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参考文献について

二冊のエリザベート本④

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 本作の参考文献のひとつ、「『エリザベート』 ハプスブルク家最後の皇女」に「まるで見てきたかのような私的な場面の描写」が多いのはなぜか、について引き続き語って参ります。
 エリザベート本人やその家族しか知らないはずの場面を、塚本先生はどこから引用したのか、あるいは創作したのか──そのヒントは、「最後の皇女」の参考文献リストの中の一冊、「Kaiseradler und Rote Nelke」に隠れている、かもしれません。

 「Kaiseradler und Rote Nelke」──訳すなら「皇帝の鷲と赤いカーネーション」になるでしょうか。前半はハプスブルク家の紋章の双頭のドッペルアードラー、後半はエリザベートを表していると思われます。著者は、Ghislaine Windisch-Graetz(ジスレーヌ・ヴィデッシュ=グレーツ)。エリザベートの最初の夫と同じ姓であることから分かるように、彼女の長男フランツ・ヨーゼフの妻に当たる人です。そう、エリザベートの義理の娘が、彼女から聞いたエピソード等を交えて綴った伝記らしいのです。

 らしい、と断言できないのは、実は私はこの「Kaiseradler und Rote Nelke」の実物を読めていないからです……。amazonで8千円以上と比較的高額なこと、本作「ich rede nichts」は当初は公募を目指して執筆した作品だったため、締め切りまでにドイツ語の文献を読み込む自信がなかったためです。そしてもうひとつ、以下のようなレビューを見かけたからです。

 出典の記載が乏しく、良い伝記とは言えない。多くの記述がエリザベート本人との会話に由来しているようだが、事実なのか、エリザベートが息子(フランツ・ヨーゼフ)に話したことなのか、フランツ・ヨーゼフがさらに妻(著者)に話したことなのか、あるいはエリザベートが著者に話したことなのか明確ではない。また、会話と執筆の間にどれだけの時間が経っているのかも明確ではない。

 ドイツ語でのレビューだったので、拙訳による要約になりますが。恐らくは個人の評を、完全に信じて良いかも保留すべきでしょうが。このレビューを見てしまうと、小説の参考文献にするには少々頼りないのかなあ、と思ってしまったのです。

 でも、「最後の皇女」にはしっかりと「Kaiseradler und Rote Nelke」が参考文献として挙がっています。となれば、「いったい誰が見ていたんだ……?」と思ってしまうようなエピソードの数々は、もしかしたらこの本から引用されていたのではないか、と推理してもそれほど飛躍してはいないのではないでしょうか。義理の娘とのやり取りであれば、場面場面での思いを細やかに語っても不思議はないですし、それらのエピソードを踏まえて(もしかしたら多少つつ)執筆したとすれば、「最後の皇女」の記述がしばしば小説的であるのも無理はない、のかもしれません。

 なお、「Kaiseradler und Rote Nelke」の出版は「赤い皇女」の原著よりもなので、「まるで見てきたかのような私的な場面の描写」が「赤い皇女」には見られないことも一応説明はつくのかなあ、と思っております。もちろん、今回述べたことはすべて私の推測であり妄想なのですけれどね。

 本項を書いているうちに「Kaiseradler und Rote Nelke」の内容もやっぱり気になる! と思い始めたので、いずれ折を見て入手&挑戦したいなあと思うものです。
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