「どうして?」
 アニーを呼びたくない、という思いを隠さない声音でアレクサンダーが返答する。
「生理になったっぽい」
 アレクサンダーの眉毛が下がったのが見えた。
「生理が終わるまでは、口でしよう」
 茉莉は、その眉毛が面白くて、そう言った後に大笑いをしてしまった。多少の淫らな雰囲気もどこかに飛ばされてしまう明るい笑い声だ。
「二人の時間はこの先たっぷりあるんだから」
 茉莉の、前向きな発言にアレクサンダーが喜ぶ。今なら、これが夢じゃないならいいのにって思える。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

慰み者の姫は新皇帝に溺愛される

苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。 皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。 ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。 早速、二人の初夜が始まった。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

媚薬を飲まされたので、好きな人の部屋に行きました。

入海月子
恋愛
女騎士エリカは同僚のダンケルトのことが好きなのに素直になれない。あるとき、媚薬を飲まされて襲われそうになったエリカは返り討ちにして、ダンケルトの部屋に逃げ込んだ。二人は──。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...