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参考文献について
二冊のエリザベート本④
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本作の参考文献である二冊の「エリザベート」に関する本について、そろそろ最後の項目になりそうです。今回は、「最後の皇女」について一回目で「近代オーストリア・東欧史も含めて学びたい/復習したい方向け」と述べたことについて少し補足してみます。
これもまたシンプルに、「最後の皇女」はエリザベートの人生からは離れた、当時の戦況・国際状況に関する説明が非常に多いということですね。例えば下巻の目次を抜粋してみましょう。
第三十五章 スターリン東欧支配
第三十六章 鉄のカーテン演説
第三十七章 国家条約交渉スタート
第三十八章 チェコ共産クーデター
章タイトルからも何となく察せられる通り、この辺りの記述はエリザベートの人生には直接は関係「ない」です。もちろん、彼女が生きた時代がどのようなものであったかの説明は重要ですし、エリザベートや夫・ペツネック氏が場面場面でどのような感想を漏らしたか(例によってソースが不明なのですが)も描写されているのですが。
こうなってしまうのは、エリザベートの後半生は政治に積極的にかかわるものではなく、細かな動向が不明であることが原因なのでしょう。最初の結婚によってハプスブルク家を離れて以降、彼女の公的な立場はないに等しいものでした。オットー・ヴィンデッシュ=グレーツとの結婚の破綻や、再婚相手に社会民主党員を選んだことで貴族社会からは激しく非難され、母シュテファニーも含めた親類縁者からはことごとく断交されたということです。本作にも登場した「最後の皇太子」オットー・フォン・ハプスブルクのように歴史の表舞台に立つことはなかったのです。(それについて彼女の考えも言い分もあるだろう、というのが本作のスタートなのですが)
「赤い皇女」「最後の皇女」双方の記述を見るに、ペツネック氏と再婚(事実婚)した当時、エリザベートは既に余生に入るつもりだったようにも見えますし。後半生でこれほどの波乱万丈(ナチス台頭、オーストリア併合、第二次世界大戦……)が起きるとは、彼女自身も、誰も予想していなかったのでしょうね……。
なので、エリザベートの生涯だけで一冊書くことは難しく、余白部分を史実で埋めたのではないかなあ、などと思うのです。とはいえ日本の読者にとっては馴染みのない時代と場所でもあり、背景の説明があった上でエリザベートの足跡をたどることができる、という構成は、それはそれで興味深く理解しやすいのではないかと思うのです。
また、「最後の皇女」の著者塚本哲也先生は1929年生まれ、第二次世界大戦と戦後の冷戦、ソ連崩壊までを直に見た方です。ウィーンやプラハに在住したこともあるとのことですし、ご自身が経験した激動の時代を、エリザベートはどのように生きたのか──という目線でのアプローチもあったと思います。とすれば、時代背景を詳細に書くことは脱線ではなく、背景も含めて彼女の人生を浮かび上がらせようという意図のもとでの構成なのかもしれません。
以上、本作の執筆にあたって参考にした本二冊を比べて語ってみました。エリザベート・マリー・ペツネックという人物や、近代オーストリア史に興味を持った方への参考になれば幸いです。本作においては彼女の人生のあらすじ的な内容にとどまった面もありますので、エリザベートの生涯のどこかの時期に焦点を当てた作品もいずれ書いてみたいと思っております。どうせなら資料の少ないナチス占領下に何をしていたか、など──勉強不足で当分実現しないでしょうが、想像の翼を広げていきたいところです。
これもまたシンプルに、「最後の皇女」はエリザベートの人生からは離れた、当時の戦況・国際状況に関する説明が非常に多いということですね。例えば下巻の目次を抜粋してみましょう。
第三十五章 スターリン東欧支配
第三十六章 鉄のカーテン演説
第三十七章 国家条約交渉スタート
第三十八章 チェコ共産クーデター
章タイトルからも何となく察せられる通り、この辺りの記述はエリザベートの人生には直接は関係「ない」です。もちろん、彼女が生きた時代がどのようなものであったかの説明は重要ですし、エリザベートや夫・ペツネック氏が場面場面でどのような感想を漏らしたか(例によってソースが不明なのですが)も描写されているのですが。
こうなってしまうのは、エリザベートの後半生は政治に積極的にかかわるものではなく、細かな動向が不明であることが原因なのでしょう。最初の結婚によってハプスブルク家を離れて以降、彼女の公的な立場はないに等しいものでした。オットー・ヴィンデッシュ=グレーツとの結婚の破綻や、再婚相手に社会民主党員を選んだことで貴族社会からは激しく非難され、母シュテファニーも含めた親類縁者からはことごとく断交されたということです。本作にも登場した「最後の皇太子」オットー・フォン・ハプスブルクのように歴史の表舞台に立つことはなかったのです。(それについて彼女の考えも言い分もあるだろう、というのが本作のスタートなのですが)
「赤い皇女」「最後の皇女」双方の記述を見るに、ペツネック氏と再婚(事実婚)した当時、エリザベートは既に余生に入るつもりだったようにも見えますし。後半生でこれほどの波乱万丈(ナチス台頭、オーストリア併合、第二次世界大戦……)が起きるとは、彼女自身も、誰も予想していなかったのでしょうね……。
なので、エリザベートの生涯だけで一冊書くことは難しく、余白部分を史実で埋めたのではないかなあ、などと思うのです。とはいえ日本の読者にとっては馴染みのない時代と場所でもあり、背景の説明があった上でエリザベートの足跡をたどることができる、という構成は、それはそれで興味深く理解しやすいのではないかと思うのです。
また、「最後の皇女」の著者塚本哲也先生は1929年生まれ、第二次世界大戦と戦後の冷戦、ソ連崩壊までを直に見た方です。ウィーンやプラハに在住したこともあるとのことですし、ご自身が経験した激動の時代を、エリザベートはどのように生きたのか──という目線でのアプローチもあったと思います。とすれば、時代背景を詳細に書くことは脱線ではなく、背景も含めて彼女の人生を浮かび上がらせようという意図のもとでの構成なのかもしれません。
以上、本作の執筆にあたって参考にした本二冊を比べて語ってみました。エリザベート・マリー・ペツネックという人物や、近代オーストリア史に興味を持った方への参考になれば幸いです。本作においては彼女の人生のあらすじ的な内容にとどまった面もありますので、エリザベートの生涯のどこかの時期に焦点を当てた作品もいずれ書いてみたいと思っております。どうせなら資料の少ないナチス占領下に何をしていたか、など──勉強不足で当分実現しないでしょうが、想像の翼を広げていきたいところです。
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