ich rede nichts 赤い皇女は語らない

悠井すみれ

文字の大きさ
上 下
58 / 73
ich rede nichts(私は語らない)

真実か嘘か

しおりを挟む
 別に、誌名を切っ掛けに疑った訳ではないわ。最初からそうだろうな、と思っていたわよ。国内のことだろうと国外のことだろうと、私は最近の動向によく気を配っていたでしょうに。こんなに老いさらばえても目がまったく見えない訳ではないし、ナチス時代と違って──喜ばしいことに! ──ラジオで何を聞いていても今は罪ではないのですもの。どうして、オットーについてだけは聞き及んでいないと思うことができたのかしら。私のはとこの子、もう数少なくなってしまった、少しだけでも見知っている親戚のことなのに!

 状況証拠はいくらでもあったわ。貴方が記者らしくなく、大統領と書記官の会談の取材をしていないようだったこと。ウィーンの地理にも歴史にも疎いようだったこと。話をするうちに、きっとオットー側の人だろうということも分かって来たわ。貴方は私がもとハプスブルクだから批判的なのではなくて、ハプスブルクに相応しからぬ振る舞いをしているのが気に入らないようだと気付いたもの。もと皇帝のカールに対しても同情的だったし、オットーの支援者なら、オーストリア人やウィーン人にも限らないでしょうしね。少なくとも、気軽に訪ねられる範囲にもと皇女が住んでいたから取材をしてみよう、ということではないと察するのも簡単なことよ。私は、勝手な期待をされることにはとても慣れているの。

 でも、私が期待に応えてあげるかどうかはまったく別のことよ!

 だから私、丁寧に丁寧に伝えようとしたでしょう? 私は帝国時代を懐かしんだりしていないし、君主制を崇め奉ってもいないのだと。かつて帝国の一員だった諸民族が独立して自分たちの国を持ったのは喜ばしいことだし、民衆が総意によって動かす時代は素晴らしいと、伝えようとしていたでしょう? 貴方は気付いていなかったのかしら。それとも、気付いていない振りをしていたのかしら。私に説得する隙がないかを、探ってもいたのでしょうね。貴方の言葉の端々から伝わってきたもの。私の若いころの振る舞いを決して快く思っていないこと、私の最後の夫、愛するゴルディの思想に批判的だということ。過ちの償いをしろという理屈で、私に何かをさせようとしていたのではなくて?

 謝罪の言葉なんて聞きたくないわ。正体を隠して近づくなんて──とんでもない無作法、弁明の余地がないことだと分からない訳でもないでしょうに。貴方は、ゴルディの墓参さえ口実にして押しかけてきていたのよ。
 それでも私は、自ら語り続けた──本当にそう思うの? 貴方の正体に気付いていたなんて強がりで、本当はずっと、インタビューに答えるつもりでべらべらと得意げに語っていたんじゃないか、って? 私の若いころの過ちを糊塗するように、もっともらしく言いつくろっているのだと、あざ笑っていたのかしら? いいえ、でも、私は何ひとつ語っていないのよ。私は何も語らない(Ichイッヒ redeレーデ nichtsニヒツ)と、最初に言った通りよ。……何のことだか分からない、という顔をしているわね。それとも、この婆さんは頭がおかしくなったのだと思っている? あいにく、私はまったくの正気よ。

 まだ分からないの? 鈍い人ねえ。ねえ、私が語ったのが真実だと、貴方はどうして信じたの? 貴方が既に知っていた事実と一致していたから? そうね、少なくとも実際に起きた出来事だけをなぞれば、それも間違っていないわ。でも、その時その時に私が感じたことや、私の行動の動機についてはどうかしら? ほかならぬ私の口から出たことだからといって、本当のことだと言い切れる? ええ、確かに私は当の本人が言っているのだから、と言ったわ。でも、それさえも嘘かもしれないじゃない? 私の顔色や声から本音を読み取ることができるほど、貴方は私を知っているかしら。見透かすことが、本当にできていたのかしら?
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

信長の弟

浮田葉子
歴史・時代
尾張国の守護代の配下に三奉行家と呼ばれる家があった。 その家のひとつを弾正忠家といった。当主は織田信秀。 信秀の息子に信長と信勝という兄弟がいた。 兄は大うつけ(大バカ者)、弟は品行方正と名高かった。 兄を廃嫡し、弟に家督を継がせよと専らの評判である。 信勝は美貌で利発な上、優しかった。男女問わず人に好かれた。 その信勝の話。

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

織田信長に育てられた、斎藤道三の子~斎藤新五利治~

黒坂 わかな
歴史・時代
信長に臣従した佐藤家の姫・紅茂と、斎藤道三の血を引く新五。 新五は美濃斎藤家を継ぐことになるが、信長の勘気に触れ、二人は窮地に立たされる。やがて明らかになる本能寺の意外な黒幕、二人の行く末はいかに。 信長の美濃攻略から本能寺の変の後までを、紅茂と新五双方の語り口で描いた、戦国の物語。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

海将・九鬼嘉隆の戦略

谷鋭二
歴史・時代
織田水軍にその人ありといわれた九鬼嘉隆の生涯です。あまり語られることのない、海の戦国史を語っていきたいと思います。

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原

糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。 慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。 しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。 目指すは徳川家康の首級ただ一つ。 しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。 その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

処理中です...